車内恋愛#02「10歳下の“恋愛対象外”男子は、クルマも思いも規格外?」前編


▲車を舞台にした、素朴で小さなラブストーリーをお届けします
▲車を舞台にした、素朴で小さなラブストーリーをお届けします 晩秋のある日、あの子のどデカい車の中で

会社の後輩・飛田くんとドライブデートすることになるなんて……。
昨夜の飲みの場で、お節介な上司に半ば強引にお膳立てされなければ、実現するはずもなかった。
私、太田聖子は1982年生まれの35歳。
父親が熱烈な松田聖子ファンだったという、なんとも安直な理由でこの名前がつけられた。そして、現在バツイチである。あやかった聖子ちゃんはバツ2だけれど……。
私の結婚期間中に、同僚は続々と嫁に行った、見事に。出戻った私は、社内で唯一の独身女性というわけだ。
アウトドア用品の専門商社であるウチの会社は、社長が裸一貫から起こした。
初の新卒者として採用され、以後勤続13年。
社長にしてみれば、私の先行き不透明な人生を親心から心配してくれているのだろう。
セクハラすれすれの親切心から、「太田も離婚から3年だろ? そろそろ男作んなきゃ~。飛田なんてどう? まっすぐでいい男だよ~。よく見りゃ顔もイケメンだし。ま、バカだけど。ガハハハハハ……」と絡んできたのだ。

illustration/cro

あまり有り難くないお節介はいつものこととはいえ、公衆の場で恥の上塗りをされ、よりによって飛田の名前を出すなんて間が悪すぎる……。
さっきから、子犬のような潤んだ瞳でこちらをチラチラ見ている飛田を視界の端に捉え、必死で気づかないフリをしていたのに。
酔った社長が立ち上がって飛田をこちらに引っ張りながら、「おーい、こいつ車買ったらしいぞ~!」と大声で叫んでいる。
「めんどくさ……」と心の声が思わず漏れたが、自分を慕ってくれる異性の存在は、おばさんの失いかけた自尊心をくすぐってくれるのも事実だ。
いつもならスルーするところだが、「車」という言葉も妙にひっかかった。もちろん明日の予定などあるはずもない。
3枚カードが揃ったところで、半ばどうにでもなれという気持ちで彼とのデートを承諾した。完全に酔っていたから。



そんなわけで、今日がきてしまった訳だが……え、ちょ、ちょっと待ってよ。この後ろの荷台、うちのキッチンより絶対に大きいでしょ! いったい何載せる気!?
今朝、「あと5分で着きます!」というスタンプが賑やかに画面を埋め尽くすLINEを見たときうっすら覚えた後悔と残った酒の酔いは一瞬で吹き突び、あまりにも衝撃的な車に度肝を抜かれた。
飛田くんなら、きっと大きな車に乗っているんだろうな、と想像はしていたけれど、これはちょっと予想をはるかに超えるインパクトだ。
巨大な車の助手席の窓がびよーんと下がって、飛田くんが顔をのぞかせる。

illustration/cro

飛田大地くんは会社の後輩で、まだ25歳。
名は体をあらわすというが、ご両親はよくぞこの名前をお付けになったと思わず感心するほど、飛田くんは大きくてどっしりしている。
身長約190cm。学生時代アメフトだかラグビーだかをやっていたとかで、筋骨隆々でがっしりしている。
額面どおり、若くてピチピチ(死語)であり、典型的な体育会系で礼儀正しい。
頭がキレるとは言い難いが、素直で根性もある。
だけど……恋愛対象ではない。
だって、若すぎる。この前、安室ちゃんの引退がいかにショックかって話をしていたら、「俺の弟、安室奈美恵の息子と同い年で」と言われ、めまいがしたものだ。
こんなおばさんのどこを気に入ってくれたのか、飛田くんは少し前から私を異性として意識しているようだった。
おばさんの自意識過剰? もちろん私も最初はそう思っていましたとも。
しかし、どう控えめに見積もっても、彼のアプローチは先輩に対するコミュニケーションの域を超えていた。あの目は恋する目。おばさんの経験則なめんなよ!
そのうち社内でうわさを耳にするようになり、社長のお節介ぶりで決定的なものとなった。
正直私は、妙齢をとうに過ぎ、もう一度結婚するには余計な回り道をしている余裕などない。そっちは若いからいくらでもやり直しがきくだろうが、こっちは次が最後の恋というつもりでいつだって真剣勝負なのだ。
責任も取れぬ若人の一時の気の迷いに付き合うほど、暇じゃない。
「おはようございます! 乗ってください!」
腹から出る飛田くんの声は明瞭だが、低くて太くて男らしい。
飛田くんは恋愛対象外だが、彼の声だけは別だ。むしろ、ちょっと好きなくらい……。精悍な飛田くんの見た目の印象とは違って、とても落ち着いている。その声で、想定外の登場に少々波立った気持ちが平常心を取り戻していく。
私服は初めて見たが、期待を裏切らぬチョイスだ。スポーツブランドのロゴがデカデカと書かれたパーカーは多分XXLサイズくらいなのだろうが、胸のあたりは少々窮屈そうに見えた。
大きな車は似合うけれど、それにしても特大を選んだものだ。
ドアを開けてステップに足をかける。ヨイショ。……いけない、つい、おばさんぽい独り言が。
乗り込んでみると、その見た目のスケールからは意外なほど車内はコンパクトで、ひとつひとつの装備が整然と配置されている。
いかにも若いエネルギーに満ち満ちている見た目ゆえ、乗っているのを人に見られたら『若作りして』と思われそうで少々心配だったのだが、車内はおばさんも気後れしない、良い意味で「フツー」だ。
シックな色合いとマットな質感の車内はミニマルで、助手席のカップホルダーに置かれたサードウェーブど真ん中のお洒落コーヒーがなじんでいた。
彼は車および本人のイメージどおりコーラをがぶ飲みしていたので、コーヒー中毒の私のためにわざわざ買ってくれたらしい。仕事中も浴びるようにコーヒーを飲み、近所の喫茶店からポット発注していることを知っての気遣いだろう。
自分のことを見てくれている他人がいるという事実に、じんわりしてしまう。
「ところで、どこに行くの?」と聞くと飛田くんは、「紅葉を見に行きませんか?」と、すでにナビの行き先はセットしてある様子で答える。
「秋川渓谷へ」と言われて、出た~、と心の中の意地悪な自分がぼやく。
紅葉ドライブの超定番。私だって行きましたとも、前の夫と。いや、学生時代の彼氏だっけ?
……忘れたけど。
どうせ『紅葉キレイだね』とか言いながらいい雰囲気になって、足湯でキャッキャして、ほろ酔いからの勢いで宿泊、みたいな浅知恵を東京Walkerあたりから仕込んだか。
あるいは自分の過去の成功パターンの踏襲か? などと邪推してしまうひねくれた自分が、我ながら情けない。
薄く開けた窓からひんやりした空気が流れ込み、肌をなでる。
見上げた空は高く澄んでいて雲ひとつない。街路樹は黄色く色づき、大きな葉が風に舞っている。
気がつけばすっかり秋も深まっていた。
こんなふうに季節の移り変わりをちゃんと感じたことなど、離婚してからのこの3年で一度でもあっただろうか。
飛田くんの車に乗らなければ、こんなに美しい秋の気配に気づくこともなかった。
ありきたりな提案であったとしても、この規格外に大きな車の眼下に広がる景色は壮麗で、今までとは違って見えるかもしれない……と、ふと思った。

illustration/cro

(後編につづく。2018年1月30日11時頃、公開予定!)
text/武田尚子
illustration/cro(@cro_______cro)twitter:@cro_______croinstagram:cro_______cro

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