ブリティッシュロックの最高峰として今も君臨する『レッド・ツェッペリン II』

OKMusic

2018/1/26 18:00

1969年にリリースされ、ブリティッシュロック界の至宝とされるのがレッド・ツェッペリンのデビュー作『レッド・ツェッペリン I』と2ndアルバムの『レッド・ツェッペリンII』である。どちらも極めて優れたアルバムで、1年の間に2枚の秀作をリリースするという彼らの才能には驚愕するばかりだが、特に2作目の『レッド・ツェッペリン II』は、デビュー作の成功で長期のツアー生活を余儀なくされた中で制作されたにもかかわらず、ライヴの熱狂が乗り移ったかのような圧倒的なグルーブ感と、後のハードロックやヘヴィメタルのプロトタイプがぎっしり詰まった稀有な名盤である。

■2007年のアメリカ音楽で

今から10年ほど前、ツェッペリンのリードヴォーカリストのロバート・プラントは、アメリカブルーグラス界のスーパースターであるアリソン・クラウスと組んだデュエットアルバム『Raising Sand』(‘07)でグラミー賞を獲得している。プラントは年齢のためか、ツェッペリン時代のハリのある高音ではなく、低音の語るような歌い方になってはいたが、とても味わい深いシンガーに変貌していたのが印象的であった。

同じ年、ツェッペリンのベーシストであったジョン・ポール・ジョーンズもアメリカでアンクル・アールという女性トラッドグループのアルバム『Waterloo, Tennessee』のプロデュースを務め、自らベース、マンドリン、マンドラを演奏しているのだが、こちらも燻銀のような渋いプレイをしている。

レッド・ツェッペリンというグループはハードロックやヘヴィメタルの基礎を作った始祖として知られるが、実は彼らのすごさは前述した内容でも分かるように、多くのルーツミュージックに支えられ、自分たちの音楽を創り上げたと言っても過言ではない。ジミー・ペイジ(Gu)にしてもジョン・ボーナム(Dr)にしても、ブリティッシュトラッドや民族音楽の影響を相当受けており、それゆえにあれだけスケールの大きな音楽が創造できたのである。

■ニュー・ヤードバーズから レッド・ツェッペリンへ

レッド・ツェッペリンが結成された時、最初のうちはジミー・ペイジが在籍しているという理由で注目されていたのだが、それは彼がヤードバーズのメンバー時代にエリック・クラプトンやジェフ・ベックを凌ぐギタリストとしての力量が知られていたからだ。しかし、ペイジはヤードバーズ時代にはすでにギタリストとしてだけでなく、プロデューサーとしての手腕も相当な実力だったのだ。

ペイジはヤードバーズに加入する前から、多くのセッションやプロデュースを手掛けており、彼の思い描く音楽をヤードバーズで具現化すべくメンバーになったと言ってもよいかもしれない。ただ、ヤードバーズに参加した当初はベース奏者としてプレイしていた。ギターに転向(ジェフ・ベックとツインリードの時期もある)してからは、すでにグループは分裂しかけていた。仮に分裂しそうでなくともペイジのやろうとしている音楽のレベルに技術的に達しているメンバーはジェフ・ベック以外におらず、そのベックをはじめ、ヴォーカルのキース・レルフも、ドラムのジム・マッカーティすら脱退してしまった。

結局、残ったペイジが新たなメンバーをスカウトすることになる。そのメンバーが、プラント、ポール・ジョーンズ、ボーナム(要するにツェッペリン)で、契約上の問題から当初はニュー・ヤードバーズというグループ名で活動を開始する。これが1968年、そしてすぐレッド・ツェッペリンに改名し、たった30時間強で録音したデビューアルバム『レッド・ツェッペリン I』をリリース、全米・全英とも10位以内に入る大ヒットを記録する。

僕が最初にこのデビューアルバムを聴いたのは中1の時だが、1曲目の「Good Times Bad Times」にぶっ飛んだ記憶がある。今55歳以上の洋楽好きは、おそらく全員そう思ったはずだ。ギターのリフ、ヴォーカル、ドラム、ベースライン、その全てがこれまでのロックとは大きく違っていたのである。この曲はハードロックという言葉が市民権を得た最初期のナンバーである。

■デビューアルバムの成功と過酷なツアー

デビューアルバム発売直前、アメリカツアーが敢行されることになり、大成功を収める。その結果、アルバムは爆発的に売れ、グループは多忙な日々(1年間にイギリスツアー4回、アメリカツアー4回!)を送ることになるのだが、レコード会社の要請もあって、2ndアルバムのレコーディングもスタートさせる。録音はツアーの合間をぬって行なわれたため、多くのレコーディングスタジオが使われることになった。

■本作『レッド・ツェッペリン II』 について

そして、デビュー作から10カ月後にリリースされたのが本作『レッド・ツェッペリン II』である。アルバムはデビュー作と同じくジミー・ペイジのプロデュースで、デビュー作よりもパワフルで重いサウンドが特徴となっている。

アルバムの1曲目を飾る「胸いっぱいの愛を(原題:Whole Lotta Love)」はハードロックやヘヴィメタルのアンセムとして知られるが、ギターの多重録音、テープループなどを駆使したというだけでなく、プラントのヘヴィメタル然としたヴォーカルスタイル、ペイジのパワーコードを用いたギターリフとシャープで硬質のリードギター、ひたすら重いボーナムのドラムとポール・ジョーンズのうねるベース、そのどれもがまったく新しいサウンドで、前作の「Good Times Bad Times」をはるかに凌駕する名曲となった。数多くあるロッククラシックの中でも上位にランクされるほど革命的なナンバーだ。

この曲と同傾向の「Heartbreaker」「Living Loving Maid(She’s Just A Woman)」「The Lemon Song」も文句なしの出来で、今聴く(歳取ってからという意味です…)と、ポール・ジョーンズの巧みなベースプレイとボーナムのドラミングの絡みがカッコ良く、鳥肌が立つぐらい素晴らしい。そして、ドラムと言えば「Moby Dick」のボーナムだ。この曲のドラムソロのおかげで、多くのグループがライヴ時にドラムソロを取り入れることが増えた。

他には、トラッドっぽいものやフォークっぽいナンバーも収められている。当時、トラッド志向の曲はペイジの趣味だと思っていたが、前述したようにプラントもポール・ジョーンズもトラッド好きであり、ボーナムでさえフェアポート・コンヴェンションやペンタングルのファンだと何かのインタビューで言ってたから、メンバーの方向性はまとまっていたことが今は理解できる。それが形になったのが3rdアルバムの『レッド・ツェッペリン III』(‘70)の後半で、この時代はシンガーソングライター全盛なので、3作目でペイジもその辺りを狙ったのだろうと僕は推察する。

結局、本作は全英・全米チャートで共に1位となり、70年の音楽誌の人気投票でもビートルズを抜いて首位に躍り出る。僕の周囲でも本作がリリースされてからは、レッド・ツェッペリンは中学生や高校生には圧倒的な人気があった。先駆者というのはひと味もふた味も違うのだ。僕はアルバムの完成度から言えば、『レッド・ツェッペリン IV』(‘71)のほうが高いと思うが、71年頃になるとディープ・パープルやブラック・サバスをはじめ、ハードロックを演奏するグループが激増しただけに、当初の“鳥肌が立つような”新鮮さが失われつつあったのだ。なので、ハードロック黎明期における最高のアルバムと言えば、やっぱり本作『レッド・ツェッペリン II』になるだろう。

まだ本作を聴いていないのであれば、この機会にぜひ聴いてみてください。きっと、何か新しい発見があると思うよ♪

TEXT:河崎直人

アルバム『Led Zeppelin II』

1969年発表作品

\n<収録曲>
1. Whole Lotta Love(邦題:胸いっぱいの愛を)
2. What Is And What Should Never Be(邦題:強き二人の愛)
3. The Lemon Song
4. Thank You
5. Heartbreaker
6. Livin’ Lovin’ Maid (She’s Just A Woman)
7. Ramble On
8. Moby Dick
9. Bring It On Home

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