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「わろてんか」95話。松坂桃李の「泣かんといてや」に泣いた

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連続テレビ小説「わろてんか」(NHK 総合 月~土 朝8時~、BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~)
第17週「ずっと、わろてんか」第95回 1月25日(木)放送より。 
脚本:吉田智子 演出:本木一博


95話はこんな話
藤吉(松坂桃李)が二度目の発作を起こして、倒れてしまった。

会心の謎とき
「泣かんといてや」(藤吉)

いままでずっと「わろてんか」と言い続けてきた登場人物が、はじめて「泣かんといてや」と言った。
「わろてんか」は泣きたくても笑おうとする強がりの言葉だけれど、「泣かんといてや」はストレート。
溜めに溜めての直球は、刺さる。

嵐のようにお母さん(鈴木京香)が帰っていき、またいつもの日々。
新しい万歳の模索が続く中、藤吉が、ラジオ中継を取り入れたアイデアを出し、風太(濱田岳)と相撲をとっている途中で、「得意の上手」をとろうとした瞬間、頭がキーンッときて、倒れてしまった。
相撲取って笑っているとき、というのがなんとも切ない。

今まで、笑いに対して、さほど切れ味を見せてこなかった(だからこそ芸人にはなれなかった)藤吉だが、
「涙とかけて笑顔とときます」その心は「どちらも頬にこぼれます」と、会心の謎かけ。

「泣かんといてや」をはじめとして、「家に帰りたい」という台詞も泣かせる。
散々、存在価値の有無について論争されてきた藤吉であったが、こうなると、ただただ惜しまれる。
声が小さいとも言われてきた松坂桃李が、これ以上ないほどの小さな声で、すっかり弱った男を演じた。

95話では、病人の枕元ではない場所で、病状の話をしている場面を撮っていたことにホッとした。
病人のいるところで病状の話をするドラマや映画は多い。「わろてんか」8話では新一(千葉雄大)の枕元で病状の話をしていた(95話と同じ本木一博演出回)。それについてはレビューで書いた。そのためだけに場面を作る余裕がないのもわかるけれど、しつこいようだが、眠っていても意識がなくても、聞こえていることがあるのだから、そこは思いやりをもって描いてほしいのです。

リリコを口説く
自宅療養になった藤吉の元へ、リリコ(広瀬ありす)が見舞いにやって来る(もう長屋に住んでないのかな)。
玄関の前で、落とした肩をあげて背を伸ばして、笑顔になるリリコ。藤吉に言われ、笑って生きていくと決めたから(89話)。

同席していたてんに買い物を頼み(リリコの好きな饅頭を買いに)、ふたりきりになると、寄席に戻って来ないかと藤吉は言う。リリコは「はじめて口説かれた」と喜ぶ。
このふたりには、妻が入っていけない何かがある。妻の立場としたらちょっとつらいところではないか。

藤吉のモチーフとなっている実在の人物は、芸事好きなほか、女遊びも好きで、愛人をつくっていて、亡くなったときは愛人のところだったとも言われている。クリーンな朝ドラでは、決して描けないエピソードで、代わりに、幼い頃から、旅芸人として苦楽をともにした深い絆をもったリリコを配したわけだが、色恋がないから怒れない分、たち悪いような気もする。リリコも結婚して子どもでもいたら、印象が変わるのだろうけれど、
彼女がずっと藤吉を想って、独身を貫いているところがなんとも・・・。むしろ、こういうリリコに感情移入してしまう視聴者も多そうだから、よけいなお世話ではあるが、てんが可哀想になってしまう。

制約のなかでなんとか描き出した、夫と妻ともうひとりの女のドラマは、「わろてんか」のみどころのひとつだと思う。

藤吉のために新しい万歳を
藤吉を励まそうと、一週間の間に、万歳を作ろうとする寄席の人々。
マンマン亭での万丈目夫婦の場面、衣装を選ぶキース(大野拓朗)とアサリ(前野朋哉)の場面、トキ(徳永えり)のつわりにあたふたする風太の場面・・・にかかる、管楽器メインの劇伴が軽快過ぎて、戸惑った。どんなときでも平常心ということなのかもしれないし、例えば、南米の陽気な音楽は反面哀愁を感じたりもするし、もちろん、へんに悲しみを強調する劇伴も鼻白むもの。とはいえ、その前後に、藤吉のシーンがあるものだから、アップダウン激し過ぎた。

藤吉の「ほんまにおれがやりたかったんはな・・・」の言葉のあとには何が続くのか・・・。
(木俣冬)

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