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「公正中立」な報道なんてないのだから――時事芸人・プチ鹿島×評論家・荻上チキ対談

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安保法制や原発再稼働などのニュースに対し、新聞各紙は社説でどんな論陣を張ったのか? 各紙、どんな有識者に語らせているのか? 首相はどこのメディア人と会い、食事を共にしているのか?……

新聞を読み比べ、数え、各紙の「偏り」を提示した一冊が、評論家・荻上チキ氏の『すべての新聞は「偏って」いる ホンネと数字のメディア論』(扶桑社)だ。

一方、「時事芸人」として知られるプチ鹿島氏も、『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)で、新聞を擬人化し、新聞の味わい方を提唱している。

アプローチは違えども、共通するのは、「不偏不党・公正中立など存在しない」ということ。荻上氏と鹿島氏が、“分断”する社会をつなぐ新聞の読み方について語り合う。

◆己を貫く「産経」と大衆を意識する「読売」

荻上:新聞の見方をどう提示するかもひとつの芸ですよね。僕は数字を出すスタイルをとり、鹿島さんは各新聞の立ち位置を明確にするために、擬人化をしている。朝日はインテリおじさんで毎日は書生肌のおじさんで、毎日は朝日に比べて地味な「書生肌のおじさん」というように。

鹿島:M-1の審査員じゃないですけど、新聞も結局、「どっちが好き嫌い」ってなっちゃうじゃないですか。

荻上:和牛のほうががよかったのに! とかね。

鹿島:新聞を好き嫌いで語ると、ガチンコの言葉の投げつけになってしまう。それを回避するために、僕はキャラ設定をしたんです。朝日を一番熱心に読んでいるのが産経で、だけど、朝日はそれをスルーする。朝日おじさんは産経おじさんからどんだけ絡まれてもツーンとしてる。そんな関係を想像するとたまらないわけです。

荻上:産経は、朝日に対して「NO!」とつきつける僕らを読んでね、というスタンスですもんね。朝日おじさんは、むしろ、政治家のほうをよく見ている(笑)。

鹿島:結局、どっちが正しいという話ではなく、新聞は毎朝、おじさんたちが自分の正しさを主張しているわけです。そう思うと読み比べはガゼン、楽しくなる。チキさんの本にもありましたけど、同じ保守系統でも、読売おじさんと産経おじさんだって、実は違う。そういうのが面白いですよね。

荻上:最後まで己を貫く産経と、まあこの辺りでと大衆をやんわり誘導する読売というのはありますよね。

鹿島:読売新聞はなんだかんだ言って一番売れている新聞です。コアな部分には行きたいけれど、振り切れないというか。昨年5月、安倍さんが憲法改正について聞かれ「読売新聞を熟読して」と言ったとき、産経おじさんはやはり、悔しかっただろうなと思いますよ。

産経は記事でも、「読売のインタビュー」とは書かず、集会のビデオで安倍さんが話したという書き方をしていて、悔しさが滲んでいました。

荻上:「なんでうちじゃないんだ!」と。「こんなに応援してるのに……」って。

鹿島:僕、チキさんの本のタイトルはスゴイなって思うんですよ。「すべての新聞は偏っている」と言われ、僕なんかは、「そう! そう!」って思うんですけど、「えっ!?」って思う人も多分いると思うんですよ。「偏向報道だ!」って怒る人たちですよね。でも、すべてのニュースは誰かがフィルターをかけ、誰かがGOサインを出しているモノなんですよね。

荻上:ニュースに触れるときには、何を取り上げ、どう語っているのかそれぞれの「偏り」を踏まえて自分で判断をするというのが重要なんですよね。でも、今はどの「偏り」にコミットするかという話になってしまっている。一方を「偏向」と言うことで、自分がセンターにいるかのようにふるまったり。ツイッターの自己紹介欄にある、「普通の日本人です」みたいな。

鹿島:「普通の日本人」って、一番、ざわざわしますね。

荻上:「中道です」とか。

鹿島:自分の考えている中道こそ危ないですよね。

荻上:僕はよく、「お前のような左が!」とか言われるんですけど、すごい“右から目線”から来るわけです。僕自身はどの立場だと思われてもいいんですけど、そんなウイング右から言われても、その距離感はすごいよと。

鹿島:お互い自分の居場所にいて、意外と相手の陣営を覗いてないんですよね。僕もTBSのラジオに出ると「左だ」と言われ、フジテレビに出ると「右だ」と言われる。やってることは同じなのに(笑)。それでレッテルを貼っちゃうのはもったいないと思うんです。僕は野次馬だから、相手が何を言ってるのかな? と覗きに行く。自分の席とは逆をたまには見るのが必要だと思います。

荻上:僕はツイッターも左と右、それぞれのタイムラインを見ているんです。いろんな人をフォローして、「さあ、何してるのかな?」って見ると、面白い。

鹿島:見え方が全然、違いますよね。

荻上:そうなんですよ。でも、朝、見るものじゃない。具合が悪くなる(笑)。

鹿島:カロリーがいりますからね。

荻上:互いに引用し合わないんですよ。ときどきどちらかがやらかしたときだけ、その発言を攻める。「これだから、ネトウヨは!」「これだから、パヨクは!」みたいな感じで。互いの底辺を攻撃することで、自分の優位性を誇るみたいなゲームばかりやっていて、それでは言論の質は上がりません。

鹿島:「朝日新聞死ね」といった発言に対し、「よくぞ言った」と溜飲を下げる人がいたりする。言ってしまった者勝ちでは決してないんですけれど、言ってしまったもの勝ちだと思ってしまっている人がいるんですよね。

荻上:ファンマーケティングみたいなものですよね。ネット上で「いいね」やレスポンスがあると気持ち良くなってしまう。その層に向けて書籍を出すような動きもあるし、「新聞を読んで気持ちよくなる」という面も実際にあるわけですし。

鹿島:自分が気持ちよくなるものしか見ないし、読まない。結局、自分の陣地からまるで動かず、遠く離れて雪合戦しているようなものですよね。それもまぁ、いいけれど、もうちょっとお互いが何を言っているのか、相手の陣地に入って見てみるくらいのことは必要だと思います。

◆芸人の政治語りについて

荻上:ちょっと気になるのが、最近、芸人さんのニュース語りってのがすごく増えていますよね。鹿島さんやサンキュータツオさんはちゃんと勉強されて、ネタに昇華させていますが、そのキャラクターの強みとか話芸でニュースを語る人が目立ちます。

鹿島:あえて知識は知らないけれど、この自分がどう見たか、どう感じたかという語りは多いですね。

荻上:いろいろな切り口はあっていいと思うんです。ただ、“不勉強”っていうのは、やっぱり正解にたどりつけないんですよ。

たとえるなら、僕がいきなりルミネの舞台に立つようなものです。それぞれのジャンルで、それぞれいろいろなスキルが必要なはずなのに、ニュースになると「この切り口でOK」といった格好で芸人やタレント、俳優が一言物申す。もちろん、誰もが政治にコメントを挟む自由はあるんですが、お笑いでいうとスベッてるようなことを、審査の基準が甘いフィールドでやらないでほしいと思うんですよね。

鹿島:専門家問題ですよね。オウム事件からワイドショー的なものに弁護士さんが出るようになりました。専門的見地から事件の解説をした流れで、そのまま芸能ニュースにも弁護士がコメントするようになった。僕はあの頃、視聴者だったから、ただの下世話な芸能スキャンダルに対し、弁護士という肩書きで信用されてコメントしてるのっておかしいじゃん!って思っていました。それがずっと広がって、芸人にまできたってことなんでしょうね。

荻上:お笑い芸人の方が昼間のワイドショーや情報番組に出て、いろんなコメントを言うと、世論の拡大再生産になるんですね。お笑いって、ともすれば差別の再生産につながってしまう。自分たちの身体性を笑いに変えることと、他の属性の当事者を巻き込むことは別問題なんだけど、そういったノリで良し悪しを議論することが、テレビはここ数年すごく増えました。

鹿島:ある種のわかりやすさというか、ダメなわかりやすさを、視聴者は求めているのかなと思います。テレビの前の人も、新聞をすべて読んでいるわけではないし、日常に忙しいからニュースを全部チェックしてるわけじゃない。だから、今まで生きてきた“肌感覚”でどう思えばいいのかっていうのをシェアしているんじゃないですか。

荻上:ご意見番が、「言いにくいことをよくぞ言ってくれた!」みたいな言われ方もしますが、「言いにくいこと」は別に正解じゃないですから。

鹿島:しかも、そんなにたいしたこと言ってませんよ。芸人も。

◆安倍首相とイデオロギーと新聞

荻上:今回、本を書くのにあたって、各社の社史を取り寄せて読んだんですが、面白かったのは、産経には公にしている社史がないんです(笑)。

鹿島:そうなんですか?

荻上:改めて産経は若い新聞なんだなと思いました。一番伝統がない新聞で、そこが一番、「歴史」だ「伝統だ」と言ってるのが面白いなと。歴史を語るんだったら、まず社史をお作りになったほうがいい。

鹿島:僕は産経を「いつも小言を言っている和服のおじさん」とキャラ付けしたんですが、ズバリかもしれませんね。歴史がないからこそ、保守的であることが自分のアイデンティティになるというか。

荻上:本にも書きましたが、終戦の日の靖国神社参拝者のうち若い人のほうが「俺は保守」と意味づけをして参拝をしていたりするんです。戦争体験をしている保守と、安易に「国交断絶」とか口にしちゃう危機意識があるかのような雰囲気を出したい人とは、同じ保守でも違いますからね。

鹿島:「保守とは何か?」というテーマになると、安倍さんだって本当に保守かと言ったら、微妙ですよね。

荻上:結構、設計主義者ですよね。

鹿島:ただ、安倍さんになってからイデオロギーと新聞のカラーが露骨に分かれていったのは確かです。

荻上:誰を仮想敵にするかで、メディアの立場は変わりますよね。おおむねメディアは政権をチェックするから、仮想敵というかチェック対象は政権のはずなのに、最近は、「仮想敵として政権をチェックするメディアを批判する」という分岐が起きている。それが露骨で、応援団的メディアが出たり、それを批判するネットメディアが出たり、なんか有象無象になってしまっています。

鹿島:「安倍政権」という野球場には、1塁側に読売と産経がいる。僕自身は、本来、ジャーナリズムは3塁側にいるものだとは思います。でも、現実にこの2紙は一塁側を陣取っている。じゃあまぁ、どんなヤジを飛ばしているかというところを楽しんじゃおうと思っています。

荻上:「朝日だから」というようなレッテル張りだけをしていると、誤報など何か問題があったとき、本来、チェックすべき点を見誤って論点がずれてしまう可能性がある。

昨年、日本維新の会の議員が「マスメディア、マスコミの信頼度を下げなくてはいけない。真っ当な憲法論議をするために」と言ったのを覚えてますか?「何を言っているんだか」とは思ったんですが(笑)、でも、有害なマスメディアをなくしさえすればいい、という論理はあるわけです。

それこそ、安倍さんが就任前のトランプさんに会った時、「私とあなたには共通点がある。あなたはニューヨークタイムズに勝って私は朝日に勝った」と言ったそうですけど。

鹿島:「そう言ってトランプの心をつかんだ」と、産経が嬉しそうに書いてましたね(笑)。

荻上:そんなバカなとも思うんですけど(笑)。ネット空間では、新聞が何かの象徴として語られるんですね。新聞を中心にいろんな論壇が形成され、一方で、新聞に取り上げられない論点も、「新聞に取り上げられていない」という点で盛り上がったりもする。取り上げてないことがモチベーションになって、「取り上げてない! 偏向だー!」と過熱するネット住民も右にも左にもいるので。

鹿島:でも、例えば、デイリースポーツの愛読者は、阪神が一面じゃないことで、「今日は大きなニュースがある」ということを知るわけです。そのくらいの度量があっても、いいのではないかと思いますね(笑)。「何で阪神が一面じゃないんだ!」と、ずっと怒っていても仕方ないじゃないですか。時には阪神のネタじゃない、でかい話題もあるわけですから。

荻上:2年前位前に『犯罪白書』が発表されたとき、読売新聞はその年の白書が特集した性犯罪の再犯率を取り上げたいい記事を出したんです。通常、役所が公表する白書ってリリース通りに報道するから各紙横並びなんですが、たまに良記事にしたりもする。もちろん、それがあたり前になってほしいんだけど、こうした記事を目にすると、少し希望を抱きます。産経新聞だって、以前、とてもいいセクシャルマイノリティの特集を掲載したこともありますし。

鹿島:深掘りする力って、新聞はさすがにまだありますよね。昨年の座間の殺人事件があったとき、各紙、社説で「ネットの闇」とか「一時的な感情でつぶやいては駄目だ」とか言っていたんです。でも、2~3週間後には、自殺問題の専門家のコメントを載せながら、「死にたいとつぶやくことで救われることもある」とか、「死にたいとつぶやく人たちをどうすればいいのか」といった記事を出していて、それは読み応えがありました。

荻上:あの流れは面白かったですね。各紙おそらく、NPO自殺対策支援センター・ライフリンクの清水康之さんや精神科医の松本俊彦先生、フリーライターの渋井哲也さんとつながりながら、仮想敵を変えたんだなと思いました。最初は、新聞も「ネットの闇」がターゲットでしたが、それを規制しようとする政府に攻撃対象が変わって、ネットを安易に規制してはいけないみたいな流れになった。

鹿島:おじさんたちも変わるんだ! と、とても面白かったですね。チキさんも本の中で、LGBTなどの問題で保守的な新聞の論調が変わっていくことが、世の中が変化でもあると指摘されていましたよね。確かに保守的な新聞の変化はある種の転換点だと言えます。

荻上:最近の産経新聞のスタンスは、「差別は問題で人権には配慮しなくてはいけないが」とか、「他の制度で対応できる」といった表現になっているんですね。同性婚などに対して、「あくまで差別はしないけれども、反対」という論調なわけです。誰でも口にできる言葉を安易にふりまいてる、という点では警戒が必要だけれど、それぐらい配慮しなくてはいけない程度には浸透してきたとも言える。留保をしなくてはいけない社会にまで変わったわけで、ポリティカルコレクトネスのレベルが動いたというか。こうした点は、産経新聞の動向から見ていきたいとは思いますね。

鹿島:ちょっと話は違いますが、自衛隊のPKO日報問題や都知事選での応援演説でミソをつけた稲田朋美元防衛相について、教育勅語の時に読売が見放し、最後、産経も彼女の政治家としての資質を疑いだした。荻上さんの本で、丁寧に事実を追っていて、改めて彼女が保守陣営の期待の星だったのだと思いましたが、産経もついに書いたというのが最高でした。

◆地方紙「東京新聞」が注目される理由

荻上:最近、産経って東京新聞への言及が増えているんですよね。

鹿島:東京新聞が産経おじさんの視界に入ってきて、小言を言わざるをえないという状況になったんでしょうね。東京新聞にとっても、いいことではないでしょうか。

荻上:産経の東京新聞言及率が上がっているのは、2つの理由があると思うんです。1つはネット社会であること。もう1つは安倍政権が続いているから。政権に対する批判を東京新聞中心で盛り上げていくという格好で記事がとりあげることが多くなり、産経と対立することが多くなった。産経は産経で、かなり前からウェブに力を入れていますから。だって、なにをどうしたのかマイクロソフトのニュースのトップページに産経が載るわけです。この総括をマイクロソフトはすべきだと思ってますけど。

鹿島:あれはけっこう若い世代の保守化といいますが、一枚も二枚も噛んでるのではないかと思います。

荻上:産経は2ちゃんのまとめサイト的な、たとえば「民進党またもやブーメラン」的なネットウケするタイトルをつけて、煽ってPVを稼ぎにいくというスタイルを身につけ、ちょうど東京新聞が仮想敵になった。

鹿島:ネット上では東京新聞と産経新聞が仮想敵同士になっていると思うのですが、面白いのが、日刊ゲンダイなんですよ。日刊ゲンダイは完全に会社帰りのおじさんが電車の中で読むために作られた、オヤジジャーナルの中でも屈指の辛口おじさんです。

僕は「ゲンダイ師匠」と読んでいるんですが、その過激な見出しが、ネットに転載されると意識高い文化人的な様相を見せて、安倍政権どうなの?という人に見事にハマっている。ゲンダイがネットで称賛されているんですよ。あの過激な論調が、「そうだ! よく言ってくれた」と、そのままの形でネットと出会っているというのが面白い。

荻上:東京新聞はまだまだネット戦略が下手ですよね。「特報部」という主力記事をウェブに載せてないわけですから。

鹿島:僕も、あの「特報部」は一日遅れでもいいから出すべきだと思います。そこは東京新聞、まだまだですよね。試行錯誤しているんでしょうけど。

荻上:東京新聞が目指すべきは、「左の産経新聞」なんですけどね(笑)。2018年は東京新聞の逆襲がどう始まるかも注目です。

鹿島:全国紙5紙、東京新聞を入れて6紙があって、何から読むかというと、僕はだいたい産経、東京の端と端から読むんですよ。そのあと、朝日、読売、毎日と真ん中に戻っていく。

荻上:僕は逆ですね。基本的に朝日と読売から読みます。産経と東京を先に読むとわけがわからなくなるので(笑)。

鹿島:最近、僕、毎日新聞を読むのがとても心地いいんです。すごく面白い。

荻上:この本の宣伝をフェイスブックで友達に紹介したときに、「毎日がかわいそう」というコメントがつきました(笑)。帯では読売・朝日・産経に触れているのに、毎日が入ってなくて。

鹿島:ははは。そこが毎日新聞の宿命と言うか。いいところでもあるんですよね。

【プチ鹿島】

スポーツからカルチャー、政治までをウォッチする時事芸人。著書に『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)、『教養としてのプロレス』(双葉文庫)

【荻上チキ】

評論家、ニュースサイト『シノドス』編集長。ラジオパーソナリティとしても活躍。『すべての新聞は「偏って」いる ホンネと数字のメディア論』(扶桑社)が発売中


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