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女の園に漂う“欲望、エロス”を描いた最新作。ソフィア・コッポラ監督インタビュー

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『ヴァージン・スーサイズ』『ロスト・イン・トランスレーション』『マリー・アントワネット』……。ガーリーカルチャーの旗手として、世の女性たちの心をガッツリ掴み続けて来たソフィア・コッポラ監督が、“心理スリラー”に挑んだ映画『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』が2月23日より公開されます。

舞台は南北戦争下、森の中の女子寄宿学園。そこに残り、ひっそり暮らす7人の女性の中に、重傷を負った敵方北軍の兵士がひとり匿われることに。そこから始まる男と女たちの愛憎劇……。たまらなくスリリングな展開で、またも私たちの心をくすぐる新境地を開いた監督が、4年ぶりに来日しました。早速、お話を聞いてきました!

◆状況によってシフトしていく普遍的な“男女の力関係”

――監督は、“男女の力関係を描いてみたかった”とおっしゃっていましたね。

ソフィア・コッポラ(以下、ソフィア):そもそも私がこの物語(一度『白い肌の異常な夜』(’71)として映画化されたこともある、トーマス・カリナンの小説「The Beguiled」)に惹かれたのは、現代の私たちも共感できる、普遍的な男女の力関係にありました。そのバランスは状況によってシフトしていくのですが、南北戦争という、かなり誇張された状況の中だからこそ、非常にドラマチックに起きるのです。

それまで7人は世間から隔離されてきたので、普通の女の子たちより(男性に対する)欲求が強かったと思います。そこに入り込んだ負傷兵は、彼女たちの欲求や欲望を上手く察知し、それぞれが求めるものを的確に提供していきます。

若い子には守ってくれるお兄さん、アラサー女性に対しては恋人、そしてニコール・キッドマン扮する学園長には同世代の大人の男として振舞うのです。

◆女の園に漂いはじめる欲望、エロスの匂わせ方

――10代の少女から40代の大人の女性まで、コリン・ファレル扮する兵士を前に、みなの態度が変化していく様子や、“欲望”の現れ方がとても興味深かったです。エロスをどこまで滲ませるかなど、各年代、各人ごとに細かな演出をされましたか?

ソフィア:私は、彼女たちが男を誘惑しているのではなく、男が彼女たちを誘惑していると思いました。その誘惑に対し、女性たちが反応しているだけだ、と。

また、彼女たちはみな南部の女性、ということを忘れてはいけません。当時の南部女性は、男性のために美しく優雅にあるべき、男性のために生きる、という価値観で育てられました。でも、戦争に行って男性がいないのです。

エル・ファニングが演じた早熟な少女は、性に目覚めているのに対象がいなかったため、兵士に「チャンスがあれば、私はあなたのものになってもいいのよ」という態度をやたら見せますよね。キルスティン・ダンストが演じたアラサーの先生は、年齢的にも結婚相手を求めているので、また違った欲望の出し方をするのです。

――学園長は冷静に振舞いますが、彼女も兵士に対する肉体的な欲望をかなり感じていたように感じたのですが……。

ソフィア:ええ、多分すごく自分の中で闘って、欲望を抑えようとしていますよね。敬虔なカトリック教徒な上、立場的にも子供たちを守らなければならない、という気持ちが強い。それでもやはり彼の身体を拭いているシーンなどでは、自分もやっぱり女だな、と欲望を感じてしまうのです。

――一貫してソフィア作品での衣装は見どころの一つですが、今回は白く淡い色の衣装で統一されていました。

ソフィア:色あせたようなパステル調の衣装を選んだのは、私の中では、彼女たちは過去の亡霊に近い存在でもあるからです。ほわ~んと漂っているような雰囲気というか。もちろん戦時下で、何度も洗って色あせたものを着ているからでもありますが。

傷が癒えた兵士が一緒に食事をとる際に、女性たちがみな彼のために着飾るシーンで個性が際立っていたと思います。冒頭では、彼女たちは違うお花でもブーケのように一つにまとまっていたけれど、どんどん個性が出て来てバラバラになっていくのです。

◆コリン・ファレル自身のイメージも役に投影

――7人の中に入り込んだ“男”に対しては、どのような演出を? いい人過ぎてもダメ、悪人過ぎてもダメ、というバランスが絶妙でした!

ソフィア:どのキャラクターも、全面的な悪人や善人って魅力ないですよね。私は脚本を書く際、必ずそれぞれのキャラクターの頭の中に入り、この人は何を見て、何を感じるのか、と思いながら書いていきます。彼は、南軍に引き渡されるという危険も感じていたと思います。

でも女たちは柔らかいベッドに寝かせてくれて、世話をしてくれている。「客人なのか、囚われ者なのか」というセリフもありますが、彼は早い時期に彼女たち皆から好かれなければならなかったのです。彼はとにかく自分が生き延びるために、どんなことでもしようという気持ちから、色んな行動を選んでとっていったのです。

――コリン・ファレルの起用は“アイリッシュ・アクセント”が大きな理由だったそうですが、7人の女性みなを惹きつけられるモテ男として、他にもどんな点が決め手になりましたか?

ソフィア:登場人物がみな女性で男は一人だけ、というユニークなシチュエーションの本作を引き受けたコリンは、非常に自信を持った俳優だと思いました。だって上半身裸でベッドに横たわって動けないのに、そこで自分の存在感を出し、何人もの女性にお世話してもらうのですから。

コリン自身、すごくチャーミングで頭のいい人なんですよ。しかも、かつて多くの女性と浮名を流し、“バッドボーイ”というイメージもある。それもこの役にプラスになると思いました(笑)。加えてやはり彼のエキゾチックなアクセントは、どんな時代でも女性を魅了しますよね。

◆コッポラ一族の娘として、アーティストとして

――本作は昨年のカンヌ映画祭で、56年ぶりに2人目の女性監督が監督賞を受賞するという快挙を成し遂げました。華麗なるコッポラ一族の一人だからこそ、これまで逆に苦労もあったのでは?

ソフィア:もちろん父の娘である恩恵にはたくさんあずかって来ましたが、同時にそれが足かせとなり、厳しい評価を得ることもありました。私にできるのは、自分らしい作品を作り続け、作品に語らせることしかない。本作は娯楽性の高い作品だと思いますが、アーティストとしては自分の直感を頼り、それを追い求めないといけないとも思っています。

私も経験を積み、映像美が上手く出せるようになったり、俳優との関係をうまく築けるようにはなったりしましたが、資質として変わったものは何もない。本作も『ヴァージン・スーサイズ』に似た作品になったと思います。

◆ポリティカル・コネクトネスを求める時代の中で

――本作は、アメリカで概ね高い評価を得る中、原作からの変更点など批判的な意見もありました。今のアメリカは、過剰反応に近い政治的正確さを求める風潮がありますよね?

ソフィア:正直、アーティストにとっては、非常にツラい状況、ツラい時代だと思います。今回受けた多くの批判は、南北戦争を背景にしながら、奴隷制度について全く触れないのはどうしたことか、というものでした。でも、本作の中でそれを描いてしまうと別の映画になってしまう。私は必要ないと判断しましたが、政治的に正しくないと批判されたわけです。

インターネットの台頭でみんなが簡単に批判できるようになったのは、とても危険なこと。それによってアーティストが表現を制限されてしまうのは、非常に危険な状況だと感じています。

◆ニッポン大好きな理由は!?

――ところで、かねてより日本大好きを公言されていますが、日本の何をそんなに気に入ってくれているのですか?

ソフィア:なぜかと聞かれても…(笑)。初めて日本を訪れたのは、7歳のクリスマスでの家族旅行。“モンチッチ”がすごく可愛くて気に入って(笑)! 誰しもなぜか居心地がよくて、特別な繋がりを感じる国ってないかしら? 私にはそれが日本とフランスなのです。2国には共通点も多々あると思いますよ。

日本は、私が大好きな伝統的エレガンスと、とてもポップで、モダンでキュートな、2つの異なる文化が洗練されて際立っています。私が20代の頃、日本はガーリーカルチャーがとても盛んで、まだアメリカでは全く始まっていなかったので、それに興味を持ったというのもありますね。

<取材・文/折田千鶴子 撮影/ホンマタカシ>


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