【感動の嵐】カンニング竹山の知られざる秘密と噂がヤバイ! 聖人カンニング竹山の極秘エピソード

カンニング竹山さんはサンミュージックに所属するお笑い芸人であり、俳優やコメンテーターとしても活躍する人気タレントの一人。パワフルなキレ芸と温厚な立ち振る舞いを使い分け、地上波からBS、ネット放送とさまざまな番組に出演。テレビ番組にはなくてはならない存在です。

カンニング竹山の知られざる秘密や噂を発表


カンニング竹山さんのこれまでの芸歴は決して華々しいものではなく、数々の苦難を乗り越えて現在の地位に辿り着きました。そんな過去を振り返れば、思わず涙をこぼしてしまうようなエピソードが目白押し。そこで今回はカンニング竹山さんの感動の逸話や知られざる秘密、噂などをまとめでご紹介します。

1. テレビ番組でウ◯コをしようとした
竹山さんは2004年にお笑い番組『エンタの神様』に初めて出演した際「ウ〇コ」発言を繰り返して冷たい視線を浴びると、2回目の出演時には「ウ〇コしてやるぞ!」と叫んでステージ上でズボンを脱ぎ、本当にウ◯コをし始めたのです。

さすがにウ〇コが出始める前にスタッフが強制退場させたのですが、日本テレビには苦情やクレームの電話が殺到してしまいました。竹山さんは番組になんとか爪痕を残そうと無我夢中で、ステージ上でウ◯コをしてやろうという結論に至ったそうです。


2. カンニングを名乗り続ける理由
竹山さんは、小学校の同級生だった中島忠幸さんとお笑いコンビ「カンニング」を結成し、長らく活動を続けていましたが、その当時の芸名は本名の竹山隆範でした。ところが、カンニングが人気芸人の仲間入りをした頃に中島さんが白血病で入院をしてしまいます。

竹山さんは休養に入った中島さんを気遣い、復帰したときにポジションがなくなっていないように漫才を封印。コンビは組まずピンで活動を続け、あえてコンビ名「カンニング」のまま芸能活動を続けました。その後中島さんは35歳という若さで亡くなってしまいましたが、竹山さんは一人でも活躍を続ければ「カンニング」というコンビを忘れないでもらえるとして、芸名を「カンニング竹山」に改名したのです。

3. 麻薬の運び屋に間違えられたことがある
竹山さんは『とんねるずのみなさんのおかげでした』の企画で、ハワイでシェイブアイスの店を経営していたことがありました。その頃はオーナーとして頻繁にハワイへ渡航していたのですが、渡米しても毎回1~2日で帰国することを繰り返し、毎回トランクも持っていなかったため、入国時に麻薬の運び屋ではないかと疑われてしまったことがあるそうです。

その話を聞いた元アイドルの早見優さんは「そういう時は恋人に会いにきたと言えばいい」とアドバイスしますが、竹山さんがその通りに話してみると、今度は恋人の名前を詳しく聞かれるなど余計に怪しまれてしまいました。そこで竹山さんは同僚の男性の名前を伝え、自分はゲイだという主張をすると、あっさり許可がおりたそうです。

4. キレ芸が生まれた理由
竹山さんの芸風はキレ芸が有名ですが、これが生まれたきっかけは多額の借金でした。実に450万円もの借金を抱えたことがあったのですが、その当時、お笑いライブに出演するため劇場に向かおうとしたら借金取りが部屋の前で待ち伏せしていたことがあり、竹山さんは窓から屋根伝いに逃走して会場入り。

その日のステージで「なんで俺がこんな目に遭わんといかんのじゃ!!」とブチギレしたところ、芸人たちに大ウケしたことから、キレ芸を持ちネタにして行こうということになったのです。


5. ロックバンドのボーカルだった
竹山さんは博多在住時代にロックバンドでベースやボーカルを担当していました。しかし活動を続けているうちに音楽よりMCが楽しくなってしまい、MCが長くなりすぎて、45分も持ち時間があったのに実質2曲しか演奏できなかったということもあったそうです。

6. 生まれた日と戸籍上の誕生日が違う
竹山さんの誕生日は1971年4月2日ですが、実際に生まれたのは3月30日だったそうです。しかし親が「4月2日にすれば同学年より1年多く過ごせる」と考え、4月2日で出生届を出しました。

そのため、戸籍上は4月2日が誕生日になったのですが、誕生日を変えていなければ相方の中島さんと同級生になることはなかったのですから、ご両親のファインプレイと言えるのではないでしょうか。

7. 父親はヤクザだった説
早くに亡くなってしまった竹山さんの父親はヤクザだったという噂があります。竹山さんの幼稚園の送迎は「若い衆」が担当し、自宅敷地内にはドーベルマンと秋田犬が放し飼いされ、豪邸の中には虎の敷物や火縄銃が。また竹山さんは父親から「法律ギリギリが一番儲かる」と教育され、父親がなくなった際には多額の借金が残されていることが判明したのです。

これらのことから竹山さんは父親がヤクザか地上げ屋だったのでは、と考えているそうですが真相は謎のまま。母親に尋ねても絶対に真実を教えてくれないのだそうです。


相方への思いが感動を呼ぶ


竹山さんは先日、相方の中島さんの命日にTwitterで中島さんに向けてのメッセージを投稿し、いまだに中島さんのことを大切に思い続けている様子が大きな感動を呼びました。

早いもので中島さんが他界して11年が経過し、その間ずっと1人で「カンニング」の名前を守り続け、芸能界で活躍を続けるのは並大抵のことではないはずです。そしてこれからもきっと「カンニング」の名前を忘れられないように、竹山さんは芸能界で奮闘を続けていくことでしょう。

■執筆・監修:Mr. Fox
執筆、撮影、編集家。日本生まれ、生年不詳、トレードマークはキツネの顔。世界各国を回りながら、メディアに関わる仕事をしてます。人のアイデアを転がします! コンコン。https://twitter.com/im_mr_fox/

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