『世良公則&ツイスト』はロックを世に広めた日本音楽史上最大のブレイクスルー作品

OKMusic

2018/2/21 18:00

正式なプロデビューが1978年だというから、今年デビュー40周年となる世良公則&ツイスト。『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』といったテレビの歌番組の全盛期に見事に乗ることで、日本の音楽シーンにロックを知らしめた先駆け的な存在として、今以上に高く評価されていいバンドである。デビューアルバム『世良公則&ツイスト』を当時の時代背景とともに振り返る。

■シーンを支えるアーティストたちが 影響を公言

去る2月12日、TBS系で放送された『歌のゴールデンヒット -青春のアイドル50年間-』を観た。昭和を代表する…いや、日本の芸能史にその名を刻む歌番組『ザ・ベストテン』のアーカイブスを有するTBSだけに、とある世代にはたまらない映像のオンパレードだった。6年振りに再稼動したピンク・レディー。スタジオゲストだった80年代のアイドル黄金時代の面々。自身初となる司会になった広末涼子のデビュー当時の姿。観どころは無数にあったのだが、個人的に惹かれたのは世良公則&ツイスト、Char、原田真二の所謂“ロック御三家”の演奏シーンだった。とりわけ世良公則&ツイストは、(これまたテレビ番組の話で恐縮だが)昨年末、NHKで放送された『The Covers』“ROOTS66”出演回でカバーされていた「銃爪」を興味深く観聴きしたこともあったので、改めて彼らの歴史的意義を噛み締めてしまったところだ。ちなみに、ご存知の方も多かろうが、“ROOTS66”とは、1966年生まれのアーティストによる音楽集団。大槻ケンヂ、増子直純(怒髪天)、田島貴男(ORIGINAL LOVE)、斉藤和義、スガ シカオ、トータス松本(ウルフルズ)らが参加しており、昨年、アニメおそ松さん』のエンディングテーマ曲「レッツゴー!ムッツゴー!~6色の虹~」を手掛けたのが彼らだ。世良公則&ツイストは、そんな日本のロックシーンを支えるアーティストたちがその影響を公言するバンドである。彼らがいなかったら、今の日本のロックシーンはなかった…とは言わないまでも、今とは相当かたちを変えていたといっても決して過言ではない存在だと思う。

■歌謡曲がメインの時代に颯爽と登場

まず、世良公則&ツイストが登場してきた当時の音楽シーンの状況を少し語っておきたい。日本のロックの始祖と言われる、はっぴいえんどの『風街ろまん』が発表されたのが1971年。1972年にデビューしたキャロルが解散したのが1975年だし、サディスティック・ミカ・バンドや村八分、外道、四人囃子、頭脳警察といった伝説的なロックバンドがのちのシーンに多大なる影響を及ぼすこととなる作品を発表したのも1973~1974年頃だ。

とはいえ、シーンのメインストリームは歌謡曲。ロックはまだまだ一部好事家たちのものであったことは間違いない。1975年には井上陽水のアルバム『氷の世界』がミリオンセラーを記録しているが、井上陽水は今でもフォークと括られることが多いようだし、荒井由実が年間アルバムチャートトップ20に4作品をランクインさせたのは1976年で、彼女はフォークとは異なる字義通りのニューミュージックをシーンに知らしめたわけだが、ユーミンの楽曲をストレートにロックと呼ぶには無理がある。

1960年代の“ビートルズを聴くのは不良”“エレキギターを持つのは不良”と言われていたような状況は少し緩和されていたのかもしれないが、誰も彼もがロックを口ずさむようなことはなかったし、ましてや小学生がロックアーティストの物真似をするようなことはなかった。それが1977年までの日本音楽シーンだった。

世良公則&ツイストは、世良公則(Vo)が高校生の時に加入した“FBIバンド”が前身だという。当初はThe Rolling Stones、Facesなどのカバーをしており、ブルース志向だったことから、広島の高校を卒業後、メンバー全員で当時ブルースが盛り上がっていた大阪の大学へ進学。のちに世良がヴォーカルに転向したタイミングで“ツイスト”に改名するが、大学卒業後、プロを目指さないメンバーがいたため、バンドは解散することとなり、彼らはそのけじめに…とヤマハポピュラーソングコンテスト=通称“ポプコン”への出場を決意。そこで演奏した「あんたのバラード」で見事にグランプリを獲得する。

続く、『世界歌謡祭』においてもグランプリを受賞。何とそのわずか12日後にシングル「あんたのバラード」が発売される(音源に収録されたのはその世界歌謡祭での演奏である)。そもそもツイストはポプコン出場を最後に解散する予定だったので、それ以前から世良は大学の同級生だった、ふとがね金太(Dr)と新バンド結成を約束しており、これまた同じ大学の大上明(Gu)、鮫島秀樹(Ba)、さらに太刀川紳一(Gu)、そして元々“ツイスト”のメンバーであった神本宗幸(Key)の6人で、“世良公則&ツイスト”が結成された。

つまり、厳密に言えば彼らのデビュー作「あんたのバラード」はバンドの持ち歌ではなかったのだ。バンド自体もヴォーカリストが同じなだけでメンバー構成から考えたらほとんど別バンドといっていい。世界歌謡祭グランプリ歌手は歌番組『夜のヒットスタジオ』に出演するという慣例があり、1979年11月の世界歌謡祭から1978年1月のテレビ出演まで時間がなかったため、性急にバンドメンバー探しを行なったという逸話があるが、当時はテレビの歌番組にそれだけ力があり、それが音楽シーンの絶対軸であったことの証左でもあろう。どう考えても急ごしらえの感は否めないが、世良公則&ツイストの正式なプロデビュー決定もその『夜のヒットスタジオ』出演後で、メンバーが上京したのはその翌月の2月だったというからさらに驚きである。

■世良のヴォイス&パフォーマンスの衝撃

だが、当時リアルタイムで世良公則の歌唱とバンドの演奏を目の当たりにした人なら、制作スタッフが半ば強引に彼らをデビューさせた理由もわかろうと言うものではないだろうか。“ロッド・スチュワート”的な長髪。鋭い眼差しながら、時折見せるさわやかな笑顔もチャーミング。ジーンズやレザーパンツなどでキメたシャープな出で立ち。時にガニ股でワイルドに体全体をリズミカルに揺らし、「宿無し」や「銃爪」等ではマイクスタンドを抱えてパフォーマンス(当時、それを物真似をした子供たちは多かったはず)。そして、世良公則最大の特徴と言えるハスキーで押しの強いヴォーカリゼーション。多くの人の耳目には衝撃的なものに映ったに違いない。

音楽入手手段のメインであったテレビの歌番組で、それまでこんな男を見たことはなかったのである。同時期の沢田研二も西城秀樹も十分にセクシーなシンガーであったが、彼らはブラウン管の中のスーパースターであり、手の届かない別世界の人という印象だった。一方、世良公則の場合は浮世離れしていない、等身大のスーパースターとでも言うべき存在であったと思う。その世良の歌、パフォーマンスを支えるバンド、即ちツイストも良かった。

それこそ沢田研二も当時は、ほとんど自身のバンドと言っていい“井上堯之バンド”とともに活動していたので、バンドの演奏自体は珍しいものではなかったが、1978年頃の沢田研二はやはりパフォーマンス、コスチュームが前に出ていた。それに比べてツイストの演奏は──特に「あんたのバラード」はブルースフィーリングを感じさせる泥臭いものであり、世良の歌声との相性が良かった。ミディアム~スローテンポということもあってか、演奏も若干フリーキーで、イントロから印象的な音色を聴かせるピアノを始め、奔放なベースライン、攻めるギターと、バンドらしいグルーブがある。それが生々しく、当時は相当に新鮮であった。

■ロックバンドとしての自己主張が 随所にある

デビューシングル「あんたのバラード」は瞬く間にヒットチャートを席巻し、続く2ndシングル「宿無し」も50万枚を超える大ヒットとなって、一気に世良公則&ツイストは時代の寵児となる。その後、1978年7月に満を持してリリースされたのが1stアルバム『世良公則&ツイスト』である。本作は当然のようにチャート1位を記録。日本のロックバンドで、デビューアルバムがチャートの1位を記録したのはこのアルバムが初めてのことだ。

オープニングを飾るM1「男と女」のイントロから重めのギターリフを配置しているところにバンドの自己主張が感じられる。ベースラインも相変わらず奔放な印象で、ソウルフルなブラスもいい。M2「愛の嵐」もミドルテンポの重いロックチューン。歌に重なるエレキギターに独特のうねりがある上、リフもキャッチーで、ロックバンド然としたナンバーと言える。一転、M3「「心いやして……」」はストリングスとアコギ中心のナンバーで、どことなくボブ・ディランの「Knockin' on Heaven's Door」を感じさせなくもない優雅なメロディーラインが特徴だ。M4「夜明けの恋」はファンキーなポップチューン。明るく開放的な主旋律はのちのシングル「燃えろいい女」にも通じる雰囲気がある。次のM5はデビューシングル「あんたのバラード」で、LP盤A面はここで終了。

B面は叙情的なメロディーを持つM6「酒事」でスタート。ストリングスがやや前面に出ている印象ではあるものの、世良の迫力あるヴォーカルでややアメリカンハードロック的な匂いを出した楽曲だ。大ヒットシングルM7「宿無し」は今聴くと最後の無伴奏の歌パートが取って付けたようなきらいがなくもないが、弾んだピアノ、ブギーなギター、サビのコーラスワークと聴きどころは多い。個人的に本作で最もストレートにロックを感じたのはM8「マギー」とM9「知らんぷり」だ。

ドラマチックなピアノとストリングスで構成されたM8「マギー」はモロにThe Rolling Stonesのバラードナンバーへのオマージュを感じさせるナンバー。ギターもいい感じに鳴いていて、間奏、アウトロがとてもいい。M9「知らんぷり」は正調なるR&R。ギターリフもまさしくロックだし、間奏のピアノが問答無用にカッコ良い。ちなみに前者がシングル「宿無し」のB面で、後者は「あんたのバラード」のB面で、カップリングゆえの実験精神もあったと思われるが、このバンドが真にロックを目指したことがありありと分かるようで、清々しくも思うところだ。ブラス、ストリングスがゴージャスに絡むビッグバンド風のM10「燃えつきぬ」は、そのサウンドに昭和の歌謡曲の香りを残しているが、アルバムのフィナーレには相応しく、これはこれで悪くはない作りだったと思う。

■端境期、過渡期ならではの特徴も発見

それまで歌謡曲中心だった音楽シーンは、1978年以降、世良公則&ツイストの登場をきっかけにロックが一般的なものへとなっていったことは間違いない。その後のサザンオールスターズ、甲斐バンド、ゴダイゴのブレイクも世良公則&ツイストや所謂“ロック御三家”の活躍とまったく無関係ということはなかろう。

その意味で彼らは音楽シーンの転換点であったと言えるが、アルバム『世良公則&ツイスト』は、そんな端境期ならではの特徴を感じられるところがある。それはメロディーと歌詞である。前述の通り、ミディアムテンポのルーズで重いサウンドはロックのそれなのだが、歌の主旋律がどことなく演歌っぽいのだ。いや、これまた前述したように欧米のロックの影響を隠し得ないナンバーもあるので全編がそうだというわけではないが、いくつかその匂いの濃い楽曲があり、それは歌詞にも関係していると思う。“Boy Meets Girl”は音楽に限らず、物語性のあるものの基本のひとつであろうし、世良公則&ツイストもまた、M1「男と女」が象徴するように恋愛観を歌ったものばかりだ。それはそれでいい。だが、M2「愛の嵐」に出てくる《旅ガラス》というフレーズや、M6「酒事」のタイトルは、今のロックシーンではなかなかお目にかかれない代物だ。過渡期ゆえのミクスチャー要素ではなかったかと想像できる。この辺は大阪ブルースの影響からのメンバーの指向であったのか、スタッフワークも含めて導き出されたものなのかわからないが、なかなか味わい深いことは間違いない。興味を持った人はぜひ聴いてみてほしい。

TEXT:帆苅智之

アルバム『世良公則&ツイスト』

1978年発表作品

\n<収録曲>
1.男と女
2.愛の嵐
3.「心いやして……」
4.夜明けの恋
5.あんたのバラード(第8回世界歌謡祭より)
6.酒事
7.宿無し
8.マギー
9.知らんぷり
10.燃えつきぬ

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