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冬季五輪を湧かせた名選手の今――舌打ち会見の國母和宏(ハーフパイプ)、六本木事変の里谷多英(モーグル)は…

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韓国・平昌冬季オリンピックの開幕が9日に控え、現地では選手村がオープンするなど開幕に向けて熱気が高まっている。日本選手団の活躍への期待も膨らむが、その影にはかつて日本の冬を熱く沸かせてくれた、“あのスター選手”たちが存在する。

“人生100年時代”なんて言葉を耳にする機会も多い今日、華々しい活躍を見せる現役プロスポーツ選手も、いつかは引退と長い第二の人生が待っているはず。だが引退後、解説者あるいはタレントとしてテレビなど我々の目に触れる形で活躍するスポーツ選手はほんの一握り。指導者など競技の世界を完全に離れ、全く別の新たな道に進むという人も多い。

当記事では、誰もが知る冬季オリンピック元日本代表選手の気になるセカンドキャリアを紹介していこう。

◆堀井学(スピードスケート)

1994年のリレハンメルオリンピック500mで銅メダルを獲得し、清水宏保とスピードスケート日本代表のライバルとしてメダル獲得を争った堀井学。1998年の長野オリンピックでは500m=13位、1000m=17位入賞。2002年のソルトレイクシティオリンピックでは500mと1000mで入賞を逃して現役を引退した。

その後、2007年に北海道議会議員となり2期目途中の2012年、第46回衆議院議員総選挙に出馬。同年12月の衆院選にて初当選を果たし、日本のオリンピックメダリストとして初となる代議士に選出された(清水宏保も新党大地・真民主公認で出馬するも落選)。

昨年8月に発足した第3次安倍第3次改造内閣において、外務大臣政務官に就任。今年になってからも1月31日から2月1日までEUが主催したパレスチナ支援を巡る国際会議に出席するなど、職務にあたっている。

◆里谷多英(モーグル)

モーグルで1998年の長野オリンピックで金メダル、続くソルトレイクシティオリンピックの銅メダルと、冬季オリンピックで日本の女子選手として史上初の金メダルと2大会連続のメダルを獲得した里谷多英。トリノオリンピックで決勝15位、2010年バンクーバーオリンピックでも決勝に進み19位となり、2013年に現役を引退した。

六本木クラブでのスキャンダルなどを挟みつつ、1994年リレハンメルオリンピック(11位)から5大会連続で日本代表に選出され、冬季オリンピック出場回数は日本女子でスピードスケート岡崎朋美らと並ぶ最多タイとなっている。

引退後はフジテレビジョンに所属し、現在、公表されているブログやSNSアカウントなどはないようだが、『W-EVOLUTION』に会社員生活をスタートして間もない2013年のインタビュー記事が掲載されている。2月4日に長野冬季五輪・パラリンピック20周年の記念式典にゲストとして登場予定。

◆上村愛子(モーグル)

モーグル選手として長野オリンピックからソチオリンピックまで5大会連続出場し、いずれも7位以内に入賞。上村愛子はオリンピックではメダル獲得こそ逃すも、日本人初のワールドカップ年間総合優勝を達成するなど成績をおさめ、ソチオリンピック後の2014年4月に女子モーグル選手からの現役引退を表明した。

2015年10月から2016年12月まで、JFN系ラジオ「上村愛子の一段一段いってみよう!」でパーソナリティーを務めるなど、スポーツ関連の番組やイベントなどに出演。昨年12月にはNHKの平昌オリンピックの開会式、中継番組を担当する現地キャスターとなったことが発表された。現在はFacebookアカウントが稼働しているようで、メディアやイベントなどの出演情報などが更新されている。

2009年にアルペンスキー選手の皆川賢太郎と結婚している。

◆國母和宏(ハーフパイプ)

トリノオリンピック(予選敗退)とバンクーバーオリンピック(8位)でハーフパイプ日本代表選手として出場した國母和宏。バンクーバーでの「反省してまーす!チッ」会見でおなじみの腰パン姿の大バッシングが印象深いが、直後の全米オープンではバンクーバーメダリストら強豪が出場する中、日本人として初制覇。2011年の全米オープンと連覇を果たした。2014年のソチオリンピックでは技術コーチとして後進選手のメダル獲得にも貢献した。

映像作品が大会成績を凌ぐ評価や収益源となるスノーボード界で、自身の映像作品が最も権威のある賞を受賞するなど、世界的スター選手として一年の大半を国外で過ごすなど多忙な日々を過ごしているようだ。アディダスなどがスポンサーで契約金は年収にして3千万円とも言われる。

2009年に3歳年上の一般人女性と結婚。5万4600人のフォロワーを持つInstagramアカウントでは、スノボ関連の動画像のほか北海道の家族との投稿も見受けられる。

◆原田雅彦(団体ラージヒルなど)

1994年のリレハンメルオリンピックで団体ラージヒル2位、1998年、長野オリンピックでは個人ノーマルヒル5位、個人ラージヒル3位、団体ラージヒル優勝などの成績を残し、長年日本ジャンプ界を支えた「ミスタージャンプ」原田雅彦。

いち早くV字を取り入れ、ラージヒルで4位入賞した1992年のアルベールオリンピックから、5度目の代表となったトリノオリンピックでは体重が規定に200g足りず失格。帰国後に引退を決断し、37歳で選手生活に幕を閉じた。

所属していた雪印乳業にサラリーマンとして残り、雪印メグミルクスキー部コーチの傍ら、スキージャンプ解説者としても活躍。2014年春からは同部の斉藤浩哉前監督の退任を受けて監督に就任する。また2015年10月から2年間は全日本スキー連盟の総務担当理事に、昨年10月からは同団体の常務理事に就いている。

◆清水宏保(スピードスケート)

清水宏保は1994年リレハンメルオリンピックから2006年トリノオリンピックまで4度の冬季オリンピックに出場し、長野では500mで日本のスピードスケート選手として初の金メダル、1000mでも銅メダルを獲得。ソルトレイクシティの500mでもトップと0.03秒差の銀メダルを獲得した。2009年の代表選考会でバンクーバーオリンピック代表を逃し、2010年に引退。ワールドカップ通算優勝回数34回を誇る。

引退後、日本大学大学院、弘前大学大学院進学を経て、現在は札幌でスポーツジム、訪問看護ステーションなどの経営する実業家としての一面を持つほか、スケート界の後進育成にも取り組む。昨年7月にはカーレースデビューを果たし6位入賞。2011年に高垣麗子とスピード離婚していたが、昨年元日に一般女性と再婚、先月30日に自身のブログで第一子長女の誕生を報告した。<文/日刊SPA!取材班>


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