座・高円寺〈ひとつの机とふたつの椅子〉シリーズの試み──シンガポールの演出家リュウ・シャオイに聞く

SPICE

2017/12/24 05:55



座・高円寺で〈ひとつの机とふたつの椅子〉と題するフェスティバルが開催されるようになって、今年2017年で第2回。前年は、シェイクスピアの没後400年を記念して〈ひとつの机とふたつの椅子とシェイクスピア〉というテーマで開かれた。今年10月に開催された同フェスティバルのテーマは〈ひとつの机とふたつの椅子と越境者たち〉だった。

まず、このフェスティバルは、舞台装置は、ひとつの机とふたつの椅子のみでおこなわれる。これは中国の伝統演劇における「一卓二椅」という考えに則ったものだ。ひとつの机とふたつの椅子だけを装置に用いて、世界のあらゆるものを表現していく。さらに俳優はふたり、上演時間は20分という条件が付いている。

プログラムは3つに分かれていた。まず、プログラム1は「コラボレーション・ワークショップ」である。参加者は3つのグループに分かれ、初めて出会って1週間で作品を作りあげる。演出家を中心に、異なる言語を用い、文化背景を持つアジアの演劇人がそこで対話を重ねる。さながら「異種格闘技」を思わせる作業で、ときには「文明の衝突」もあるが、俳優たちは声や身体を頼りにコミュニケーションを試みる。

そこでは自分たちが日常的に用いている言葉は通用しない。だが、声の調子や語りかた、伝えるときの表情、ちょっとした体のしぐさなどを手がかりに、たがいにコミュニケーションの方法を探っていく。すると、異質だと思っていたなかからおたがいの共通点も見つかり、そこを突破口にして作品が生まれていく。

プログラム2は「レクチャー・ワークショップ」である。今回は、デイディ・ニニ・トウォが「インドネシア古典舞踊の多様性」、チェイ・チャンケトヤが「カンボジア古典舞踊と現代」というテーマで、それぞれワークショップを開いた。

プログラム3は、観客を前にして、フェスティバルの成果を発表する場である。「コラボレーション・ワークショップ」で作りあげた3作品、そして、招待作品の2作品が上演された。

興味深いことに、今回の招待作品は、どちらも影をスクリーンに浮きあがらせる演出だった。〈ひとつの机とふたつの椅子〉は、舞台装置の一部を、スクリーンの向こう側から観客側へ投影させることにより、さらに奥行きのある重層的な空間を生みだした。舞台上では、光と影、表と裏、言葉と身体、文化と自然など、さまざまな概念が交錯しつつも浮き彫りにされていく。
『南への旅』(リュウ・シャオイ演出) 撮影/宮内勝
『南への旅』(リュウ・シャオイ演出) 撮影/宮内勝

東アジアで暮らす人々の身体は、さまざまな共通点を持っている。意外にも、意思疎通の障害になるのは言葉だ。言葉は地域に根ざす文化であるため、言葉でコミュニケーションを取ろうとすればするほど、両者の溝は絶望的に深くなる。そのとき、言葉ではなく、身体にイメージを委ねると、不思議なことに、感情や思っていることが伝わり始める。言葉という「文化」はわたしたちを断絶させるが、身体という「自然」が、おたがいの架け橋になるのだ。そのとき初めて今回のテーマである「越境」が可能になっていくように感じた。

文化の多様性を超えるための手段は、身体に潜んでいた。そして、言葉を超えた理解や創造が生まれる瞬間を、舞台上で目の当たりにすることになった。もちろん、すべてを理解することなどできないが、想像力を働かせて舞台を見つめることで、そこで起きていることの一部を感じることはできる。そこで起きているのは、言葉を超えたダイナミックな何かだ。抽象度が高いため、多義的で曖昧に感じられる身体表現のなかに、観客は自分にとって必要なものを見つけていく。舞台から何を見つけるかについても、すべては観客たちに任されており、きわめて自由度が高いフェスティバルだった。

このフェスティバル、実は、日本で上演される以前にも、東アジアの国々で開催されていたらしい。ずいぶん前からの参加者のひとりであり、招待作品の『南への旅』を構成・演出したシンガポールの演出家、リュウ・シャオイに〈ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ〉の試みについて聞いた。

テーブルにつくと対話が始まる


──「一卓二椅」は昔から中国にある考えかたで、机が1台、椅子が2脚あれば、どんな世界でも表現できるというものですが、最小限の舞台装置を利用して、新しい試みをしている印象を受けます。

「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」は、中国演劇の最も基本的な要素で、シンプルですが、それを使ってあらゆるものが表現できます。そこから派生したものには、東洋的な哲学の側面がある。簡単なものほど、想像力をかきたてますし、いろんなものを表現することができます。

それに加えて、今回の『ひとつの机とふたつの椅子と越境者たち』というフェスティバルでは、テーブルがあると対話が始まる。たとえば、いまもテーブルがあり、わたしたちの対話が始まっている。テーブルと椅子は、対話を促進するための象徴として使われています。

このフェスティバルでは、対話をすごく大切にしています。おたがいに文化背景のちがう人がひとつのテーブルにつく。たぶん、言語もちがう。でも、そこから交流が始まるという考えかたは、すごくいいと思うんです。交流によっておたがいを理解する、学ぶことがあれば学ぶ。インタビューでも質問する人と答える人の対話があってこそ成り立つ。対話を始めるためのもの、それが「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」であると、わたしは理解しています。

もともとは「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」という中国の舞台道具の考えかたを借りたんですが、すでに道具であることを超えています。道具であれば、演出家が舞台上でどう使うか、または使わないか、どう処理するのか、規則を守って使うか、または守らないかという程度のものでしかありません。

でも、「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」を発展させて「概念」として使った場合、演出家はもっと大胆に使いこなせると思うんです。ある種の概念であり、作品に対するある枠組みとしてとらえると、そこからいろんなものが湧きだしてくる。ですから、わたしは概念として「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」を使いたいと思っています。
『ひとつの机とふたつの椅子と越境者たち』 イラストレーション/ワタナベケンイチ
『ひとつの机とふたつの椅子と越境者たち』 イラストレーション/ワタナベケンイチ

対話から新しい認識が生まれる


──「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」は、対話を始めるための舞台装置であり、概念でもある。

それに加えて、テーブルは「舞台の上の舞台」だと思っています。舞台の上に、さらに役者が演技をする場所を与える意味もある。

視点を変えれば、このフェスティバルを開催する座・高円寺も、ひとつの大きなテーブルです。このテーブルはすごく大きいから、そこには椅子がたくさん置けるわけですね。今回参加する5組は、座・高円寺というテーブルに、それぞれの椅子を置いて、いろんな試みをする。そういった概念としてのテーブルだと思います。

──たしかに、公演の予定表はタイム・テーブルと言いますし(笑)、座・高円寺という大きなテーブルのなかに、5組がそれぞれのテーブルを設置するという感じですね。

テーブルは四角くて脚があり、箱のような形をしています。英語では、枠を超えることを「アウト・オブ・ザ・ボックス」と言いますが、作品を作るときには、その枠組みからどうやってはみ出すかについても考えます。

中国語の「破格」のもともとの意味は、枠組みを出る、打ち破るという意味です。今回も、与えられた「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」という枠組みをどうやって破るかに挑戦したいと思います。

──「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」には、そのうえ、20分という上演時間、ふたりの俳優という条件が加えられています。

さらに条件をふたつ盛りこんで、枠組みを複雑にしている。おそらく、それぞれの国の参加者に、同じ条件で出発してほしいと考えたのではないでしょうか。そのなかでいろんなことをやってみようという意味に、わたしは解釈してます。

そういう条件は、討論するきっかけになります。どうして4人じゃなく、ふたりなんだろう、どうして25分じゃなく、20分なんだろう。じゃあ、もっとよくするにはどうすればいいんだろうということを、みんなでいっしょに考える。

──先ほどおっしゃった対話とも関係してきますね。

たとえば、ひとりの役者がふたり分の声を出してもひとりと考えるのか、テーブルと椅子は舞台の上に置かないといけないのかとか、みんながいろんな疑問を出してくる。

そうやって討論することによって、演劇に対する新しい認識が生まれてくるんじゃないか。たとえば、声だけで演じる舞台とか、舞台の端に「ワン・テーブル、トゥ-・チェアーズ」を置いた場合には、どこからどこまでが舞台なのかというように、問題がどんどん膨らんでいき、そこから「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」を超えた、演劇に対する新しい認識が生まれてくると思います。
劇作・演出家のリュウ・シャオイ。『南への旅」を演出した。
劇作・演出家のリュウ・シャオイ。『南への旅」を演出した。

ひとつの机とふたつの椅子とシェイクスピア


──昨年のフェスティバルのテーマは『ひとつの机とふたつの椅子とシェイクスピア』でした。そのときリュウさんが演出した『後代400』についてお話を伺います。若い男女のやりとりが『ハムレット』に登場するハムレットとオフィーリアを思わせました。

最初に主題にしたのは、祖先と子孫、つまり、古い時代の人と子供たちとのつながりを描きたかったんです。「後代」とは、子孫になります。

──『後代400』というのは、400年後の子孫。

「400」というのは、去年がシェイクスピア没後400年だったこともあるし、もうひとつ、湯顕祖という中国の有名な劇作家も、同じく没後400年だったんです、同時に、作品に込めたのは、出演者が昆劇の俳優と現代演劇の女優で、後者はシンガポールの劇作家、郭宝崑(クオ・パオクン)の子供に当たる人。つまり、父の世代と自分の世代とのつながりを強く持っている人でした。シェイクスピア劇では、王と王子のような関係が『ハムレット』でも登場しますね。だから、そういった関係性が出せるのではないかと。

そして、子供はやがて親の役割を継ぎますが、自分がその道を選択するか、選択しないかを、子供たちは考えます。シェイクスピアが書いた戯曲を、400年後もわたしたちは上演している。湯顕祖の芝居も上演している。だから、どのように継承していくかという問題も主題にできると思って、400と付けました。

──もうひとつ発見があって、ハムレットは父親の復讐のために狂ったふりをします。とりわけ劇中劇を見る場面では、異様に興奮して、大声をあげたり、頭がおかしくなったふりをしますが、ハムレットが大声で笑ったあとに、オフィーリアがそれに合わせて愛想笑いをする。それを見たとき、ハムレットの狂ったふりが、やがてオフィーリアの狂気に至ってしまうように見えました。つまり、狂ったふりが伝染してしまう。

それはこういうことだと思うんです。わたしは、お芝居は演じている者だけで完結するものではなく、演じる人たちプラスお客さんで、その両方が作品の意味を作っていく。わたしはあの作品で、お客さんに想像する空間をできるだけ与えようと思いました。より多くのことをお客さんに想像してほしかったんです。つまり、物語の結末とか、効果を作るのは、けっしてわたしたちだけではない。そこにお客さんが介入して、舞台の上と下がいっしょに、物語の効果とか、結末とか、意味を作っていくものだと思います。そういうふうに想像していただいたのは、それが成功したということですね。
『後代400』(リュウ・シャオイ演出)左から、オコーン・クオ・ジン・ホン、リュウ・シャオユン。 撮影/宮内勝
『後代400』(リュウ・シャオイ演出)左から、オコーン・クオ・ジン・ホン、リュウ・シャオユン。 撮影/宮内勝

ひとつの机とふたつの椅子と越境者たち


──次に、今回の「越境者たち」というテーマについて伺います。いま「越境者たち」と聞くと、難民が即座に連想されますが、それだけでなく、戦争、経済、情報と、あらゆる分野で越境が進んでいる。今回の「越境者たち」というテーマを、どのようにとらえていますか。

日本語の場合の「越境者」も、境界を越えるという意味では、国と国とに限らないという理解でいいですか。

──はい。時間を超える場合にも、ジャンルを超える場合にも、それから地域的なものを越える場合にも使います。

わたしは去年のシェイクスピアより、さらに膨らんだテーマだと思います。

実は「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」は、座・高円寺だけではなく、もっと以前から、佐藤信さんが関わって、場所を変えて続けてきたんです。で、最初からある考えが「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」を使って、文化のちがいを超えて交流しようというものでした。ですから、今回のテーマは、新しいものというより、原点に戻した感じがします。

今回上演する『南への旅』で、わたしが選んだ俳優は、ひとりは中国の昆劇の俳優ワン・ピン、もうひとりはインドネシアのジャワ古典舞踊家ディディ・ニニ・トウォです。彼らは表現方法もちがうし、ふだんしゃべる言語もぜんぜんちがう。まったくちがう文化で育ったふたりが、舞台上で対話をしていく。それには、たぶん彼らは言葉ではない、声とか、音とか、体とかが使われることになるでしょう。そこが面白いと思います。

600年前、中国ではとても著名な鄭和(ていわ)という航海士がいました。明代に、インド、アフリカ、アラブまで、南に下って旅をした人物です。『南への旅』では、彼を主題にしようと思いました。そして、600年前は、昆劇が起きた起源の年でもあります。

しかも、明朝では南京が首都だったので、鄭和の船はそこから出発しています。南京から、インドネシア、フィリピンを超えて、航海に出た人がいた。このように、600年前に鄭和が通った道が、今回のわたしの物語の構想にぴったりだったので、もうひとつのテーマにして作品を作りたいと思いました。

当時、鄭和は大船団を組んで、南に下っていった。そして、寄港する場所で、経済的、文化的な交流をしたと思うんです。600年前の人がどういう異文化交流をしたかについては、すごく興味があります。もちろんお土産も渡していますし、たぶん、そのなかには演劇も含まれていて、中国の演劇を寄港した街の人たちに見せるだけでなく、船員たちが寄港先の演劇を見るといった文化的な交流があったんじゃないか。

この鄭和の軌跡は、いまもインドネシアにたくさん残っていると、ディディさんが教えてくれました。鄭和を祀った廟とか、寄港したさい、インドネシアの人と結婚した船員の逸話とか。とても縁があるテーマだと思います。

つまり、600年前、南京で昆劇が生まれた同時期に、鄭和は中国文化を大船団に載せて南へ下っていった。そして、今日、南京から来たワン・ビンさんが、インドネシアのディディさんと知りあい、そこで対話が生まれる。600年という時を経て起きる面白い出来事だと思います。

──壮大な大河ドラマですね。
『南への旅』(リュウ・シャオイ演出)左から、ディディ・ニニ・トウォ、ワン・ビン。 撮影/宮内勝
『南への旅』(リュウ・シャオイ演出)左から、ディディ・ニニ・トウォ、ワン・ビン。 撮影/宮内勝

600年前に中国の歴史と現代を重ねる


このことはわたし個人の経歴とも重ねることができます。いうのは、わたしの一家も中国から移民としてやってきて、シンガポールに住み着いた。ですから、わたし自身が越境者だと言えます。

もうひとつ、鄭和は宦官だったんです。ですから、性別も超えている。

ディディさんは男性でいながら女性を演じることを長くやってこられたかたで、ジェンダーを超えた表現にも優れた理解を持った人です。ワン・ビンさんも、昆劇俳優で、女性の声が出せる人なんです。裏声使って、とてもいい声を出す。そういう人たちが関わっているのも面白いと思います。

さらに、鄭和は元来はイスラム教徒で、宦官として宮廷に入ったとき、仏教に改宗させられた。その後は道教も信じていたようで、いろんな宗教の信者だったようです。

ディディさんはイスラム教が多いインドネシアにおいては、少数派のキリスト教徒です。踊り手であるディディさんは、ジャワの各地で踊るのですが、そこにはさまざまな宗教があり、儀式もちがっている。でも、ディディさんは、おおらかに入っていき、現地の人々とコミュニケーションをとって踊ってきた。対話や交流することが、とてもできる人なんです。

大船団を率いて外洋へ出るほどですから、鄭和は宮廷のなかでもすごく位が高かった。そのうえ、海へ出たら、そこではいちばんのボス。だけど、宦官なので、体に傷を負っている。その対比が面白いと思うんです。個人的な傷を持った人の複雑な心、その反面、海に出たら、何千という船乗りの上に立つ王様、ひとりの人間が、このような両面を持っている。

このように、この作品のなかで掘り下げるものは、すごくたくさんあって、もちろん20分でそれを全部は……。

──ものすごく盛りだくさんですね。

ですから、今回は20分の作品にしましたが、今後は、この主題をもっと大きな作品に膨らませていく構想も持っています。

──壮大なお話を、20分間、ふたりだけで表現する試みですね。まさしくあらゆる世界を表現できる「ワン・テーブル、トゥー・チェアーズ」にふさわしいと思います。

通訳/延江アキコ 構成・文/野中広樹

公演記録
ひとつの机とふたつの椅子と越境者たち
■アーティクティック・ディレクター:佐藤信
■コーディネイター:羽島嘉郎
■日時:2017年10月27日(金)~29日(日)
■会場:座・高円寺
■参加者:チェイ・チャンケトヤ、ソイ・チャンボレイ、プラムソダム・オック(カンボジア)、ワン・ビン(中国)、ディディ・ニニ・トウォ(インドネシア)、ファシャリ・ファズリ、シティ・サンディ(マレーシア)、リュウ・シャオイ(シンガポール)、篠田千明(タイ)、安聖民(大阪)、亀井純太郎、鴛山史歩(熊本)
■オブザーバー:タイ・フォン(ベトナム)、伊藤拓也(大阪)

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