「乳がん闘病=お涙頂戴」ムードに違和感! 寛解した女性が世間に“異議”を唱える理由


 昨年6月に亡くなった市川海老蔵の妻・小林麻央さんをはじめ、北斗晶、南果歩など芸能人の乳がん発症が報道されたり、本人がブログや手記などで闘病体験をつづることも少なくない。乳がんの闘病記や関連書籍と聞くと、淡いピンク色や小さな花がちりばめられた表紙の本をイメージする人が多いはず。そして、そうした作品の多くが、ドラマチックに描かれた“感動の実話”をウリにしている。

しかし、昨年末発売された『女子と乳がん』(松さや香/扶桑社)の表紙は、さわやかな青と黄色、ポップなイラスト。ページをめくれば「わたしと彼女の宗教戦争」「漆黒の黒歴史が爆誕 乳がんヌード」など、ブラックユーモアを交えた乳がん患者の経験談が綴られている。同書は書店ではサブカルチャーの棚に並べられ、乳がんエッセイ界(?)では、異端な存在となっている。

■小林麻央さんのブログを読めない理由

『女子と乳がん』著者の松さや香さんは、29歳のときに若年性乳がんに罹患し、現在は41歳、寛解。先日まで国際線の客室乗務員として働いていた。前著『彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか』(幻冬舎)では、自身の闘病について“治療費”や“治療中のセックスについて”など、これまでにない切り口で若年性乳がんを綴り、話題となった。そんな彼女が2作目の題材に選んだのが、乳がん患者と世の中の間に漂う「違和感」だった。

「本屋で乳がんに関する棚に行くと、必ずといっていいほど淡いピンクの表紙の闘病手記が並んでいます。この棚は『美しい愛のドラマが見たい!』という大衆のニーズを象徴していて、乳がんの当事者とはかけ離れた存在なんです。私は若年性乳がんになって初めて乳がんの棚に行ったとき、愛のドラマと著者のポエムが書かれた手記ばかりで途方に暮れたのを覚えています(笑)」

乳がん患者にとって、近くて遠い“闘病手記”。それは、乳がんについてのニュースを報道するメディアやマスコミについても同じだった。小林麻央さんの報道についても、松さんは複雑な気持ちを抱いていたという。

「私、麻央さんのブログは一切読んでいないんです。これを言うと『同じ乳がんなのに?』と驚かれるのですが、乳がんだからこそ“読めない”んです。もちろん、麻央さんにはがんばってほしいと思っていましたが、治療中のツラさを思い出してしまうし、治療の経験やがんのステージについて知識があるので、自分も彼女と同じ進行状況になっていたら……と想像してしまい、怖くなってしまうんです」

その一方で、マスコミによる闘病報道は過熱。連日、テレビのワイドショーではブログが朗読され、闘病中の写真が掲載された週刊誌やネットニュースがあふれた。なかでも、乳がん治療中の女性にとっては、麻央さんの情報をシャットアウトできないツラい状況だったはず、と松さん。

「私の個人調査なのですが、麻央さんのブログを真剣に読んで、ニュースをチェックしていたのはママさんが多かった印象です。彼女を乳がんの女性ではなく“病気になってしまったお母さん”と捉えて、自分に重ねていたのかもしれません。一方、マスコミ側は乳がんのニュースではなく、海老蔵さんと麻央さんというセレブリティゴシップの扱い。麻央さんが伝えたかった“乳がんへの理解”につながったとは、言い難い結果になってしまいましたよね」

彼女に関する一連のニュースは、乳がんを身近な病気ではなく、特別な愛のドラマの小道具にしてしまったのだ。

美しい愛の物語ほどわかりやすく、大衆に響くものはない――そのことを松さんが実感したのは、前著『彼女失格』制作中。ある編集者が放ったひと言だった。

「日本人ってかわいそうな話が大好きだから、生きている人の闘病記って売れないんだよね~」

松さんは当時を振り返り、「言いたいことはわかるけど、言い方ってもんがありますよね」と笑って話すが、これまでの治療をすべて否定されたようなショックを受けたという。

「たしかに、その言葉に対しては、『ほんとそうですね』としか言いようがないです。でも、マスコミ側にいる人ならば、“売れる”ことの先にある価値を社会に対して投げかける必要があるんじゃないかな、とも思っています」

耳の痛い話だが、どうしても“わかりやすい展開”に持っていってしまう、根深い職業病がマスコミ側にはまん延している。実際に取材を受けることも多い松さんは、周囲から押し付けられる乳がん患者としてのイメージに、何度か首をひねった経験があるそう。

「麻央さんの訃報以降に受けた取材記事の中で『彼女の遺志を継いで活動している松さん』と書かれたことがあって。いやいや、遺志なんて継いでないし、なんなら私のほうが先に罹患してるよ!? と、思わずツッコんでしまいました(笑)。おそらく、読者に伝わりやすい方向にまとめた結果、“遺志を継ぐ”という表現になったんだろうけど、そこまでわかりやすく感動に持っていかなくても……とは思いますね」

そうした世間の感覚とのズレや、小さな違和感の集大成が『女子と乳がん』につづられているのだ。

「この本は、私自身をはじめ、これまで乳がんに関わった人たちの“違和感”をまとめた、壮大な愚痴本なんです。この本で誰かの人生を変えられる、なんておこがましいことは思っていないので、読者の方には『あんないい加減な人でも生きていけるんだ』くらいの感想をいただけたら御の字ですね。あくまで、社会の一事例でありたいんです」

「社会の一事例」となるために彼女が選んだのは、“普通に働くこと”だった。乳がんの罹患、著書の出版など、さまざまな経験を経た後も人生は続く。働かなければ、と奮起し、治療終了後の37歳から先日まで、国際線の客室乗務員として働いていた。

「『病気になったからこそ、自分にしかできないことをしたい』という方もいるのですが、私は病気になったからこそ、普通に働きたかったんです。自分にしかできないことよりも、『乳がんになっても、みんなと同じ普通の人間だよ』ということを伝えるほうが、意義があるように感じています」

メディアも大衆も「美しい死が尊い」とされる風潮の中で、病後「普通に生きること」を貫く松さん。彼女がしたためた“壮大な愚痴本”は、世の中に違和感や立ち行かなさを感じている人々に、そっと寄り添う一冊となっている。
(真島加代/清談社)

松さや香(まつ・さやか)
東京都生まれ。日台ハーフ。29歳のとき若年性乳がんに罹患し、治療中に編集者、国際線客室乗務員を経験し、現在寛解。ブログやコラムを連載し、著書に『彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか』(幻冬舎)、『女子と乳がん』(扶桑社)がある。

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