営業成績が伸びない新入社員を無理やり坊主頭に! 退職届を出しても辞めさせてくれない! ブラック企業の常識は非常識

リテラ

2018/1/26 15:00


 社長にはいろんなタイプの人がいる。これはごく当たり前のことで、社長という部分を何に置き換えても構わない。ところが、ブラック企業の社長となると、この当たり前のことが通用しなくなる。

ブラック企業相手の紛争に取り組んでいて感じることだが、ブラック企業の社長(店長等の事業所の責任者である場合もある)は、実はそれほどいろんなタイプがいない。この連載の第4回でも紹介されたが、ブラック企業の社長のタイプは、生粋のブラックタイプ、万能ワンマンタイプ、無知タイプの3つしかいないと言っても過言ではない。

ブラック企業の事案に遭遇するたびに、どこかで聞いたことがあるような社長の言葉があり、どこかで見たことがあるような会社側の労働者への仕打ちがある。他の弁護士の担当事件でも、聞いたことがあるような話で、同じ会社?と思うことがよくあるほどである。

ブラック企業の世界では、法的には当たり前のことが通用しなくなる。あなたの会社では、当たり前のことがきちんと通用しているだろうか。

ブラック企業には関わらないのが一番。とはいえ、現実の世界はそう簡単ではない。ブラック企業と知って好き好んで入社するわけではなく、入社してみたらブラック企業だったというのが現実であり、一度入社すると様々な理由から辞めにくいというのもまた現実である。

現実は悩ましいものであるが、とはいえ、この連載を通して、「ブラック企業相手でも対策はある!」ということを、ぜひ知っておいてほしい。

まずは、無知タイプの事例を一つ。

Aさんは、掃除機メーカーの販売営業マン。大学の新卒で入社し、まだ1年目の若手だった。勤務先は支店長をトップとして上下関係に厳しく、Aさんは支店長代理から「お前は一番下っ端なんだから、先輩より遅く出社しているのはおかしいだろ」と指示されて、朝一番に出社するようにしていた。早朝の出社から夜11時頃まで外部営業や会社での作業をした後、帰宅後にも、資料や日報等の作成を行う日々だった。もちろん、残業代はないが、誰も文句は言わない。あれ? 労働者の労働時間って、雇用契約や労働基準法(32条等)で制限されているはずだが......。ただし、新卒のAさんは、「そんなものか」と思うだけで、それほど疑問には思っていなかった。

新人ががんばってもすぐに売上が伸びるわけもなく、Aさんは、売上を伸ばすためと必然的に長時間労働に。ところが、支店長代理は、残業中のAさんを見かけると飲みに行こうと誘う日々。酒好きならいざ知らず、実はAさん、体質的に酒が飲めない。そこで、誘いを断ろうとすると、支店長代理は「先輩からの誘いに付き合うのは社会の常識」と言って無理やり連れだす始末。Aさんは一緒に飲むわけでもなく、他の人と盛り上がる支店長代理を自動車で送迎する役割だった。これは、ハラスメントの香りが......。

ある日、極めつけの出来事が起こる。Aさんがいつものとおり社内で作業をしていたところ、上司から驚くべき通告を受ける。社内の役職者会議で「Aさんを坊主頭にすることが決まった」というのだ。坊主頭にする業務命令だという。え? そんな業務命令は、普通に考えたらダメだってわかるでしょ? だが、普通じゃないのがブラック企業。

驚いたAさんは支店長代理に本当なのか聞いたところ、「坊主頭にでもしないとお前は変わらない」との答え。しかも、支店長代理は「どうせ坊主にするんだから俺が切ってやる」と言って、Aさんの髪を、その場にあった事務用ハサミでジャキジャキと適当に切りはじめたのだった。Aさんは茫然自失。しかも、その翌日、散髪に行く暇もなく出社したAさんに対し、支店長代理は、なぜきちんと坊主頭にしてこないんだ!と叱責する始末。......ハラスメント、ココに極まれり。

Aさんは、ついに会社を辞める決意をして、労働審判を申し立てることに。労働審判のなかで支店長代理は、Aさんの髪を切ったことは認めつつ、Aさんから頼まれて切ったんだという主張をしてきたものの、そんな主張が通るはずもなく、事件としては無事に解決した。

一般的に、裁判沙汰(労働審判も含む)になった際に一番重要となるのは、「証拠」があるかないかという点だ。証拠がないという理由だけでブラック企業を栄えさせる結果にしてはいけない!というのが、我々ブラ弁の最大の使命だ。

テレビドラマであれば、弁護士がどこからか華麗に証拠を入手したり、謎の協力者が内部情報をもたらしてくれたりすることもあるだろうが、現実は、泥臭くはいつくばって、依頼者と一緒になって証拠を探すしかない。Aさんがいた会社は、離職者が多く、他の離職者が事実の証明に協力してくれたことも、解決に大いに役立った。労働者同士の横のつながりというのは、裁判沙汰になったときにも、とても心強いものである。

もう一つ、生粋のブラックタイプの事例を紹介する。

Bさんは、人材派遣業を行う会社の正社員だった。当然のように、残業代については多額の未払いが発生していたが、在職中はBさんもあまり気にしていなかった。Bさんは担当業務があまりに多忙を極めたほか、雇用時の労働条件と実際の労働条件が大きく異なってきたことから退職を決意した。

ところが、問題はここからだった。

Bさんは退職届を社長に提出したが、社長の対応は、退職を認めないというものだった。え? ここで、働き続けないといけないの? Bさんは戸惑い、やむを得ず、弁護士に相談することにした。その後も、会社はBさんの退職を認めず、Bさんが出社しなくなってからも、社会保険を存続させ、離職票を作成しないという行動に及んだ。

Bさんは離職票と退職時証明書(労基法22条1項)を交付するよう求めたが、社長は様々な理由をつけてこれを拒否していた。Bさんは、離職票が交付されなかったことで、転職予定先の内定を取り消されるという事態にも陥ってしまった(なお、この内定取消にも法的には問題がある)。

労働者には職業選択の自由(憲法22条1項)があり、退職も原則として自由である。ただし、一定の手続的な制約はある。例えば、期間の定めのない労働契約(いわゆる正社員)の場合、原則として退職日の2週間前までに予告しておく必要がある(民法627条)。なお、就業規則に、民法と異なる規定がある場合には注意が必要なので、一旦弁護士に相談することをお勧めする。

労働契約というのは、雇い主が労働者から労務を提供してもらい、それに対して賃金を支払うという関係であって、それ以上でもそれ以下でもない。労働契約がある以上は退職も許さずに会社に縛り付けておいてよい、という関係では断じてないのである。

この事例では、未払い残業代や退職妨害についての損害賠償等を求めて労働審判を申し立て、Bさんが勝利することになったが、労働審判のなかで社長が言った言葉が、ブラック企業あるあるの言葉として印象的だった。

「我々の業界ではどこも労働基準法は適用されていない。わが社のような中小企業に労働基準法が適用されたら、わが社はつぶれてしまいますよ」

それでもいいんですか、と言わんばかりの口調で、社長の信念が感じられる勢いであった。その言葉が出たとき、私は思った。......この件、勝ったな。

【関連条文】
労働時間 労働基準法32条(原則)
パワハラ・不法行為 民法709条、同710条(慰謝料)、同715条(使用者責任)
退職申出 民法627条1項(期間の定めのない雇用の解約申入れ)
退職時証明 労働基準法22条、同120条1号(罰則)
髪を切る 刑法204条(傷害罪)または刑法208条(暴行罪)

(星野圭/福岡第一法律事務所 http://www.f-daiichi.jp

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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp

長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。

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