矢内原美邦インタビュー 見る側を見られる側に引き込む演劇を

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2018/2/3 12:15



ダンス、演劇の枠を超えて縦横無尽な活躍を見せる矢内原美邦が、この春、全力疾走している。演劇のソロプロジェクト、ミクニヤナイハラプロジェクトでは、小部屋に閉じ込められた人間の生き様を描く最新作『曖昧(あいまい)な犬』を2018年3月22日~25日まで東京・吉祥寺シアターで上演。それに先立ち、自ら主宰するダンスカンパニーNibroll(ニブロール)では、初期の代表作『コーヒー』を、2月2日~4日、横浜ダンスコレクション2018のオープニング作品として、横浜赤レンガ倉庫1号館で再演。さらに2月23日~25日には、映像作家の高橋啓祐と組む美術ユニット off-Nibroll(オフ-ニブロール)でアジアのアーティストらとダンス公演『ASIA.ai‐Dance in Asia‐』を大阪市のクリエイティブセンター大阪で発表する。東奔西走の日々を送る彼女に、舞台芸術にかける思いや現代の日本社会に対する現状認識などを聞いた。
『曖昧な犬』あらすじ
光の届かない小部屋に閉じ込められた3人の男たち。外へ出ようと必死にもがくが、さまざまな感覚が狂ってくる。自分はどこから来たのか、何者なのか。これまで何を経験してきたのか―。現実と虚構の境界線が次第に曖昧となり、記憶さえもあやふやになっていく。閉塞感の中で生きる人間像と、内向き志向の日本の今を映し出す。

--今の日本の空気とシンクロする刺激的な設定ですね。着想のきっかけは何だったのでしょうか?

今の社会自体が、いわゆる閉じ込められた空間の中に自分たちがいて、その中からしか社会を見ていないと感じることが多々あったんです。海外で公演をしたり、2015年8月から半年間、文化庁文化交流使として東南アジアを回ったりして日本を出たときに。自分は島国という閉じ込められたところで育ってきたんだと痛感しました。閉鎖空間で自分たちが何をやって、どうやって生きていけばいいのだろう? そのことにすごく興味があったんです。

--日頃、近畿大准教授として若い学生たちと接していることも影響があるのでしょうか。

そうですね。最近の学生たちは「留学したくない」と言って、あまり外に出たがらないんですよ。自分たちが学生の頃とは随分違うなあと思います。それが悪いわけではなくて、それだけ日本が豊かで恵まれていて、わざわざ外に出なくても、いろいろな情報をキャッチできる状況にあるからなんです。コミュニケーション能力にしても昔より高くなっているし、賢くなっている感じがします。ただ、その分、危険を冒さない。リスクがあったらチャンスをつかみにいかない傾向にあります。
矢内原美邦
矢内原美邦

--『曖昧な犬』には3人の男を常時撮影している監視カメラが登場しますね。彼らの言動は逐一記録されていく一方で、彼らの記憶はどんどん曖昧になっていく。その対比がとても面白いです。インターネット上に膨大な情報が日々記録されていく一方で、生身の私たちの記憶力は衰えているんじゃないか。そんな思いに駆られました。

記録と記憶は、確かに違う。それを考えてもらうために、『曖昧な犬』では、ライブカメラで常に録画をして、その録画した映像を繰り返し映すという試みをしています。

--2017年に初演した大阪公演でのビデオを見ていたら、舞台奥の壁の上部にディスプレーが設置されていました。あそこに舞台上のパフォーマンスを録画した映像が流れるのでしょうか。

時間差でどんどん映っていく仕掛けです。その時間差は 何秒前だったり、何十分後だったりといろいろ。劇場内に持ち込んだライブカメラで撮影したリアルタイムの映像も織り交ぜて。事前に録画した映像を使って、次に起きる場面を映す場合もあります。コンピューターで3パターンぐらい作って、ここの場面では何分前とか、このせりふでは舞台上のパフォーマンスを同時に映すとか、映像の切り替えを細かく決めてやっています。だから、舞台全体を見た時に、今起きていることがキャッチできないかもしれません。時間の流れは、もしかしたら一つじゃなかったのか。観客の皆さんにそんな感覚を抱かせてみたい。そういう表現は、演劇ではなかなかできません。通常は時間軸があって、ストーリーが展開していくので。でも、『曖昧の犬』では、記録した映像を使うことで、未来や過去、現在を同時に見せていくことを実験的にやってみたい。
『曖昧な犬』 @クリエイティブセンター大阪 ブラックチェンバー(2017年3月)
『曖昧な犬』 @クリエイティブセンター大阪 ブラックチェンバー(2017年3月)

--大阪で上演した際、観客の反応はいかがでしたか?

ぽかんとしていました(笑)。なので、今回はもっと磨きをかけて、ディテールの精度を上げようと頑張っています。キャストも一新しています。

--オーソドックスな演劇に見慣れている観客の中には、戸惑う人も出てくるかもしれませんね。

観客を混乱させたいわけではないんですよ。観客は常に役者を見る側、つまり傍観者です。それを、最終的には、自分たちは見られる側じゃないかと思わせるような作品にしたいんです。

--舞台に登場する監視カメラは、観客も撮っているんですか?

いえ、観客は撮っていません。観客を映したところで、「自分が見られる側だったんだ」と思うようにはならないので。以前、観客参加型の演出でいろいろ試したことがありますから。今作では、観客の皆さん一人一人が自分の生き方を考える劇にしていきたい。楽しい演劇や劇場で完結する演劇もいいと思うけど、「考えて楽しい」演劇もありなんじゃないかな、と。私は、見終わった後もずっと考えていけるような演劇を目指しています。帰り道に「あれはこうだったのか」とか、赤信号で待っているけど実は監視されているのかな、とか。

--タイトルの『曖昧な犬』は、宮沢賢治の短編童話『ガドルフの百合』から着想を得たそうですね。主人公のガドルフが一人旅の道すがら、「あすこはさっき曖昧な犬の居たとこだ」と、唐突につぶやく一文があります。でも、記述はそこだけで、犬は登場しませんよね。

そうなんです。『曖昧な犬』という言葉自体が不確かで、それは一体何なのか、想像しないといけない。子供の頃に読んだ時は、全然不思議じゃなかった。「いたよ、いたいた犬」みたいに。思考回路が柔軟で、素直に受け入れられる。それがどうしても大人になると、「曖昧な犬はどこにいるんだろうか」と探してしまう。
矢内原美邦
矢内原美邦

--演劇活動をするミクニヤナイハラプロジェクトを2005年に旗揚げしてから、吉祥寺シアターで公演を重ねてきましたね。

言葉をきちんと届けたいという思いが強くなってきました。以前の公演では、「鬼のように速くせりふを言っている」と言われ続けてきましたけど。スピードはそんなに変わってないんですけど、絶対に言葉はお客さんに分かるようにしたいです。第1作目の『3年2組』からずっと楽しみに通ってくださるお客さんもいます。IT化でどんどん便利になって、スマホでタップしてネットにアクセスする操作さえ面倒くさがる人がいる昨今、劇場や映画館に足を運ぶのは超アナログなのかもしれないですけど、決してなくならないと信じています。そこに足を運ぶことで広がる世界は必ずある。劇場や映画館のある地域で暮らす人たちの生きる支えになれたらいいなあと思います。

--2、3月は『曖昧な犬』以外にも公演を抱えていますね。演劇だけではなく、ダンスや美術といろいろなユニット名で多彩な活動を繰り広げています。

大学で教えているので、どうしても長期的な休みが取れる春と夏に集中してしまうんです。今回は、東京や横浜、大阪で公演できるのは、すごくいい機会になりました。興味が一つに向くタイプではないので、表現したいことをやろうとして周囲に決めてもらって自然と流れができてきた感じです。ユニットが分かれているのは、当初制作やプロデュースが違ったからですね。ニブロールはダンス寄り、ミクニヤナイハラプロジェクトは言葉中心の演劇、オフ-ニブロールは美術作品を見せていくと分かれていたんですけど、やっているうちにだんだん一緒になってきましたね。最近では、ニブロールでも演劇をやってみようかなと思っています。演劇やダンスの枠組みを超えて、一つのパフォーマンスとしてやってみたい気持ちが強くなっています。

--ニブロールが今回上演する『コーヒー』は初期の作品ですね。「いつからかコーヒーを飲み始めて、大人になる」を題材にして、日常のしぐさや動きを激しいダンスにして、大きな反響を呼びました。

2002年2月初演なので、ほとんど2001年に作った作品です。東京・新宿パークタワーのホールで上演しました。ニブロールにとっては300席入るようなホールで初めての公演でした。今、稽古をしていると、初演当時のことを思い出しますね。私が20代から30代に向かうころに作った作品なので、いろいろな思い出が詰まっています。
Nibroll『コーヒー』 初演:2002年2月@新宿パークタワーホール photo : Yasuyuki Masunaga
Nibroll『コーヒー』 初演:2002年2月@新宿パークタワーホール photo : Yasuyuki Masunaga

--今、あらためて『コーヒー』に触れてみていかがですか。

自分で言うのもおかしいんですけど、すごく新しい感じがします。振りも映像も言葉も。時間をかけて構成をして精密に作ったんだなと。30歳を迎えるころって、分岐点。ダンスや演劇を止めてきちんと食べていくことを考え始める人がいて、その中で続けていくのかとか。ダンサー自体にも、私自体にも、皆の中にいろいろな葛藤があった。それを今、この瞬間に形にして、しっかりと残すんだ! という強い気持ちがほとばしっていたと思います。

--大人になる葛藤は、いつの時代の若者にも共通しているのでは。『コーヒー』が時代を超え、受け継がれていくためにも、今回の再演は意義深いですね。出演するダンサーは、オーディションで選ばれた新しいメンバーですね。

初演の時と振りはほとんど変えていません。メンバーには、初演でやっていた人をなぞらないで、ここで初めてやる感じでやってほしいと言い続けていて、今、そうなりつつあります。

--最後に、アジア各地からアーティストらが集結して開催されるオフ-ニブロールの公演『ASIA.ai‐Dance in Asia‐』についてご紹介してください。

自分と同じ匂いのするアジアのアーティストの友人たちと、一緒に作る関係を築きたいとと思って、始めたのが『Dance in Asia』の企画で、今公演が第3弾になります。シンガポールのオン・ケンセン、台湾の世紀當代舞團、インドネシアのメラティ・スルヨダルモ、マレーシアのJS・ウォンたちとコラボします。欧米のダンスは洗練されていて、恵まれた環境の中から生み出される。一方、アジアのダンスは、一言で言うと、たくましい環境の中でも踊らずにいられないエネルギーに満ちている。東南アジアなどでは、稽古場が石畳の上というところもありますから。それでも踊るんだという情熱。そういう面白さを伝えたいですね。
off-Nibroll「Dance in ASIA」photo:GenesisArts Production
off-Nibroll「Dance in ASIA」photo:GenesisArts Production

矢内原美邦の関心は、境界線を超えることにある。それは、ダンスや演劇、美術というジャンルの「境界線」。観客=見る側と、演者=見られる側の「境界線」。トランプ米大統領がメキシコとの国境線すべてに壁を建設しようとしている動きに象徴されるように、世界には分断と格差が広がっている。その壁を乗り越える想像力を蓄えるためにも、矢内原の生み出す舞台は必見だ。
off-Nibroll「Dance in ASIA」photo:GenesisArts Production
off-Nibroll「Dance in ASIA」photo:GenesisArts Production

取材・文=鳩羽風子

公演情報
横浜ダンスコレクション2018 オープニングプログラム
Nibroll『コーヒー』

■日程:2018 年2月2日(金)~4日(日)
■会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
■振付・演出:矢内原美邦
■映像:高橋啓祐
■音楽:加藤由紀
■衣装:矢内原充志
■出演:上村有紀、鈴木隆司、友野翔太、昇良樹、間瀬奈都美、望月めいり、八木光太郎
■チケット:前売 3,500円/U-25 3,000円/高校生以下 1,500円/当日 4,000円
■ウェブサイト:http://www.nibroll.com/coffee-2018.html
off-Nibroll『Asia.ai - Dance in ASIA 2018 - 』
■日程:2018年2月23日(金)~25日(日)
■会場:クリエイティブセンター大阪(ブラックチェンバー&ホワイトチェンバー)
■チケット:前売 3,000円/学生2,500円/高校生以下1,500円/未就学児500円/当日3,500円
※1枚のチケットで「源氏物語」「Dance in ASIA」のふたつのプログラムを鑑賞できます。
■ウェブサイト:http://www.nibroll.com/dance-in-asia_2018.html
参加作品:
『源氏物語』
■演出・振付:矢内原美邦 + オン・ケンセン
■出演:生島璃空、いはらみく、衛藤桃子、重実紗果、炭谷文葉、瀬戸沙門、山辻晴奈、イルファン・セティアワン
『Dance in Asia 2018』
■参加作家:メラティ・スルヨダルモ+スカンク/SKANK、JS・ウォン+高橋啓祐、世紀當代舞團、下村唯+仁井大志、藤原美加、清水彩加+竹内桃子+青木駿平
ミクニヤナイハラプロジェクトvol.11『曖昧な犬』
■日程:2018年3月22日(木)~25日(日)
■会場:吉祥寺シアター
■作・演出:矢内原美邦
■出演:石松太一、菊沢将憲、細谷貴宏
■チケット:前売 3,500円/学生 2,800円/当日 3,800円/アルテ友の会会員・武蔵野市民(在勤・在学可)3,150円
■ウェブサイト:http://www.nibroll.com/aimai-dog.htm

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