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年収250万円以下、“東京六大学”卒の30代雑誌ライター「仕事はないけどギャラの安い記事は書きたくない」

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学歴神話が崩壊し始めたのはいつからだろうか。良い大学を出たにも関わらず、低収入にあえぎ、挙げ句の果てにリストラにあってしまうなど「高学歴プア」という言葉が取り沙汰されるようになった。

だが、それを叫んでいるメディア界隈にこそ、そんなひとが多いようにも感じる。かつてメディアにまつわる仕事に就くためには学歴が重要だった。しかし、いまやネットを介してだれでも情報発信できるようになったと言えよう。副業として簡単な記事を書くWebライターも増えた。そんななかで、プライドが邪魔をして書くこと自体が嫌になり、食えなくなってしまったベテラン雑誌ライターの事例を紹介したい。

◆東京六大学卒、ライターとしての稼ぎは月2万円程度

「ネットの記事を書く? ムリムリ、ギャラやっすいんでしょう」

東京六大学の政治経済学部(通称“パラダイス政経”)を卒業後、中堅出版社に就職。現在、肉体労働のアルバイトをしながら雑誌でライターの仕事をしている下田さん(30代後半・仮名)は筆者のオファーに対してそう答えた。年収は250万円前後だという。

ライターを名乗っているにも関わらず、ぶっちゃけ書く仕事はほとんどない。たまに昔から付き合いのある編集部(編集者)からお願いされた小さなカコミ記事をルーティンでこなす程度で、ライターとしての収入は月2万円にも満たないという。

「ありがたい話かもしれないが、その金額じゃあまりにも失礼じゃないか? オレは以前、海外の広告でコピーを書いて数十万円をもらったこともあるんだよ。だから、自分が納得のいく仕事をして、それに見合った対価をもらう。このポリシーをわかってくれよ」

下田さんは筆者の知人で、ライターとしては先輩にあたる。「仕事で困っている」と聞かされていたので、少しでも彼の足がかりになればと思い数年ぶりに再会したわけだが……このときばかりは怒りに肩をふるわせていた。それは筆者に対してはもちろんだが、ここ数年の業界全体への不満にも思えた。

いまかつての人気雑誌が廃刊するというニュースも珍しくない。その流れで下田さんが携わっていた雑誌もほとんど無くなってしまったのだ。生き残った雑誌も出版不況のなかでギャラの低下が叫ばれている。とはいえ、海外の広告でコピーを書き、それなりの実績をあげたという下田さんのプライド……。

「オレはいまさらネットみたいなちょろい仕事はできないから、ほかのひとに回しなよ」

◆かつては海外の広告も手掛けたが…

10年以上前、終身雇用の時代が終わった。有名な大学に進学してもだれもが将来に不安を抱えていた。それならばいっそ……。当時、大学生の間では「好きなことを仕事に」「やりたいことをやろう」などの合い言葉が流行っていた。とはいえ、大学生で好きなことややりたいことが明確に決まっているひとなんて少数だ。ほとんどのひとにとっては漠然としており、だからこそ、誰もがもがいていたように思える。

そんななか、多くの若者が円高と格安航空券ブームによって海外に旅に出た。海外で“なにか”を見つけるためだ。下田さんもそんなひとりだった。そもそも下田さんが出版社に入りライターとなったのは、当時流行っていた海外旅行本や世界一周の旅行記に感化されたからだ。当時は旅をしながら「人生とは何か」を問うようなテーマがドル箱だったので、多くの出版社から似たような本が出されていた。多くの若者たちがバックパッカーとしてタイやインド、カンボジアなどを目指した。そこで下田さん自身も「だれかにポジティブな影響を与えられる本が作りたい」と気付いたのだ。

「出版社に入社してからは、ニッチな分野の雑誌編集部に配属された。というか当時、なかなかメディアの仕事は狭き門だったから、とりあえず出版社に入れればどこでも良かった。新人だった頃は、ポジ切り(※デジカメが一般的になる以前、撮影した写真のポジフィルムを1枚ずつ切り分ける作業)などの仕事を徹夜ですることも多々あった。先輩からは理不尽な暴力を受けたこともあったけど、好きな海外とかに無理やり絡めてページを作ることもできたからいま思うと楽しかったな」

元バックパッカーで自由を好む下田さんにとって、服装や髪型、出社時間などもゆるい出版社の雰囲気が性に合っていたという。だが、地味なジャンルの仕事だったので「オレはこんなもんじゃない! もっと大きなステージで勝負したい」と思うようになった。

いくつか出版社を渡り歩き、フリーランスとなった下田さん。良いときは編集&ライティングの仕事で1ページ単価2万5000円をもらっていたそうだ。広告代理店からお願いされた海外の広告の仕事では、一度に数十万円も稼いだ実績がある。

順風満帆に思えたが、そんな時代は長く続かなかった。前述の出版不況でギャラがみるみる低下、最初は渋っていたが、ほとんどの雑誌が潰れ、背に腹は代えられなくなった。ムック本の仕事で企画まるごと(6~7ページ)請け負ってもグロス料金で2万円……。ページ単価に置き換えれば3000円程度となる。そのプライドは深く傷つけられたことだろう。下田さんは知人のツテをたよって、肉体労働のアルバイトをするようになった。

「磨いたスキルを安売りするくらいなら、まったく関係のない肉体労働でもやっていたほうが稼げるし、自分自身も納得できた」

◆プライドが邪魔をして「もう書きたくない」

出版社が苦戦するなか、ネットメディアの時代が到来した。アフィリエイトなどネットならではのメリットを見出した企業や個人が媒体や記事を量産したことによって、パクリや信憑性の低い記事が目立つようになった。

ライター経験のないひとたちが数百円程度の単価で書いていたことも明るみとなり、大問題となったことも下田さんを「書く仕事」から遠ざける一因となっていた。

「あんなんだれでも書けるから、オレは書かない」

筆者自身も「ギャラは1本2000円ですが、月50本以上書けば3000円にアップします」という案件を打診されたことがある。企業が自らネット媒体(オウンドメディア)を構えて情報を発信するようになった。雑誌に広告を出稿する必然性が少なくなり、出版社を支えていた広告収入は激減したわけだが、そのぶん予算がネットに流れているともいえる。

なかには1本数万円から数十万円のギャラで仕事をしたこともあるので、雑誌にこだわらなければ、この先も「書く仕事」で食べていける可能性はじゅうぶんにあるだろう。

とはいえ、ネットでの仕事だけに、その界隈につながりがなく、SNSを含むネット上になんの情報も出てこないひとや、著書などのポートフォリオの代わりになるものがないひとにいきなり大きな仕事が舞い込むわけがない。

実際のところ、下田さんは雑誌の仕事ですら「バイトが忙しいから取材して書く時間がない」「小さな仕事では書きたくない」「得意分野しかやりたくない」という。高学歴で海外の広告まで手掛けたというプライドが邪魔をした挙げ句、もはやライターの仕事ではまったく稼げなくなってしまった下田さん。ついに昨年、バイトリーダーから正社員になることが決まったそうだ。

「メディアの仕事に未練はない。まあ、オレのことは好きに書いてくれよ。どうせネット記事は見ないから。もしもキミが将来困ったら、うちで働けばいいよ」

筆者と下田さん、10年後の未来はどうなっているのだろうか。<取材・文/藤山六輝>


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