広瀬すず&坂元裕二「anone」3話。視聴率下落が止まらない、だがドラマからは目が離せない、観て!

エキレビ!

2018/1/31 09:45

広瀬すず主演、坂元裕二脚本のドラマ『anone』。過酷な現実の隅っこで繰り広げられる、行き場を失った大人たちの寓話じみた物語だ。キャッチコピーは「私を守ってくれたのは、ニセモノだけだった。」。

視聴率は下落し続けており、先週放送された第3話は6.6%。演者のわずかな表情、ノイズ混じりの吐息、インサートされるカットなどが意味を持つ坂元裕二のドラマは、今の地上波には向いていないのかもしれない。ネットでの有料配信のほうが、しっかり見てもらえるんじゃないだろうか。


偽札をつくる瑛太、子どもをつくれない阿部サダヲ
ドラマの冒頭、ここまでほとんど登場しなかった中世古(瑛太)の生活が映し出される。もともと亜乃音(田中裕子)の夫が経営する印刷所で働いていた彼は、弁当屋でバイトしながら熱心に偽札の技術を研究していた。中世古の部屋は、まるで映画『太陽を盗んだ男』で原爆を完成させた主人公の理科教師(沢田研二)の部屋のように見える。中世古の目的も『太陽を盗んだ男』の主人公と同じく、利益ではなく、世の中の価値をひっくり返すことなのかもしれない。

ハリカ(広瀬すず)をさらった持本(阿部サダヲ)と青羽(小林聡美)だが、帰ってきたカレー屋には改造拳銃を持った西海(川瀬陽太)がいた。行き場のない人々が集う閉ざされたカレー屋はひたすら息苦しい。

無精子症(直接表現されていないが、そういうことだろう)が原因で婚約者に捨てられた持本は、何も生み出すことができない男だ。彼はかつて働いていた建設会社で、同じ場所を掘り返すという発展性のない工事を疑問なく続けていた。彼が工事現場から仰ぎ見るのは、誰の目からもわかる立派な成果物である東京スカイツリーだ。スカイツリーはそそり立つ男根のようにも見える。採精室の描写は『隣の家族は青く見える』(レビュー)と被っていた。男性の不妊検査は現代の問題意識の一つということなんだろう。

持本は建設会社を辞め、父親のカレー屋を引き継いだ。そこにやってきたのが幼馴染の西海(川瀬陽太)だった。彼は自分が勤める会社のチェーンになるよう持本に勧める。

「儲けたいってわけじゃないんだけどさ。俺ね、なんていうか、自分の手で何かを作りたいんだよね。」
「ああ、わかるわかる」
「笑うかもしれないけど、俺がこの世に生まれてきた証っていうかさ」
「まさにうってつけだよ。印鑑、こことここ」
「何かを残したいんだよね」

持本は気持ちの優しい善人だ。だが、同時に浅はかな愚か者でもある。言うこともやることも薄っぺらい。童話に出てくるような、澄んだ瞳を持つ愚か者。しかし、彼のような愚か者が、奪われ、足蹴にされ、居場所をなくすのが現代という時代なのかもしれない。

西海もヤキが回った男だった。「終電で帰れる幸せ」が蔓延する会社に長時間労働と膨大なノルマ(おそらく)で殺されかけた男。自分で作った改造拳銃で上司を撃って逃げてきて、持本のカレー屋に隠れていた。改造拳銃もまたニセモノだ。彼はニセモノで自分の心を救おうとしていた。

子ども向け番組を愛し、迷子のフェレットを飼い主に返しに行く西海。暴力の匂いを漂わせているくせに、彼はひたすら小心だ。じゃれあう高校生とすれ違うだけで、怯えて拳銃を向けてしまう(しかも、相手には気づかれない)。そもそも彼は会社にNOと言えなかった。「嫌ですは嫌ですです。嫌ですに説明は必要ありません」と言う青羽に、本質的に太刀打ちできないのが西海という人間だ。

おそるべき田中裕子の演技力を見よ
第3話のハイライトは2つ(亜乃音の家にあったタバコもハイライトだった)。

まず、ハリカが西海たちにとらわれていることを知り、同時に家を荒らしたのがハリカでないことがわかった瞬間の亜乃音の表情。田中裕子が見せる、安堵と心配が同時にわきあがってくる無言の表情がすごい。

そして、ハリカのために1000万円という大金を投げ打った亜乃音は、履きものが脱げるのもかまわずハリカに駆け寄って抱きしめる。そのときに発せられる田中裕子の言葉にならないため息がすごい。人の凍てつく心を溶かすような音。テレビで観ていた人は、一度ヘッドフォンで聴いてみるといい。

「なんで? お金渡しちゃったの」
「なんでって」
「玲ちゃんじゃなかったんだよ。私だったんだよ。知らなかったの?」

ここで見せる言葉にならない泣き笑いの表情がまたすごい。ああ、『anone』は亜乃音のドラマなんだな、と思う。そりゃそうだ。タイトルロールなんだもの。亜乃音とハリカはニセモノの親子関係だけど、ここにはたしかなつながりがある。それを裏付けるのが田中裕子の演技力だ。

余談だが、沢田研二は50曲を歌いきるデビュー50周年コンサートツアーを先週終えたばかりだ(筆者も行ってきた)。田中裕子と沢田研二の夫婦ってすさまじい表現者同士の夫婦なんだなとあらためて感じる。

「煙」のような人たち
青羽と亜乃音が一緒にタバコをふかすシーンでは、光の中の煙が印象的だ。外では巨大な煙突から、もくもくと白い煙が立ち上っている。青羽の計略でまんまと偽札をつかまされ、自分の愚かさに絶望した西海は拳銃を自分の頭につきつける。それを諌める持本。

「もう、生きてる意味がわからないんだよ」
「そんな、意味なんて誰にもわからないよ」
「自分が、いてもいなくてもどっちでもいい人間だって」
「なに言ってんのさ、45にもなって」
「45になっても思うんだ! ハタチの倍思うよ!」

泣き叫ぶ西海と持本の背後には、やはり煙突からたなびく煙が映り続ける。

「自分なんか、消えてしまえばいいって、しょっちゅう思うんだ」

煙とは、いてもいなくてもいい人たちの象徴だ。坂元裕二脚本のドラマ『カルテット』の最終回では、カルテットドーナッツホール宛に届いた手紙の中に「煙」という言葉が使われていた。

「みなさんの音楽は煙突から出た煙のようなものです。価値もない。意味もない。必要ない。記憶にも残らない。私は不思議に思いました。この人たち、煙のくせに、何のためにやっているんだろう。早くやめてしまえばいいのに」

仕事も家族も夢もないと言う西海を持本はなだめ続ける。

「死んでもいいってのは、生まれてきて良かったーって思えたってことだよ。生まれてきて良かったって思ったことないうちは、まだ死んでもいいってときじゃない。生きよ。生きようよ。生きるってことは素晴らしいよ」

自分が末期がんだと打ち明け、この世に何も残せない人間だとわかっているが、それでも生きることを諦められないと語る持本。涙を浮かべた彼の目は澄んでいる。彼は自分の言葉を本心から言っている。だけど、致命的に薄っぺらい。西海の絶望もまるで理解していない。

第三者から見れば価値も意味も必要もない、いてもいなくてもいい人だって、誰かにとっては価値も意味も必要もあるという場合がある。それだけで人は生きていける。しかし、持本の言葉はやみくもに「生きよう」と言っているだけで、西海の価値も意味も必要も認めていない。だから届かないのだ。

「生きるっていいなー!」と大声で言う持本への西海の返事は、拳銃の台座での一撃! 愚か者の言葉は、西海の絶望を救えなかった。拳銃自殺する西海。彼が選んだ死に場所は、子どもの頃の思い出の場所だった。

それにしても「夢どころか思い出もない」と語る持本って何なんだろう。ハリカが過酷な現実の中で正気を保つことができたのは、ニセモノの美しい思い出があったからだ。しかし、持本にはそれさえもない。彼こそが「忘れっぽい天使」(ハリカのスケボーに描かれたパウル・クレーの絵)なのだろうか。谷川俊太郎がこの絵につけた詩には、こんな一節がある。

「ああ そうだったのか と
すべてがふにおちて
しんでゆくことができるだろうか」

『anone』は、生きることを諦められないと語っていた持本が納得して死ぬまでのドラマなのかもしれない。第4話は今夜10時から。青羽の過去が明らかになる。
(大山くまお)

Huluにて配信中

あなたにおすすめ