誰にでもある、かつてのダメだった自分と愛おしい日々

BOOKSTAND

2018/1/29 17:00

 私の笑顔は虫の裏側に似ている。という一文から始まるこの本『死にたい夜にかぎって』は、著者の爪切男さんのかつての恋愛について書かれたデビュー作になる。読み終わった時には帯文を銀杏BOYZの峯田さんが書いていることの意味がよくわかった。僕の脳裏には銀杏BOYZの『東京』と、クリープハイプの『愛の標識』が本を読んでる間、ずっと交互に鳴り響いていた。

中学の同級生で可愛くて、家柄もよく誰からも好かれている完璧な美少女に言われた、「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい」という核爆発級の一言。そんな、思春期のニキビ面の少年を殺せる圧倒的な破壊力を持つ言葉を浴びさせられても主人公は耐える、いや耐えるしかなかった。無視されるよりは虫でいいのだと自分に言い聞かせる。そんな思春期の痛くてきつい出来事も、大人になって、様々な花から花へとセックスという甘い蜜を求めて飛び回るようになったら、甘やかで大切な思い出にすらなってしまう。男ってほんとバカだ。でも、バカでも許してほしい。ずっとバカです、すみません。

2011年、あの震災以降に6年間付き合っていた、AV女優だった神谷沙織に似ていた彼女のアスカと別れることになった著者は、思春期から彼が関わってきた女性たちのことを回顧しながら、同棲を解消して出ていく愛おしい女性との思い出を綴る。

恋愛経験もなく、キスもしたことがない主人公はいきなり飛び級をして出会い系で出会った女性と初体験をすることになる。しかし、やってきたその女性はあるプロレスラーにそっくりな車椅子の女性だったという童貞を襲う超A級の無理難題。

高校時代には中学時代に初恋の相手だった少女が、自分の駐めていた自転車の鍵を壊して盗もうとしていた。彼は知らないフリをして自分の自転車を窃盗した彼女と二人乗りをして絵に描いたような思春期のシーンを味わうが、最後には、笑えなくて切なくなってしまう展開が待っている。著者の爪切男さんが出会ってきた女性との思い出の数々は不意に笑ってしまうが、無性に心に突き刺さるものがあって、読み手の心をかき乱していく。

読者はその突き刺さった先に自分のダメすぎたかつての恋愛だったり、好きな人とのエピソードや完全に忘れてしまったはずの黒歴史の扉を開くことになる。ダメだった自分と好きだった女の子たち、これは女性の読者でも同じことだろう。好きだった男の子に間違えまくったアプローチや失敗談を、顔から火が出るような気持ちで思い出すことになる。しかし、それは今もなんとか生きてる僕たちにとっては、救いようがなくて愛しかった日々だ。大事な人がいなくなっても日々は続くし、生きていくのがこの日常だということをこの本は教えてくれる。

爪切男さんは本書の中で様々な女性との出来事を書いているが、彼の家庭環境が大きく影響しているのがよくわかる。借金で大変だった実家には祖母と父と自分しかいなく、母は兄を連れて出て行った。体育会系の父には鉄拳制裁で育てられ、母への思いが女性に求めるものの基盤になっているために、彼は女性に翻弄される運命を歩むことになる。彼はそれらをこうやって文章にすることで相対化して、すべてを受け止めているみたいだ。

著者はどんなにひどいことがやってきても、虫の裏側に似ている笑顔で「まあいいか」と笑っている。その大らかさは絶望ばっかりなこんな日々において、生き抜いていく圧倒的な武器になると思う。

あなたにとって、アスカだった人のことを思い出すことになる一冊。死にたくなる夜にかぎって、夜空には煌びやかな星々が見える。とてもやさしくて残酷、それでも、まあ、なんとか僕らはやっていくしかない。

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