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『ろくでなしブルース』主演の前田が、ドラマ初挑戦の小橋へエールを送る――小橋建太の青春おすそわけ#19<前田憲作vol.2>

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元キックボクサー、前田憲作。かつて高架下のサンドバッグ相手に練習に明け暮れた青年は、’92年、全日本フェザー級王者、’94年、WKAムエタイ世界スーパーフェザー級王者に輝き、一躍90年代を代表するスターになった。’99年に設立したジム「チームドラゴン」からは、現在のキックボクシング界を代表するチャンピオンたちが数多く育ち、名伯楽としてその名を轟かせている。

そんな前田は、「体が大きかったらプロレスラーになっていた」というほど大のプロレス好き。小橋建太のことを「残りの人生の目標」と話す。お互いをリスペクトし合う二人は、2018年をどう生きようとしているのだろうか?

前田憲作(以下、前田):小橋さんは今度、テレビドラマで演技に挑戦するんですよね。頑張ってください!

小橋建太(以下、小橋):いやあ、もうどうしようかと思って。前田さんが主演された『ろくでなしブルース』を見たんですけど、すごく上手なんですよね。

前田:いえいえ。小橋さん、演技は初めてですか?

小橋:昔、雪山を登っていく男の役をやったことがあるんですけど、そんなに台詞もなかったので。今回みたいに台詞があって、役名があるようなものは初めてです。

前田:初めてに見えないですよ。ずっとやっていたようなイメージです。小橋さんだったら、なにも心配いらないですよ。向いていると思います。

小橋:勘弁してくださいよ(笑)。

前田:講演などでも、しっかりと人に伝えることができる方ですから。

小橋:台詞を覚えられないんです。ちょっとだけなんだけど、緊張して、出るかなあ……。

前田:私も「ろくでなしブルース」のときはそうでした。台詞がものすごく多かったんですけど、覚える自信なんてなかったです。初めは台詞が入っていても、相手の俳優さんの言っていることを聞けなかったんですよね。でも段々、聞けるようになってきますよ。

小橋:僕は1日だけなんですけど(笑)。周りの人に迷惑をかけそう……。

前田:一生懸命やっているのは、周りの人に全部伝わると思います。小橋さんの演技、楽しみです。私たちの年齢になっても、古くなった殻は脱ぎ捨てて、新しいことにチャレンジし続けることって大事だと思うんです。引退と復帰を繰り返している選手が多い中で、小橋さんは文化人として本当にしっかりされているので、すごく見習っているんですよ。

小橋:ありがとうございます。

前田:小橋さんのFortune Dreamのような興行を、私もいつかやりたいと思っています。俳優業も、チャンスがあればまたチャレンジしたいですね。

小橋:しばらくやってないですか?

前田:15年くらいやってないですね。何回かお話はいただいたんですけど、ジムを作ってから断っていたんです。たくさん選手を抱えていたので、私が抜けると練習できない状況で。

小橋:チームドラゴンの選手がいま、ガーッときてますよね。

前田:一年くらい前に悲しい出来事がありまして。でも残ってくれた選手たちがこの一年で頑張って、いろんな団体でいまランキング上位にいるんですよ。ベルトに手が届く位置にいるので、来年は勝負の年になると思っています。

小橋:イチ押しはだれですか?

前田:北井智大、野口学、渡部翔太とか。彼らがまた新しいドラゴンを作ろうとしているんです。私もこの一年で、小橋さんや道場のみんなや、温かい人たちのお陰で原点に戻って、また楽しく仕事ができています。

小橋:最近、前田さんの顔が明るいんですよね。

前田:ありがとうございます。小橋さんと出会って新しい目標ができたというか。私は小橋さんのようになればいいんだと思っているんです。15年間、選手を育ててきた経験とか、苦しかったこととか、小橋さんのように講演などで伝えていきたいです。

小橋:選手を育てるということに関して、前田さんはどのスポーツと比べてもトップクラス。本当に素晴らしいものを持っている。人の繋がりって、簡単にはできないじゃないですか。それと一緒で、一人の選手を育て上げることがどれだけ難しいことか。それを何人も育て上げているということは、どのスポーツに対しても負けていないですよ。僕らが現役のときって、他のスポーツに負けたくない気持ちがありましたよね?

前田:ありましたね。

小橋:チャンピオンである以上は、対戦相手だけじゃなくて、他のスポーツと対戦して自分たちのジャンルを上げていかなきゃいけないという思いがあった。

前田:私の時代は本当に、キックボクシングなんて存在しないと思われていた時代だったので、その気持ちはすごく強かったです。引退してからも、日本人選手をいかにヘビー級で勝たせるか、ずっと考えていました。小橋さんくらい大きい選手がいたら、世界でも対等に力と力でぶつかり合えたと思うけれども、なかなかいなかったんです。それでも日本人が活躍しなきゃいけなかったので、頭を捻って、作戦で勝たせた思い出があります。

小橋:プロレスはジュニアヘビー級とヘビー級くらいしか階級がないですから、そこもキックボクシングとの大きな違いですよね。

前田:それも上限がないじゃないですか。小橋さんは巨漢の外国人選手たちに、真っ向からぶつかっていましたよね。

小橋:ボッコボコにされてました(笑)。

前田:見ている人はそういうところに感情移入するし、勇気をもらえるんですよね。

小橋:僕は団体を持っているわけでもないし、前田さんみたいに弟子を持ってるわけでもないですが、Fortune Dream(以下、FD)という興行を通して、またプロレスの面白さを伝えていきたいなと思っています。プロレスと接点がなかった層をもっと取り組んで、広げていきたい。

前田:昨年のFDを見たとき、小橋イズムというか、小橋さんのスタイルをちゃんと継承している選手がいましたよね。そこがすごく魅力でした。

小橋:FDはいろんな団体の選手が出場するので、「この団体の選手は見たことがない」というお客さんも多いんですよ。もう一回見てみたいと思う選手がいたら、今度はその団体に行って応援してくれれば、プロレスが広がっていく。それがFDの狙いでもあるんです。僕ができることは、そういうことかなと思う。

前田:私もいつか自分のイベントをやることで、キックボクシングの素晴らしさを伝えていけたらいいなと思っています。本当に、小橋さんが目標なんですよ。いままでの指導経験を活かして、どうやって苦労を乗り越えたかも伝えていきたいですし。新しいことに挑戦していく精神を忘れずに頑張っていこうと思っています。

小橋:前田さんはいろんなことを経験してきたから、話すことはいっぱい溜まっていると思う。経験してきたからこそ、言えることですよ。前田さんの指導法や理論を聞きたい指導者はたくさんいるはず。学校の先生だったり、企業の社長だったり。僕とはまた違った面で、いろんな講演ができると思います。前田さんにはどんどんそういうところに出て行ってもらって、僕らの世代でガーッと熱い世の中にしていきたいですね。(来週公開予定の次回に続く)

【PROFILE】

●前田憲作(まえだ・けんさく)

’68年5月9日、神奈川県座間市生まれ。1985年、シーザージム入門。シュートボクシングでプロデビュー。シンサック・ビクトリージムへ移籍し、高架下の空き地にサンドバッグを吊して練習する姿が話題に。’92年、キックボクシング日本フェザー級王座獲得。’94年、WKA世界ムエタイスーパーフェザー級王座獲得。’96年、映画『ろくでなしBLUES』主演。’99年、チームドラゴン結成。’02年、K-1 WORLD MAX 2002にて引退。’14年、K-1プロデューサー就任(’16年、退任)。現在はチームドラゴンジム会長として選手育成に励む。

●小橋建太(こばし・けんた)

(株)Fortune KK代表取締役。’67年3月27日、京都府福知山市生まれ。’87年6月、全日本プロレスに入団。“プロレス四天王”と呼ばれるレスラーの一人。2000年6月、プロレスリング・ノアに移籍。’03年3月、GHCヘビー級王座獲得。13度の防衛に成功し、“絶対王者”と呼ばれる。’06年6月、腎臓がんが発覚するが、2007年12月、奇跡のプロレス復帰を果たす。’13年5月11日、引退。現在はチャリティーや講演会など、幅広い活動を続けている。Twitter:@FortuneKK0327

構成/尾崎ムギ子 撮影/橋本一美


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