岩井志麻子 40代からの、本当に「痛い女」について考える

OTONA SALONE

2018/1/30 21:00



私は心が黒い女だが、「あの女って痛い」と思ったことはない。

世間では、若作りする女や熟年になって恋する女、自己評価が高過ぎる女、等々を痛いと称するらしいが、私にとってそういう女達は、若作りしている女、熟年で恋する女、自己評価が高い女、その呼び方と捉え方しかない。

それぞれ別物で、一括して痛い女とはならない。

評価、ジャッジは人によって違う


まぁ、多くの人が痛いと感じる痛さもあるだろうが、わりと人によって評価、ジャッジは違う。

若作りは可愛い、熟年で恋する人に憧れる、自己評価が高い女は自尊心が高くてカッコイイともいえる。

少なくとも私から見れば、この女達はまったく痛くない。

逆に良妻賢母に対し、自分を犠牲にしている痛い女だと思いたがる人もいれば、キラキラゴージャス生活を満喫する芸能人に、無理ばかりして痛いといいたがる人もいる。

私だって、「激痛の女」


そんなこといったらこの私だって、五十半ばになって着ぐるみでバラエティ番組に出たり、ヒモの夫とのアレな暮らしぶりも、掃除してないキッチンも全国ネットでさらしてんだから、激痛の女だろうよ。

でも私自身は、とても楽しんでやっている。

そうよ、他人に痛いといわれても、本人達は幸せな場合が多々ある。

考えてみれば多くの女は、痛い女になりたくないんじゃなくて、痛い女と人にいわれたくないのね。

それは不自由な生き方だわ、と先日もすっぴんと水着姿を全国ネットで披露したおばさんはため息をつく。

本当に「痛い」は若作りとかじゃなく


いや、別に私は自由な人生を謳歌しているといいたいんじゃない。

人に痛いといわれるのを恐れたら、とことん無難で人目を気にしまくる生き方をするしかないですよ、と耳打ちしたいだけ。

好き勝手、傍若無人に生きろともいってない。

痛いといわれたくない、ってのが真っ先に来るようになったら、それこそ痛い女だってこと。

明らかな犯罪や反社会的行為は、これは痛いんじゃなくて悪いことだからダメだけど。

「みんなに憧れられたい」こそ、本当に痛いわ


自分がやりたい、やってて楽しいことは、自分にとっては痛くないの。気持ちいいの。

そもそも他人の心なんて、思い通りにはならないもの。

文句なんか、つけようと思えばなんだってつけられるし。

悪口だって、いおうとすれば何だっていえる。

すべての人に好意を持たれたい、みんなに憧れられたい、そんなこと本気で望んでたら、あなた本当に痛いわ。

好きなことして楽しんでいるあなたは、ちっとも痛くないっ。

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