藤原紀香、ブログに見つけた“紀香らしからぬ一文”――「商品価値の下落」漂う危険な兆候


羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「今年、そんな方とは仕事をしないことにした」藤原紀香
(藤原紀香公式ブログ、1月10日)

昨年末に放送された、藤原紀香の主演ドラマ『眠れぬ真珠』(日本テレビ系)。放送日翌日、友人に「どうだった?」と聞かれ、答えようとしたところで気づいたこと。

内容、忘れた――。

紀香のベッドシーンも、めまいを起こす際に寄り目になる演技も全部見た。それなのに、なぜか「あのシーン」とか「あのセリフ」みたいなものが、全然残らない。

なぜ記憶に残らないのか、一言で言ってしまえば、紀香の演技力がアレだから。けれど、別の見方をすると、脚本家が書いたキャラクターやストーリーよりも、紀香自身や人生の方が面白く、紀香の当たり役は“藤原紀香”だから、ともいえるのではないだろうか。

紀香は永遠のワナビーであり、いつも何かになろうとしている。紀香は「こうなりたい」とか「こう言われたいと思っている」ことがあまりにも推測しやすくて、失笑を誘うタイプである。CM女王と言われた頃から「女優になりたい」と宣言し、見事女優になった後は、ハリウッドセレブをまねてか、チャリティーやボランティア活動に傾倒。紀香は、赤十字を訪問された皇后・美智子さまと懇談した際、美智子さまを模したとしか思えない帽子をかぶるなど、ロイヤルファミリーへのあこがれも感じさせる。「外見だけでなく、内面も美しい」と言われたいのだろうなということが、容易く想像できる。最近は、歌舞伎俳優・片岡愛之助と結婚したことで、よき“梨園の妻”たろうと努力を重ねているのは、ブログを見れば一目瞭然である。

努力して“藤原紀香”を演じる紀香。褒められようと努力しすぎて、空回りしてしまう紀香。さりげなさを装っているつもりでも、「ここ、褒めて」という場所がバレバレな紀香。ブログは、紀香のやる気過剰な部分がよく表れている。

例えば、結婚1周年を迎えた2017年9月28日のブログは、「ありがとうございます」といったふうに、結婚式に来てくれた招待客にお礼を述べる、常識的な形で始まるが、招待客からもらったメールというテイで、「ゲストが心から楽しめたあの披露宴から1周年!」といった具合に、自分を褒めるオチにしてしまう。また、年下の友人の結婚式に招かれた際は、「いい披露宴」と一応は先方を褒めるが、披露宴の具体的なもの(花や料理)はアップしないのに、「のりかさんと仲良くなれたことは、私の人生の中で一番嬉しいことです」「何事にも前向きで、ハッピーで輝いているのりかさんが大好き」という花嫁からの手紙をアップする。「人の口を借りて、自分を褒めさせる」のが、紀香ブログのお約束である。

そんな紀香が、1月10日に書いたブログ「デキる男、デキる女は」が話題を呼んだ。紀香いわく、今まで出会ったデキる男、デキる女は「即レス、即断即決」。「また決めますね、なんてずーと待たされ、結局、放置されて忘れられたり」したことがあったので、「今年、そんな方とは仕事をしないことにした」そうだ。

こういう紀香は、紀香が演じるべき“藤原紀香”ではないと私は思う。内容がネガティブ寄りだからではない。紀香は気づいていないだろうが、このブログは、紀香の商品価値の下落をほのめかしているともいえるからだ。

紀香が仕事相手に対する落胆を漏らしたのは、今回が初めてではない。15年に、「とある編集の方」にボランティアに使う写真の元画像を頼んだが、「返事がなく音信不通」「最悪は、御縁の清算も仕方がない」とつづっている。紀香の立場で考えると、「誠意を持って付き合ってきたのに、なぜ突然こんな目に遭うの?」ということだろう。

しかし、頼まれた編集者の立場で考えてみたら、どうだろうか。「ボランティアに使う写真の元画像を手配する」のは、恐らく無償だろう。だとすると、日ごろの業務で手一杯なのに、報酬のない仕事を引き受けなければならないことになる。

ここで問題になるのが、紀香の“商品価値”なのだ。紀香が編集者及びその出版社にとって重要な人物であれば、たとえ無償であろうと全面協力してもらえるだろう。画像を手配してもらえないのは、紀香がそこまで重要な人物ではない、連絡が取れないというのは、婉曲なお断りの可能性もあるわけだ。

デキる男、デキる女論についても同様である。職位に応じて、仕事には権限が与えられている。職位が上の方が、権限は大きいというのは、言うまでもない。その昔、松田聖子が所属していたサンミュージックの会長は、聖子より先輩のタレントがいたにもかかわらず、365日中360日、聖子と一緒にいたと、週刊誌のインタビューで読んだことがある。これは商品価値が高い芸能人のそばには、大きな権限を持つ人がぴったり付くという典型例ではないだろうか。即断即決ができないのは、本人の性格の問題というよりも、紀香の周囲に、権限のある人が少なくなっているという見方もできなくはないのだ。

こんな紀香は、“藤原紀香”ではない。そう思っているところに、「スポーツニッポン」が、紀香の近況について報じた。午前4~5時に起床し、6時に着付けをして、劇場に向かう日々。合間に書道、陶芸、生け花など日本の伝統文化について学ぶなど多忙な日々を過ごすが、「劇場にはいろんな方がいて、女優業に大事な人間観察ができる」「藤原紀香という人間力を高めたい」という調子で、相変わらずのワナビー全開である。話のオチが妙にでっかくなるのも、紀香の特徴である。やっぱり紀香はこうじゃなきゃ。紀香、今年も頑張って。

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