デレク&ザ・ドミノズ結成のきっかけとなったライヴ盤の傑作がデラニー&ボニー&フレンズの『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』だ

OKMusic

2018/2/2 18:00

本作『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』は、エリック・クラプトンのソロデビュー作『エリック・クラプトン』(‘70)、ジョージ・ハリスンのソロデビュー作『オール・シングス・マスト・パス』(’70)、デイブ・メイスンの『アローン・トゥゲザー』(‘70)、ジョー・コッカーの『マッド・ドッグス&イングリッシュメン』(’70)等と参加メンバーがほぼ同じで、デラニー&ボニー&フレンズにクラプトンがゲスト参加したかたちで録音されたイギリスツアー時のライヴ盤である。ライヴならではの臨場感と熱気が十分に感じられるロック史に残るアルバムのひとつである。

■ジョージ・ハリスンと エリック・クラプトン

ザ・バンドが1968年にリリースしたデビュー作『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』はロック史上最高のアルバムの一枚であり、このアルバムに大きな影響を受けたのがブリティッシュロッカーのエリック・クラプトンとジョージ・ハリスンである。ザ・バンドに骨抜きにされたクラプトンはクリームを解散し、スワンプロック志向のブラインドフェイスを結成するものの、メンバー間の軋轢やツアーの疲労もあって、アルバムを1枚リリースしただけで空中分解し、アメリカに渡る。一方、ジョージ・ハリスンも解散寸前のビートルズのストレスから癒やしを求めて、レオン・ラッセルやデラニー&ボニーのメンバーとソロアルバム『オール・シングス・マスト・パス』の制作をスタートする。

ザ・バンドへの加入を打診するものの、あっさりと断られたクラプトンに、ジョージがザ・バンドに負けない本物のロックグループだと紹介したのがデラニー&ボニーだったのである。ジョージはデラニー&ボニーのアルバムをアップルレコードからリリースしようと画策するのだが、契約上の関係でお流れとなり、その代わりというわけではないだろうが、デラニー&ボニーにイギリスツアーの話を持ちかける。快諾したデラニーらは、のちのデレク&ザ・ドミノズのメンバーとなる凄腕のミュージシャンたちを引き連れて渡英、そこにはひと足先にバンドメンバーに収まっていた元トラフィックのデイブ・メイソンもいた。

■70sロック界のトレンドとなった スワンプロック

デイブ・メイソンのソロデビュー作『アローン・トゥゲザー』は、ジョージよりも早くデラニー&ボニーと接触して制作されたイギリス初のスワンプロック作品である。デラニーらと一緒にイギリスに戻ったメイソンがレコーディング中の内容をジョージとクラプトンに聴かせたことで、彼らふたりのスワンプロック熱は高まり、デラニー&ボニーらの音楽を生んだアメリカ南部へ想いを馳せるようになる。

デラニー&ボニーがやっている音楽はアメリカ南部のブルース、ゴスペル、カントリーをごった煮にしてロック風味をまぶしたサウンドであり、それはいつしかスワンプロックと呼ばれるようになる。スワンプロックという言葉を最初に使ったのはアトランティックレコードのプロデューサー、ジェリー・ウエスクラーだと言われているが、70年初頭のロックシーンはイギリス、アメリカ、日本を問わず、スワンプロックに大きな注目が集まっていたのである。その中心にいたのがレオン・ラッセルであり、デラニー&ボニーだったのだ。

■スワンプロックの立役者、 レオン・ラッセルとデラニー&ボニー

69年、デラニー&ボニーはサザンソウルの名レーベル、スタックスレコードと白人として初めて契約し、デビューアルバム『ホーム』をリリースするものの、あまり売れなかった。そして、黒人ではないことからスタックスを追われることになり、新たにバックバンドとしてフレンズを結成し、エレクトラレコードから『オリジナル・デラニー&ボニー』(‘69)をリリースする。フレンズの構成メンバーは、レオン・ラッセルをはじめ、ボビー・ウイットロック、カール・レイドル(このふたりはデレク&ザ・ドミノズのメンバー)、ドクター・ジョン、ジム・ケルトナーらで、当時のロック界最高の布陣であったと言えるだろう。ジョージやクラプトンはこのアルバムを聴いて、彼らの魅力に取り憑かれるわけであるが、確かに今聴いても当時のスワンプロックの熱さが伝わってくる名盤だと思う。特にレオン・ラッセルのゴスペルライクなピアノは素晴らしく、ジョージが主宰する『バングラデシュのコンサート』(’72)でのレオンの演奏を彷彿させる。

■本作『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』について

『オリジナル・デラニー&ボニー』のあと、デイブ・メイソンが渡米しフレンズのメンバーとなるのだが、レオン・ラッセルはジョー・コッカーの音楽監督やソロ活動で忙しくなったために脱退している。69年、ジョージの口利きでイギリスツアーが実現する。アメリカ本場のスワンプロックがイギリスで初めて紹介されることになり、以後イギリスのアーティストたちは一挙にスワンプ路線へと舵を切るようになるのだから、デラニー&ボニーのブリティッシュロックに与えた影響は凄かった。70年代初期から中期までのストーンズがスワンプロック中心だったことを考えても、デラニー&ボニーの音楽がどれほど大きなインパクトを与えたかがよく分かる。

本作はロンドン近辺のクロイドンでのライヴの模様を収録しており、ギターはデイブ・メイソンとクラプトンが参加しているために、しかもライヴなだけに、かなりロック色の濃いサウンドとなっている。フレンズのメンバーは、のちにデレク&ザ・ドミノズとなるカール・レイドル、ジム・ゴードン、ボビー・ウイットロック、そして70年代のストーンズを支えるホーン奏者のジム・プライスとボビー・キーズも参加している。

収録曲はデラニー&ボニー本来のサウンドである、サザンソウル混じりのスワンプロックの面(「シングス・ゲット・ベター」「ドント・ウォント・トゥ・ディスカス・イット」)もあるが、ここではクラプトンのギターを前面にフィーチャーした、若々しいギターロックが中心となっている。メイソンとクラプトンのツインリードなども楽しいが、やはり圧倒的なのはボニー・ブラムレットのヴォーカルとプライス&キーズのホーンセクションだ。本作は、歌、演奏ともに充実していて、ロック史上に残る名盤であることは間違いない。それが証拠に、僕は中学生の頃から本作を聴き続けているが、毎回引き込まれているぐらいなのだ。2010年にはツアーの全貌を収録した4枚組のデラックス・エディションがリリースされ、これも大きな話題となった。

余談1:カーペンターズが大ヒットさせた「スーパースター」はデラニー&ボニーがオリジナルなのだが、残念ながら本家はシングルのB面リリースのため、現在ではベストアルバムぐらいにしか収録されていない(タイトルは「グルーピー」)。

余談2:本作のジャケット表で助手席の窓から足が出ているのだが、これはボブ・ディランである。このライヴ時に撮影された写真でジャケ写真にマッチするものがなかったらしく断念し、66年のディランのツアーで撮られた写真を使ったようである。

なお、本作はビルボードチャートで全米29位、全英39位となり、デラニー&ボニーのアルバムでもっとも売れた作品となった。彼らのアルバムはどれも秀作で甲乙付けがたいので、もし彼らのアルバムを聴いたことがないのなら、どれでもいいから聴いてみてほしい。きっと新しい発見があると思うよ♪

僕の個人的なオススメは『デラニーよりボニーへ』(‘70)で、このアルバムにはデュアン・オールマンやリトル・フィートの超絶ベーシスト、ケニー・グラドニーが参加しているし名曲揃い。あ、でも、『ホーム』(’69)にも名曲があるし、『モテル・ショット』(‘71)はロック界初のアンプラグド作品で、こちらも素晴らしい。やっぱり、どのアルバムもオススメです!

TEXT:河崎直人

アルバム『On Tour with Eric Clapton』

1970年発表作品

\n<収録曲>
01. THINGS GET BETTER / シングス・ゲット・ベター
02. POOR ELIJAH - TRIBUTE TO JOHNSON(Medley) / プアー・イライジャ ~ トリビュート・トゥ・ジョンソン(メドレー)
03. ONLY YOU KNOW AND I KNOW / オンリー・ユー・ノウ・アンド・アイ・ノウ
04. I DON'T WANT TO DISCUSS IT / ドント・ウォント・トゥ・ディスカス・イット
05. THAT'S WHAT MY MAN IS FOR / ザッツ・ホワット・マイ・マン・イズ・フォー
06. WHERE THERE'S A WILL, THERE'S A WAY / ゼアーズ・ア・ウィル,ゼアーズ・ア・ウェイ
07. COMING HOME / カミン・ホーム
08. LITTLE RICHARD MEDLEY / リトル・リチャード・メドレー

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