大河ドラマ「西郷どん」初回視聴率が低かった理由は、西郷さんの女子的生活描写か

エキレビ!

2018/1/14 09:45

大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)

第1回「薩摩のやっせんぼ」1月7日放送 


つかみは力が入っていたのに
連続ドラマの第1回はつかみが大事だ。
「西郷どん」は現代の東京上野にある西郷さんの銅像からはじまった。
それが遡って120年前、西南戦争から21年後、銅像が立った場面に変わる。
妻・糸(黒木華)と弟・従道(錦戸亮)が立ち会っているが、突如として糸は、「うちの旦那さんはこげんな人じゃあいもはん!」「ちごっ」と叫び出す。

西郷さんはこんなじゃない問題に関しては、主演の鈴木亮平が放送前のインタビューで、「黒目が異常に大きくて吸い込まれそうだったらしいですが、僕は、正反対の目をしているので(笑)、最初はどうしたらいいか悩みましたが、これまで大河ドラマを見ても、肖像画に似てない人もたくさんいるので、目ヂカラは忘れて、吉之助さんの慈愛に満ちた眼を意識しながらやっています」と語っていたこともあり、世間的な「西郷隆盛」のイメージと俳優の風貌が違うことをあらかじめ断っておこうという制作サイドの気遣いかと思ったら、林真理子の原作「西郷どん!」からしてそうだった。

ただし原作小説は西郷の息子・菊次郎が京都市長になったときからはじまっており、西郷隆盛は生涯、1枚も写真も肖像画も残していないと書く。
いま、残っている肖像画は想像の産物で、では、西郷隆盛の本当の姿とはどういうものだったのだろうかと少々ミステリー風味を醸したイントロを、脚本家の中園ミホは応用してドラマオリジナルのはじまりを描いたといえるだろう。

そして、犬。
続いて、躍動する鈴木亮平。
汗、筋肉、傷、海、子ども、相撲・・・西郷隆盛の故郷・鹿児島の美しい風景、生き物、桜島・・・。来るべき、4K、8K時代(2018年12月1日から放送が開始される)に合わせたかのような鮮やかな画像が連なる。
そのあとに続く本編も、ロケをふんだんにしてスケールの大きさを感じさせたうえ、のちの隆盛こと吉之助こと小吉(渡邉蒼)が憧れる島津斉彬役の渡辺謙が圧倒的なカリスマ性を発揮して、順調な滑り出しかに思えた。子役たちもピチピチ生き生きしていて良かった。

ところが、翌月曜朝、発表された視聴率は15.4%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)と歴代ワースト2位だったのだ。
理由として、鹿児島弁が理解し辛いとか、子ども時代は概ね避けられるとか、鈴木亮平より渡辺謙に華があり過ぎるとか、いろいろな説が飛び交ったが、こうも考えられるのではないか。
冒頭で語られる、本当の西郷隆盛ってどういう人なのか? という視点が不要なのではなかったか。たいていの人は、“わたしの知っている西郷さん”が見たいのだから。それが昔ながらの大河ドラマの役割というものだ。

男女差別を実体験
「そもそも女というものは、母親を除けば、こちらの心を与える価値のないものなのだ。女に溺れるくらいなら男に溺れる。本気になって男に惚れるのだ」

原作小説の上巻22ページにこんな記述があった。
ここにはじまり、ほかにも何箇所かに渡って男と男の濃い関係について書いてある。相撲の記述なんてあからさまなほどだ。
写真のピンクの付箋は、そういう感じを受けた箇所である。けっこう、あるのだ。おかげで「抱いた」という文字を見ただけでへんな誤解をしそうになったほどだ。


大河ドラマ「西郷どん」では、原作に堂々と書かれている男同士の友情を超えた愛情が書かれるのではないかと噂されている。もっともこれが、我々の知らない西郷さんの新発見と言ったらそういうわけではなく、そういう話はもともとあった。だが、そこを大々的に大河ドラマで書くとしたら、チャレンジだろう。

その前哨戦なのか、中園ミホは、1話で、のちの西郷さんの妻になる糸(子役・渡邉このみ)を男になりたい少女として描き、男と女の違いを知ろうとして小吉が女子的生活(目下、金曜よる10時から、NHKでトランスジェンダーが主人公のドラマ「女子的生活」が放送されている)を送るエピソードを描いた。

女装して町を歩き、洗濯ものをしてみて、おなごは同じ人間にもかかわらず損をしていると感じた小吉は、その後、大きな怪我をして、剣がもてなくなる。剣という男の象徴を剥奪されてしまうのだ。
それらの体験が、ゆくゆく、弱者や主流じゃない者に対する繊細に目配りをし、男女共に愛される人生を送る西郷隆盛の人生を規定していくというような、人生の萌芽がぎゅっと詰まった、気持ちいいほどに明晰な構成の1話だ。
全然悪くない。
事前に原作を読むと余計に、原作とドラマにそこはかとなく流れる、古代ギリシャから存在する男と男の愛という究極の男女差別の価値観で育った西郷さんが、糸や、篤姫(北川景子)や、愛加那(二階堂ふみ)などの女たちと出会い、彼女たちに育くまれていくような物語は、世代的に男女雇用機会均等法の時代からずっと、女子が制約を跳ね除けて強く美しくたくましく生きる世界観を描いてきた林真理子や中園ミホだからこそ描ける物語だと感じる。

と同時に、それを敬遠する層もいるだろうとも思う。
いわゆる、“わたしが知っている歴史を見たい”“わたしの見たい歴史を見たい”層だ。
そんなうるさ型の視線にさらされながら、まだ描かれたことのない歴史の側面を見つめる、従来の男視点の大河ドラマでないドラマの可能性を模索し続ける大河ドラマの苦闘。前作「おんな城主直虎」で、恋愛推しが批判されたにもかかわらず、次回予告で「恋の予感」と大々的に煽る挑戦も続いている。
近年、なんだかんだと、列強のなかでがんばる小国・日本アピールと、恋して結婚して子どもを産み育てよアピールに、恋愛推しは欠かせないのだろうか。
その一方で、不倫が明らかになった男性・渡辺謙が出演し、女性・斉藤由貴が出演辞退している状況が、ドラマで描かれた男女差別に疑問を感じる小吉の思いとリンクするかのようで、こんな理不尽な世の中の問題を解決すべく、西郷どんにはドラマのなかでがんばってほしい。
(木俣冬)

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