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フジ月9『海月姫』6.9%急落で早くも危険水域!「脱落者続出は必然」そのワケとは……?

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 オタク女子だけが住む共同アパート・天水館を舞台に、主人公のクラゲオタク・月海(芳根京子)の恋模様などを描く今期の月9ラブコメディ『海月姫』(フジテレビ系)。

先週の第1話では、男子禁制の天水館に、ふいに現れた女装美男子・蔵之介(瀬戸康史)がシャイすぎる月海をメイクで変身させたり、蔵之介の弟(原作では兄)の政治家秘書・修(工藤阿須加)が変身後の月海に一目惚れしたり、主に人物や設定の紹介といった感じで、視聴率8.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)だったのだが、今週の第2話は6.9%とダウン。早くも危険水域にきてしまった。さっそく振り返ります。

(前回までのレビューはこちらから)

■あらすじ


 まず第1話でさして説明のなかった月海以外の天水館の住人(尼~ず)を整理しておきたい。

・千絵子(富山えり子):和装・和裁・和人形オタク。大家の娘で、この中で比較的常識ある方。

・まやや(内田理央):三国志オタク。万年ジャージで前髪長く、表情一切わからず。もっともテンション高く、変な動きで情緒不安定。

・ばんば(松井玲奈):鉄道オタク。昔の鶴瓶ヘア(天パらしい)のため、こちらも表情一切わからず。ドラマでは、まややに寄せたのか、原作に比べテンション高め。

・ジジ(木南晴夏):いわゆる枯れ専と呼ばれる地味中年男性好き。当人も地味でおとなしめ。

・目白先生(?):売れっ子のBL漫画家だが部屋から一切出てこず、声も出さない(ドアの隙間から紙で筆談はあり)。他の住民に「ご託宣」を与えたり、アシスタント仕事を与えたりして、神のごとく崇められている。

こんな天水館に勝手に出入りし出す女装姿の蔵之介。月海以外の住人には男性だと知られていない。

そんな蔵之介は、老朽化のため破裂した天水館の水道管の修繕費(20万円)を稼ぐため、フリーマーケットに参加することを尼~ずに提案し、実行に移す。香川の琴平電鉄のつり輪が200万円(ばんば)など売れそうにないものしかない中、なぜか月海の手作りクラゲ人形が若い女子に大好評。急遽、尼~ず総出で人形を増産し、なんとか費用を捻出する。

千絵子が人形を15万円で売ったのが実はデカいのだが、初めて住人同士で力を合わせたということで、なんとなく蔵之介の存在がみなに認められ出すという展開。死ぬほど金持ちなんだから、20万円くらいポンと蔵之介が親の金から出しそうなのに……。

そんな中、天水館のある場所が高層ホテル建設の再開発地域に含まれており、大家である千絵子の親も土地を売ることを決断していたことが発覚。蔵之介に尻を叩かれ、地域センターでの再開発の説明会に抗議に向かう尼~ずたち。

しかし、そこで月海の隣に座ったのは蔵之介の弟で、政治家の父親の秘書を務める修。先日水族館で、母親のことを思い出し取り乱す月海(蔵之介によりメイクとかされてる)を抱きしめていたくせに、「今日は月海さんはいらっしゃらないんですか?」と月海の存在に気づかない。コミックなら受け入れられる展開なのだが、さほど変化が見えない今回の実写化では、やはり違和感を感じてしまう。

ここで登壇したデベロッパー・稲荷翔子(泉里香)に追いやられ、逃げるように会場を後にする尼~ず。壇上から雑談を注意され、「オタクなので注目を浴びることに耐えられず逃げ出す」という心理なのだが、「人の視線が苦手」と、はっきり活字で表記された原作部分を読まずに、これが伝わっているのか少し謎だ。

開発・土地買収を進めたい稲荷は、修の父親で議員の鯉淵慶一郎(北大路欣也)を味方につけるため、あからさまな色仕掛けで修に接近。その稲荷が相合傘状態で修と歩く姿を目撃した月海は、ショックを受ける。

仕事のために、なりふり構わぬ稲荷は、修のドリンクに薬を盛り、昏睡状態にして共にベッドインしている写真を撮影する……のが、原作含め今までの作品だったのだが、コンプライアンス地獄の今のテレビでは、ドラマですらその表現が無理なのか、紐で吊るした5円玉で催眠術をかけて眠らせるという苦肉の策。

「いざってときのために、通信講座受講してたのよ」という説明も苦しいが、このご時世そこは仕方ないのだろう。犯罪誘発だとか騒ぎになって、サイゾーとかに揚げ足を取られるのもあれですし。とにかく、記憶のない修の弱みを握るのに稲荷は成功する。

一方、天水館では、蔵之介の手で尼~ずメンバー全員をメイクやウイッグやおしゃれな服で「ビフォアアフター」化。「悲しいけど、世の中には人を見た目で判断する人間がいっぱいいる」「だから鎧を身に纏え」ということらしい。この意味のないファッションショーに月海は、「お母さん、不思議です。あげに苦しかった胸のあたりが、いつの間にか軽くなりました(鹿児島弁)」と満足げ。

修が女性を苦手とする原因を、運転手の花森(要潤)から聞き出す蔵之介。それは昔ミュージカルを観に行った時に、「慶一郎様と、リナ様のあの現場(性交)」を見てしまったことが原因らしい。果たしてリナ様とは?

そんな中、稲荷が挨拶がてら天水館に乗り込んでくるが、尼~ずたちは気押されたり、手土産のマカロンに浮かれたりと防戦一方。契約は、大家である千絵子の母親と話を進めていると強気な稲荷だが、居合わせた蔵之介は「うちらがここのオーナーになればいいわけだ」「1億だろうと5億だろうと10億だろうと、買う!」と啖呵を切り、追い払う。

にわかに活気付く尼~ずだが、稲荷の手土産に混じっていた修のメガネ(先日の忘れ物)に気づいた月海だけは元気がない。修と稲荷が付き合ってると思いこみ、号泣しだす月海を、今度は蔵之介が抱きしめる。

蔵之介は、父親に天水館を買い取る資金として3億円無心し、さすがに断られる流れなのだが、いつまでもプラプラしてることを説教された腹いせなのか、修が男嫌いになった原因の話を半笑いで父にぶつける蔵之介。

「俺の母さんの舞台を観に行くたびに、楽屋でエロいことしてたんでしょ?」

「トラウマになっちゃうよね? 父親と愛人が抱き合ってる現場を目の当たりにするなんてさ」

つまり、蔵之介と修は異母兄弟で、修の女嫌いの原因は蔵之介の母親(愛人・リナ)だったのだ。兄・弟の年齢上下は逆だが、これは原作通り。

稲荷のせいで失恋気分の月海だが、自室でこっそりクラゲっぽいウエディンドレスを着ているところを蔵之介に見つかり、恥ずかしすぎてテンパる。母が大きくなったらクラゲのようなドレスを作ってくれると言っていたから……とか、いろいろ言い訳する月海だが、亡き母がドレスを集めていたことを思い出した蔵之介は、クラゲドレスを売って天水館を買い取ろうとひらめく。

■それでも頑張っている芳根京子



前回、結構悪く書いてしまったので、よかったなというところをまず意識してみました。

月海のビフォアアフターの差があまり見えないところは相変わらずだが、それでも芳根京子の芝居は安定しており、前回不満を感じたオタク特有の早口口調がやや力みすぎなところも、今回はいい力の抜け方で、かつ全体に思い切りもありいいと思います。

尼~ずの面々は漫画に寄せすぎて、特にまややとばんばは、もはや誰でもいいのでは? という意見も上がってますが、木南晴夏演ずる枯れ専のジジの薄いキャラは、映画版を凌ぐハマり具合だと思います。

あと細かいところですが、第1回の放送で、初めて蔵之介が尼~ずの面々に遭遇した際、自分らがオタクだと指摘され「いいえ、まだまだ私たちはオタクとは呼べませんよ」と千絵子がうれしそうに謙遜する感じもリアルでよかったです。

原作コミックでは「石化」といって、尼~ずが人見知りを発動したり動揺すると石のように固まってしまうくだりがあり、アニメはもちろん映画でもCGでそこを再現していたのだが、おそらく時間的な問題なのか予算的なものか、ドラマでそれができないための苦肉の索としての「いいえ、まだまだ~」なのかもしれない。

■修に月海を「気色悪い」と言い切らせた問題



そして、ここからは気になるところなのだが、まず、第1話、第2話と見て感じたのは、やはり脚本なり演出なりの雑さ。

今頃になって蔵之介が大学生であることが明かされたり(早くに秘書だと紹介される弟・修に比べ、なぜここまで蔵之介の立場が明かさなかったのかが謎)意図のわからない部分が多い。

月海が自らクラゲっぽいドレスを着ているのを蔵之介に目撃されるシーンでも、原作ではフリマで古着を調達し、それを材料として「クラゲ人形」を作るシーンがあっての、その残り物の服があったから月見が自室で羽織ることにつながるのだが、今回いきなりそのクラゲドレスが現れた背景がよくわからない。

そしてここまでの話において、修と稲荷が歩く姿を見てショックを受けるほど月海は修を想っているのだが、なぜそこまで好きになれているのかが、いまだにピンとこない。アマクサクラゲに似てクールだかららしいのだが、第1話でメイク前の普段の月海を前に、修は引き気味に「気色悪い」と言っている。

確かに、原作でも「あーきもかった」と独り言のように言ってはいる。しかし、それは月海のいない場所で独り言としてだし、しかもその時の月海は、おデコにキョンシーのお札を貼り、暴れて取り乱していた。

しかし、ドラマではそこまで言われるほど暴れてもいないのに、目の前でハッキリ「気色悪い」と修に言わせている。ただオタクとして男性が苦手で挙動不審なだけで、だ。これは本人を目の前にして言わせてはダメではないだろうか? これがずっと引っかかってしまう。

確かにフリとしては好きな人間に嫌われていた方が落差が生じていいのかもしれない。だが、いくらコメディパートだからといって、あえて本人の前で「気色悪い」と言わせてしまうのは迂闊すぎないだろうか?

「気色悪い」と言われた月海の姿は、少々パニクっていたとはいえ、飾り気ない月海そのものの姿だったはずだ。飾り気ない自らの姿を「気色悪い」と重めに全否定。恋に落ちるどころか人間不信になりかねない出来事だと思うのだが、異性が苦手な「オタク」には神経がないとでも思ってるのだろうか。

さらに、この2人は次の日、普通に水族館デート(蔵之介もいたが)をしたりもしている。その時、修はメイクで変身した月海にデレデレたり、あげく抱きしめたりしてるし、月海もその「気色悪い」事変などなかったように接している。

たとえ自分ではない「他人」に言っていることになってるとはいえ、目の前で女性に「気色悪い」と言い切るような人に、メイクしたらすぐ抱きしめられて、果たして月海はうれしいのだろうか? そんな安易な性格なのだろうか?

そこをクリアしない限り、このドラマを楽しく観ることができないというのが素直なところだ。

人気原作があるからと、話の運びや「使えそうな」エピソード素材を散りばめ、尺を稼ぎ、切り貼りするだけで、人物の心理のや気持ちのつながりをおろそかにしていては、コメディ部分はおろか、うわべの恋愛模様すら描けないのではないか。

ネットを見る限りでは、このドラマを観ている人は原作や過去の映像作と見た上で比較しながら鑑賞している人が多いようだ。だから確認をしただけでドラマ自体に魅力を感じない人は、どんどん脱落していくだろう。原作の「付録」のような意識で製作が映像化してるのだとしたら、この先ますます不安である。

現場が頑張っているのは、もちろんわかる。まだ始まったばかり、なんとか盛り返していただきたい。
(文=柿田太郎)

外部リンク(日刊サイゾー)

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