「イランには平等なんてない」怒りがゆえ、投げ捨てられるヒジャブ。

TABILABO

2018/2/2 19:00


女性として、私は“強制”なんてされたくない。だけど、従わなければいけない。もしも反対したら、それなりの対価がともなうから。

自分自身に、家族たちに、迷惑をかけるつもりは全くない。

だから、言う通りにしているだけで、それを正しいと信じる心なんて、どこにもない。

イランでは、女性はヒジャブを着ることが政府によって義務づけられています。他にも化粧をすることが規制されたり、膝丈まである洋服を着なければいけなかったり。

そんな不平等な社会を訴えるべく、フォトグラファーMarinka Masséusとイラン女性たちは、「自由を表現する写真」と「鮮烈なメッセージ」を発信しています。

身に纏うヒジャブによって
意識する「圧迫感」



Marinkaによれば、イランに暮らす女性はヒジャブを“抑圧のシンボル”と、考えているようです。

学校では、みんな、兄弟であり、姉妹であると教えられました。全ての人は平等であると。でも、現実は異なります。どこにも平等という考えはありません。

なんで、男性のために体を隠さなければいけないんですか?何が平等なんですか?私のために洋服を着てくれる男性はいないくせに。

だからこそ、重力を無視するようになびくカラフルな布を、<自由>に見立てて、Marinkaは作品を撮ったそうです。当たり前だと思われていたことを否定する意味も込めて。


今、イランに暮らす女性は、少しずつヒジャブの着方を変えたり、色を増やしたりしながら、ただの押し付けにすぎない“義務”と戦っているようです。

昨年末には、多くの女性たちが集まり、本当の意味での民主主義を求めるデモが行われました。加えて、#WhiteWednesdayというソーシャルムーブメントも起きていて、イランの女性たちは「選択の自由」を求めています。

私の両親は共産主義者で、Shahの圧政と戦い、そして、Khomeiniに裏切られました。だから、私は心の中に燃え盛る炎を持っています。

2009年の「Green Movement」の後には、たくさんの人が希望を捨てました。

だけど、私は違います。

匿名でありながらも、世界にメッセージを届けようとするイラン女性たちの勇気。それをサポートするために、フラッシュの光が外に漏れないようにと細心の注意を払い、カメラを手に取ったMarinkaの行動力。

僕たちができることは、それを少しでも多くの人に伝えることなのかもしれません。

街を眺めるとカラフルです。髪を出してヒジャブを着けている人もいます。

それは変化でもあり、希望でもあります。

5年前は、政府が求めるような黒かブラウンだけでした。でも、今は、街にたくさんの色があるんです。

私はカラフルなヒジャブを身に纏い、違反だけど、戦う意味を込めて自転車に乗っています。私は自分の人生を生きるし、自分のことを隠しません。

現在のイランには希望があります。

Licensed material used with permission by Marinka Masséus

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