【今週はこれを読め! SF編】月面都市に渦巻く陰謀、大仕掛けの破壊工作、息詰まるサバイバル

BOOKSTAND

2018/2/6 12:58

『火星の人』で一躍注目を集めたアンディ・ウィアーの第二作。こんどは月が舞台だ。
 時代は特定されていないが、登場人物が『スタートレック』が百年前の作品と言っているので、21世紀後半~22世紀初頭といったところだろう。すでに月面に都市が建造されて二十年が経ち、人口は二千人に達している。月ネイティヴはおらず、すべて地球からの移民だ。子どもは低重力による発達障害が出るため、ある程度の年齢になるまでは月に来ることはできない。同様の理由で、月での妊娠は認められておらず、月に住むカップルが子どもを望んだ場合はいったん地球へ降りる決まりだ。
 この物語の主人公の少女ジャスミン・バシャラ(通称ジャズ)は、六歳のときに家族とともに月に来たが、この年齢はその当時ギリギリ認められる下限だった(その後は十二歳へと引きあげられた)。
 いま、ジャズのことを少女といったが、この物語の時点では二十六歳。年齢でみれば立派な大人だ。しかし、彼女のかなり奔放で、いささかオバカな、ときに小ずるい跳ねっ返りぶりは、年齢相応とはいいがたい。それでいて憎めないところは、トム・ソーヤーの系譜とってよかろう。SFでいえば、ハインラインの『天翔る少女』とか(ぼくは旧邦題の『ポディの宇宙旅行』のほうが馴染み深い)。
 このジャズの一人称で物語は進行し、ところどころ回想的に、ジャズと地球の少年ケルヴィンとのメール交換が挿入される。ふたりは幼いころから、ざっくばらんに身のまわりのこと(恋愛相談も含め)、将来の夢などを語りあってきた。ジャズのちょっと世を舐めた視点、基本的にはポジティブな性格が語りに滲みでて、非常に楽しい。小野田和子さんの訳文がまたみごとなのだ。
 月面都市はどの国家にも属しておらず、独立国家でもない。住民たちは、それぞれ地球の国籍を持っている。ジャズはサウジアラビア国籍である。また、専門的な技能ごとに出身地に偏りがあるというのも、いかにもな設定で面白い。たとえば、金属加工はハンガリー人、生命維持はベトナム人、サウジ人は溶接といった具合である。ジャズの父は熟達の溶接工であり、ジャズもその手ほどきを受けてきたが、いまは親子のあいだが険悪になっている。ジャズがボーイフレンドに請われるがままに父の施設を勝手に貸し、そのバカなボーイフレンドがドラッグ絡みでその施設を壊してしまったからだ。ろくな男でなかったため、ほどなくジャズは別れたが。
 いまのジャズは最底辺の住居にひとりぐらしで、ポーターをしてカツカツの生計を立てる日々。いずれ観光客に月面ガイドをするためのEVA(船外活動)の資格を取れば、もっと稼げる。そうして貯めた資金で、事業を興すつもりだ。EVAの資格が必要なのは、いうまでもなく月面は真空だからだ。しかし、ジャズは中古の宇宙服を買い、その不具合のせいで試験に不合格になってしまう。
 こんなざまではいつまでも素寒貧のままだ。そんなときに、ヤバいがデカい仕事が舞いこんでくる。実はジャズは非合法な密輸に手を染めており(文通相手のケヴィンが宇宙ビジネスの企業に就職し、貨物船手配の役になったので、協力をしてもらっているのだ)、その稼業のメイン顧客である実業家トロンドから、企業買収につながる非合法な工作を持ちかけられたのだ。
 なあに、簡単なことさ、月面でアルミニウム製造をおこなっている企業サンチェスの灰長石収穫機をすべて徹底的に破壊してくれないか。相手はセキュリティ機能もない、自動化されたクルマだ。
 トロンドはそう言うが、いくつものハードルがある。馬鹿でかい機械を複数台、気づかれないうちに破壊する技術的困難はいうまでもなく、採石現場までのアクセス、アリバイ工作、すべて周到に段取りしなければならない。なすべき課題を見出して、ひとつひとつ解決策を工夫していく発想、そして予期せぬアクシデントに対していかに対応するかの判断......物語の前半の山場はこうした一連の過程で、そのあたりの盛りあげの巧さは『火星の人』からいささかも変わっていない。期待を裏切らないクリフハンガーの連続だ。
『アルテミス』が面白いのは、収穫機破壊ミッションの先に、より大きな波瀾が待ちうけていることだ。それまで事件を引きおこす側だったジャズが、キナ臭い陰謀に巻きこまれて命すら狙われる立場になる。
 このように物語の起伏が二段がまえになっている。それ以外にひとつ、『アルテミス』が『火星の人』よりもパワーアップしているのは、キャラクター造型だ。主人公のジャズもそうだが、脇を固めるのが個性派揃い。たとえば、ジャズの密輸商売の片棒をかつぐ地球側の友人ケルヴィンは、非常に家族思いで良識と穏和さを備えている。ビジネスのために非合法な行為も辞さない実業家トロンドが、あんがい気前がよくフェアなところがあるというのも面白い。ジャズの父アマーは頑固な職人気質で、治安官ルーディは物語上はジャズの天敵だが侠気がある快男児。
 そうした多士済々のなかで、助演男優賞をあげたいのは、ジャズの友人で欧州宇宙機関の研究員マーティン・スヴォボダ。リユース型のコンドームを発明して、ジャズにテストしてほしいと真顔で頼むような、ピント外れの天才だ。まったく悪気がない。ちなみにジャズは性的に解放されているので、楽しみでおこなう性行為に偏見はない。しかし、面と向かって「近々セックスをしそうな人に頼みたいんだ」と言われれば、「はあ?」というしかない。まあ、そんなマーティンの変人ぶりにつけこんで(?)、破壊工作に使う装置を開発させてしまうのだから、お互いさまだけど。
 それでも友情が成立してしまうところが、この小説の爽やかなところだ。たとえば、こんな会話。

「それに友だちとたむろするには公園よりバーのほうがいいと思うけど」  彼の顔がぱっと明るくなった。「ぼくらは友だちなの?」 「そうよ」 「やったあ! ぼく、友だち少ないんだよ。友だちのなかでおっぱいがあるのはきみだけだ」 「ほんっとに女性との話し方を勉強しなくちゃだめね」

こんなユーモアが随所にちりばめられ、緊迫のサスペンスのなかのアクセントになっている。上下巻だけど、一気呵成に読んでしまった。
(牧眞司)

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