私のひとり旅のはじめ方。最初はみんな絶対怖い(伊佐知美寄稿文)

じゃらんnews

2018/2/12 16:00




知らない街、通ったことのない道、聞きなれない言葉、見たことがないモノ。
「はじめまして」のコトたちが、すべてきらきらと光って見える世界。

2016年4月に始めた私の世界一周のひとり旅は、そんなドキドキとワクワクに満ちた道が続いており、今もまだ終わっていない。
オーストラリア・ウルルから最寄りの街・アリススプリングスまでの500kmのまっすぐな道
50カ国100都市、国内は47都道府県すべてをめぐった31年の人生。きっとこれからも、カメラを片手に私はライターと、エディターと、フォトグラファーという肩書で生きていくんじゃないかと思うし、生きていきたいなぁと思っている。

……というと、なんだかすごく格好よく聞こえるけれど。

本当は、ひとり旅が泣きたいほど怖かったこと、準備の仕方が分からなくて「世界一周 荷物 女性」とかで検索をしまくったこと(お金の持っていき方とか、予防接種なども)。初めて海外の空港に立ったとき、足がすくみそうになったこと。せっかくひとりで外国を歩いているのに、英語がまるで話せなくて「もう日本に帰りたいよぅ」と沈んだこと。

そんな格好悪いサムシングたちを、そのまま隠しておければいいのだけれど、当時は抱えたまま、旅していた。



振り返れば、最初は身近で小さな旅から始めていった。
私だって、誰だって、はじめから世界一周なんて、ひとり旅なんてできたわけじゃない。

今回は、そんな話を書きます。
知らない世界をこの眼で直に、見たかった



ものすごくそもそもだけど、どうしてひとり旅になんて出る女になってしまったのだろう?。
その理由を自問自答したら、「世界をこの眼で見たかったから」というシンプルな答えが返ってきた。

いろんな格好いい理由を今なら並べられるけど、結局のところ私は「単純に旅に憧れていた」のだ。だって素敵そうじゃない。「世界を股にかける、自由な女」。

「今と違う自分になりたかった」というのも大きな理由だった。日常から一歩抜けて新しい道を歩けば、なんだか今までと違う自分に出会える気がしていた。

「ジェットセッター」という言葉にも憧れてた。村上春樹さんの紀行本『遠い太鼓』を読んで、書き物をしながら暮らせたらどんなにいいか、と毎晩眠る前に思っていた。
ひとりで日本を、そして世界を旅し始めた20代



旅は、国内の旅を重ねながら、徐々に海外に移行していった。

初めてひとりで国内を移動したのは、たしか東京から金沢への夜行バス。現地で友人らが待っているとはいえ、新宿のバスターミナルから、ひとり深夜にバスに乗るそのステップは、緊張で踏み外しそうだったことを覚えている。



「お金と時間と意思さえあれば、私たちはどこへでも行ける」。そう気づいたのは、20歳のときの京都の旅。青春18切符を握りしめて、そこから私は日本をめぐる。東京から新潟へ、さらにそこからフェリーで北海道へ。青森までもフェリーで渡り、徐々に南下。関西、四国、九州へと抜けた。



片道切符で航空券を予約して、ひとり帰る日を決めずにふらり沖縄へと旅立ったのは、24歳のことだった。

まずは羽田空港から那覇空港へ。那覇の街中でひとりでレンタカーを借りて、ドライブで本島を一周した。「首里城」や「美ら海水族館」、「恩納村の万座毛」など名所を存分に楽しんだら、「あれ? あとは何をしよう」と型にはまった観光に少し飽き始めた自分に気づく。

それで、なんとなくもっと南に行きたくなって、旅の衝動に突き動かされたまま、宮古島行きの航空券をホテルのロビーにぽつんと佇むPCで予約した。



何も決めずに青い空と海のもと、歩いてあるいてぼーっとして。時おりマンゴーなんか、食べたんだろうか。ふと充足感と虚無感に襲われて、「帰ろうか」と思ったのは、出発から10日目くらいの朝だった。

あの旅でたしか私は「今日の宿すら決まっていない」「予定はすべて、天気次第」な、空白のある旅の楽しさ、その不安と喜びを、身をもって知ったのだった。



それからも国内はもちろん、韓国、台湾、サイパン、グアム。バリ、シンガポール、ハワイ。少しずつ物理的な距離を伸ばしながら、私は友人らとの旅を重ねてゆく。





そしてついに初めてひとりで向かった海外が、ニューヨーク。
自由行動の多いHISのパッケージツアーを予約して、4泊5日の弾丸旅行。「本当にニューヨークってあるの?」。その疑問に、街は世界で1番の都市の威厳をもって応えてくれた。

「そろそろひとりでできるもん」と、交通手段と宿を個人手配する旅を、私は26歳で始める。最初は、タイとカンボジアへの9日程度の旅。







そして、29歳。私はスマホを片手に、UberやAirbnb、GoogleMapなどのアプリや新生銀行の国際キャッシュカード等のインフラ発達を経て、「女性がひとりで旅をしやすい全盛期のはじまり」の季節に、世界一周に出ることになる。「どうしても20代のうちに世界が見たい」と、やっとやっと、私は人生を賭けた夢の道に飛び出した。



見知らぬ街をひとり歩くからこそ、いらないものが全部剥がれる



「ひとりで旅をする」というと、決まって「寂しくない?」「怖くない?」とよく聞かれる。

「寂しいに決まってるじゃないか!」と、私は笑いながら答える。

だって寂しいもの。国内ならまだしも、海外だと怖いことだってたくさんあるし、ひったくり予防で車が通らない方の腕で鞄を持ったり、大通り沿いに宿をとったり。夜は街を歩きたい気持ちをぐっと抑えて、ひとり部屋に引きこもっていたりする。

「取り越し苦労」がないのがひとり旅の特徴だ。念には念を。油断は一生の後悔を、きっと呼ぶ。



けれどそれらを飛び越えた先の世界で、私は「かけがえのない幸せ」を見つけてゆく。

360度どこへ行ってもいいし、行かなくてもいい。私がどこにいるか誰も知らないし、誰も知りたがりもしなかった。そのくせ目の前にいる異国の人たちは、私の目を見て笑いかける。



四季の移り変わりに合わせて、好きなときに心ときめく街へ出かけていく。荷物は小さなリュックと機内持ち込みサイズのスーツケースだけ。身軽で、空白をたくさん持って歩いたら、空いたスペースに思いもよらなかった出会いが滑り込んでくる。それが私たちのひとり旅。

その昔「自分探し」なんて言葉が流行ったけれど、ひとり旅なんかしても自分は見つからない。本当に望むことは、いつも一番そばにある。……なんて気づくのは、ずっとずっと後だけど。



ひとりで世界を歩くこと。
今までの常識を一つひとつ剥がすこと。

フラットな目線で自由に見たら、自分を縛っていたのはほかでもない自分だと気づくはず。

選択肢は無数にあって、じつは私たちはそれを毎日「選んで」いる。

ひとり旅は、結局世界の美しさを無言で見つめながら、自分自身と向き合う作業だ。旅先でとる何気ない行動に、人生の重要なキーが眠っていると私は想う。





寂しがりで怖がりで、誰かにいつも構ってほしい私たちだからこそ、「ひとり旅」という響きに惹かれたときは、勇気を持って飛び出してみたらいい。

何よりもひとり旅の「非日常」の刺激は、帰ってからの「日常」をより豊かにするために存在する。

さぁ今から、どこへ行こう? そして何を選んで生きていこう?

見知らぬ街で私に会ったら、いつか話しかけてみてほしい。「互いにひとり旅ですね」と、目を見た瞬間にきっと分かり合えるはずだから。


あなたにおすすめ

すべての人にインターネット
関連サービス