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ニセモノが繋ぐホンモノの絆。ドラマ「anone」第2~4話レビュー

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【「anone」のセリフを読み解く 第2~4話】

◆ニセモノが繋ぐホンモノの絆―ハリカと亜乃音の擬似母娘関係

第1話で、ハリカ(広瀬すず)の捏造された思い出や、偽札というキーアイテムを通して、“ニセモノ”つまり“虚構”が人と人を繋ぐ力になることを暗示していた『anone』。第2話以降、その主題はよりはっきりと物語の中で表現されていく。

チャットアプリで交流するカノン(清水尋也)の病気を治すために大金が欲しい辻沢ハリカ(広瀬すず)は、札束が偽札であることをネタに揺すりをかけようと、林田亜乃音(田中裕子)のもとを訪れる。偽札は触った感触でわかるというハリカの言葉が印象的だ。

「持ったこの一瞬の指先で、あ、違うってわかるんだよ。暗いところで、知らない人の手を繋いでしまったみたいなんです」

しかし、ハリカが床下から偶然見つけたデジカメに、1年前に亡くなった亜乃音の夫・京介(木場勝己)と、15年前に19歳で失踪したはずの娘・玲(江口のりこ)が仲良く並ぶ写真が映っていたことで、話の風向きはガラリと変わる。ずっと探していた娘が、最近まで夫とこっそり会っていたことに、ショックを隠せない亜乃音。

最初、テーブルに向かい合っていたときは、揺すり/揺すられの敵対関係だった2人が、玲の手がかりを探しに行きつけのラーメン屋に行き、カウンターに並んで同じものを食べることで、いつしか友好的になっているのは象徴的だ。

その晩、家に泊まらせてもらったハリカは、亜乃音の口から、玲が実の娘ではないことを明かされる。彼女は、十数年間、母娘として過ごしてきた歳月を、不意に現れた実母によってあっさり奪われてしまったという。

「生まれたときからずっと繋いでた手の感触が変わっちゃう。知らない人の手を繋いだみたいになっちゃう」

先ほどの偽札についてのハリカの台詞は、皮肉にも、血が繋がっていないというだけで、積み上げてきた母娘関係を“ニセモノ”であるかのように否定されてしまった亜乃音の悲しみに、転用されていく。

だが同時に、亜乃音とハリカの間に、擬似的な母娘関係が生まれつつあることを、視聴者は感じ取るだろう。しかも、そのゆるやかな絆は、偽札を印刷し、切り刻んで燃やし、灰をトイレに流すという共犯関係によっていっそう強いものとなる。

第1話に続いて、またしても“ニセモノ”を介して他者と他者は結びついたのだ。

◆「タマが出ない」拳銃を振りかざす男たち

続く第3話では、一転してキナ臭い展開が描かれた。

亜乃音が浜辺で燃やしていた偽札の束を、何らかの裏金だと勘違いした持本舵(阿部サダヲ)と青羽るい子(小林聡美)は印刷所に忍び込むが、そこで鉢合わせしたハリカを娘と思い込み、動転して連れ去ってしまう。しかし、カレーショップに戻った彼らを待っていたのは、改造銃で自分の上司を撃って逃走してきた、舵の幼なじみ・西海(川瀬陽太)だった。

西海は、舵を言いくるめて店のフランチャイズ契約をさせ、経営が傾くと担保にしていた土地を手放すよう追い込んだ張本人だ。彼が「鮭が熊を襲った」と言い間違えても訂正できないくらい、舵は彼に逆らえず、いいように丸め込まれ搾取されている関係である。

だが、「うちの会社で一番の幸せは、終電で帰れる幸せ」と語る西海もまた、ブラック企業に精神の限界まで搾取されていた。彼に「あなた加害者ですよ? なに勝手に被害者になってるんですか?」と説教するるい子の言い分は正しいが、搾取する側も、より大きな構造によって搾取される側に取り込まれているのが、この社会のありようなのだ。

現に、社会に復讐するつもりだった舵とるい子もまた、ハリカを誘拐し、亜乃音を脅すという犯罪に手を染めてしまっている。彼らの監禁劇は、東京03のコントのようにどこか緊張感が足りないし、身代金を巡る亜乃音とるい子のやり取りは、アンジャッシュのコントのように噛み合わない。そこに描かれるのは、加害者と被害者、搾取する者とされる者が主客転倒し、社会からはみ出した同じ“ハズレ”の者同士、奇妙な連帯をしてしまう姿である。

あるいは第3話は、男たちの自我崩壊の物語と解釈することもできるだろう。

強権的・支配的な態度で、衝動的・暴力的に振る舞う西海は、“男たるもの強くあれ”を内面化した存在だ。自分の感情や人間らしい生活を犠牲にしてでも搾取する側にしがみついていれば、男として何者かになれる。そう信じてきた彼が、自分もまた搾取される側にすぎず、45歳にして何者でもないことに気づいたとき、ポッキリと心折れてしまったことは想像に難くない。

自身の犯した凶行とは裏腹に、銃の改造を夢中で語り、子役の番組に癒され、小動物をこよなく愛する西海の無邪気で幼児的な一面や、「もう生きてる意味がわからないんだよ」「自分なんか消えてしまえばいいってしょっちゅう思う」と自暴自棄になる姿は、“男らしさ”が脆いハリボテ(虚構)であることを示す。

彼が脅しに使うのが、違法改造のため「もうタマが出ないかも知れない」拳銃だというのは、あまりにもシンボリックだ。この回で、かつて舵が無精子症と診断され婚約破棄されたという過去が明かされたのは、決して偶然ではないだろう。男たちは、“男らしさ”というアイデンティティが幻想だった(=もうタマが出ない)ことに、自分を見失っているのだ。

◆「現実も虚構も、等しくかけがえない」というメッセージ

第4話では、これまで謎だったるい子の過去が語られる。

るい子は、主役になれない人生を歩んできた。野球選手に憧れて野球部に入ったのにマネージャーにされ、バンドマンになりたくてバンドを組んだのに“バンドマンの彼女”枠として押し倒された。社会人になってからは、どんなに頑張っても出世するのは男性社員ばかり。「女だから」というだけで、自動的に“ハズレ”に振り分けられてしまう理不尽は、同じ坂元裕二脚本のドラマ『問題のあるレストラン』(’15年)で描かれたことの反復である。

そんなるい子にだけ見える存在として、4話で突如現れたのが、少女の青羽(蒔田彩珠)だ。彼女は、高校時代にるい子が産むはずだった女の子の幽霊であると同時に、彼女が断念せざるを得なかった“もうひとつの人生”の象徴でもあるだろう。

「鼻って、普段気にしてないと全然見えないけど、いったん見えちゃうとやたらと視界に入ってくるでしょ」

るい子は、幽霊が見える感覚がどういうものか、ハリカと舵にこう説明する。“確かに存在するのに、気にしないと見えない”というのは、すなわち、私たちが普段見ようとせずに見落としている、社会からはじき出された人たちのことであり、ハリカや、舵や、るい子や、亜乃音のような人たちのことに他ならない。

家庭での居場所をなくし、自分の子供に愛されないから死んだ子供を愛しているのだと自分を卑下するるい子を、ハリカは次のように諭す。

「なんで幽霊を好きになったらダメなんですか?

なんで死んだら好きになっちゃダメなんですか?

生きてるとか死んでるとか、どっちでもよくないですか?」

まるでこのドラマのエッセンスのような台詞ではないか。1話のレビューで、「行った旅行も思い出になるけど、行かなかった旅行も思い出になる」という『カルテット』の台詞を引用したが、これこそまさにその変奏だ。私たちは、時に現実よりも、ファンタジーや想像力のほうが生きる糧になることがある。見えないものにこそ、より大切な価値が宿ることもある。

このドラマは、「現実とか虚構とか、どっちでもよくないですか?」と、私たちに語りかけているのだ。

<TEXT/福田フクスケ>


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