12月23日祝日外しの動きは安倍の天皇敵視だ!「明治の日」で戦前回帰推進しながら護憲派天皇の足跡は抹消

リテラ

2017/12/22 23:30


 2019年4月末日をもって天皇が退位することが決定したが、天皇誕生日を前に「12月23日を祝日(休日)ではなくす」という動きが表面化、国民の間から反発の声が上がっている。

生前退位に関する特例法は、皇位継承後は皇太子の誕生日である2月23日を「天皇誕生日」と定めているが、現在の12月23日に新たな祝日を設けるかについては明記していない。ところが、菅義偉官房長官は、21日午前の会見で「幅広い議論が必要」と断りながらも、「このまま特例法が施行されれば平日になる」としたのだ。

また、毎日新聞21日付朝刊は、政府が12月23日を〈当面は新たな祝日とせずに平日とする検討に入った〉と報じた。記事は、「上皇の誕生日を祝日にすれば権威付けになりかねない。上皇に感謝する民間行事が開かれる可能性もある。少なくとも上皇在位中の祝日化は避けるべきではないか」という政府関係者のコメントをあげながら、〈上皇の誕生日を祝日にすると事実上の「上皇誕生日」になり、新天皇の誕生日と併存して国民の目に「二重の権威」と映る懸念があるため〉と伝えている。

"二重権威"とは極右の安倍政権らしくない物言いだが、天皇誕生日が国民に天皇の誕生日を祝うことを強いる"権威"の強制の役割をもっていることはたしかだ。

しかし、安倍政権の「平成天皇の誕生日の祝日抹消」の動きの背後にあるのはそんな真っ当な理由ではない。これは、安倍首相の明仁天皇への嫌がらせ、敵視の表れとしか思えない。

なぜなら、安倍首相やその周辺にいる右派勢力は、天皇誕生日を嫌がるどころか、歴代の天皇誕生日の権威化を強引に推進してきたからだ。その典型が、4月29日の「昭和の日」だ。

この4月29日は昭和天皇の誕生日だが、当初は天皇崩御にともない「みどりの日」と名づけられていた。〈自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心を育む〉という趣旨で、そこには生物学者であり自然をこよなく愛した昭和天皇を偲ぶ意味も込められていた。ところが、それが気にくわない極右勢力は「昭和の日」に名称を変更するよう運動を展開。極右運動と歩調を合わせた自民党タカ派議員たちも、祝日法改正案を国会に提出して、「昭和の日」への名称変更を求めてきた。

こうした背後に「昭和の日」を戦後の日本国憲法と国民主権を否定し、先の戦争を肯定するためのシンボルにしようという意図があったのは明らかで、たとえば「昭和の日」改定運動に参加してきた小堀桂一郎・日本会議副会長は「正論」(産経新聞社)1999年4月号で、〈直接「昭和」といふ輝かしい名への連想を一切持たないこの命名(みどりの日)はあまりにも畏れ多く、無残なことである〉と書いている。

当然、こうした動きには、国内はもちろん、日本が侵略したアジアの国々から懸念と反対の声があがったが、しかし、小泉政権下での圧倒的な議席数を占めた自民党は2005年にこの改定を強引に成立させた。そのとき、中心になっていたのが安倍晋三だった。そして、第一次安倍政権の07年から「みどりの日」は5月4日に移動し、4月29日は「昭和の日」となった。同年、「『昭和の日』をお祝いする実行委員会」が開いた記念式典では、参加者が昭和天皇の埋葬された武蔵野陵に拝礼し、「天皇皇后両陛下万歳」と三唱。当日、外遊中だった安倍首相も祝辞を寄せている。

さらに、近年は、11月3日を「明治の日」に改めようという動きまで広がっている。11月3日は明治天皇の誕生日で、昭和時代の1927年から1947年までは「明治節」という名称だったが、1946年の11月3日に日本国憲法が公布され、その2年後の祝日法制定時に、憲法の戦争放棄の精神に基づいて〈自由と平和を愛し、文化をすすめる〉日として「文化の日」に生まれ変わった。

ところが、極右勢力がこの「文化の日」の理念を全否定し、明治天皇の誕生日を祝う「明治の日」にせよ、とがなり立てはじめたのだ。

この運動の中核を担っているのは、「昭和の日」実現運動を推進したメンバーとかぶる「明治の日推進協議会」なる団体で、役員にはジャーナリストの櫻井よしこ氏や、安倍首相のブレーンのひとりと言われる伊藤哲夫・日本政策研究センター代表のほか、代表委員に百地章氏や所功氏といったお約束の日本会議系の人士が名を連ねる。

しかも、稲田朋美元防衛相や古屋圭司衆院議員など、安倍首相の"盟友"といえる政治家らが、この運動に積極的に参加。同団体が昨年11月1日に国会内でおこなった集会では、当時、防衛大臣だった稲田朋美衆院議員が「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるというのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」と語った。

剥き出しの皇国史観と戦前回帰への欲望には目眩を覚えるが、こうした動きのバックにいるのはもちろん安倍首相だ。ことあるごとに"明治維新の栄光"を口にする安倍首相は、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録をゴリ押ししたが、続いてこの「文化の日」を「明治の日」とする改定を虎視眈々と狙い、子飼いの極右議員たちを使って下地づくりをしてきた。

ところが、そんな安倍政権が、12月23日の現天皇の誕生日だけは、「二重の権威」を理由に平日にし、「平成」を国民の祝日から"抹消"しようというのである。このダブルスタンダードは、いったいなんなのか。

本サイトでも何度も指摘してきたように、明仁天皇は、日本国憲法のもと、言い換えれば戦後の民主主義のなかで初めての天皇となり、平和主義国家の象徴としてのありかたを皇后とともに考え抜いてきた。第二次安倍政権下では、安倍首相が目指す"戦争のできる国づくり"に対する危機感を表明するかのように、踏み込んだ護憲発言をおこなってきた。

ところが、これに対して、安倍首相は報復、嫌がらせとしか思えないような行動をとってきた。子飼いの学者やメディアを使って「天皇皇后は政治的発言をするな」「天皇はおかしい」と攻撃を仕掛け、女性宮家や生前退位をめぐる問題では、天皇サイドの意向を無視。生前退位が決まったあとも「天皇がパレードを望んでいる」などと、あたかも天皇のわがままで生前退位がおこなわれることになったかのような情報操作を展開してきた。

ようするに、今回の"天皇誕生日平日化"もこうした安倍首相の天皇敵視、天皇攻撃の延長線上で出てきたものとしか考えられないだろう。

しかも、この安倍首相の天皇攻撃はたんに個人的な感情だけではない。戦後の民主主義と平和主義の象徴たらんとした今上天皇の足跡を消し去りたい。そういう意図もあるはずだ。そして、それは明治や昭和の天皇だけを"権威"として戦前回帰的なイデオロギーに利用したいという野望の裏返しでもある。

天皇はこうした安倍首相の仕打ちに対してどう考えているのか。先日、本サイトは「週刊新潮」(新潮社)の記事が宮内庁から激しい抗議を受けた一件を紹介したが、そのタイトルは「「安倍官邸」に御恨み骨髄「天皇陛下」が「心残りは韓国...」」。記事では侍従職関係者のこんなコメントが掲載されていた。

「陛下は喜怒哀楽の感情を表に出すことを決してされないのですが、それでも安倍さんには御恨み骨髄、という表現がぴったりくるのではないでしょうか。これだけ陛下の思いをないがしろにした首相は前代未聞だと言えます」

しかし、宮内庁が激しい調子で「事実でない」と抗議したのは、この記事に掲載されていた「天皇が生前退位でパレードを望んでいる」という政府関係者のコメントのみで、タイトルや、天皇がないがしろされているというコメントに対しては一切抗議をおこなっていなかった。

この一事をもってしても、天皇が安倍首相のやり口に怒りをもっていることは明らかだろう。

明日23日には、天皇の誕生日会見の模様が一斉に報じられる。2013年の誕生日会見で「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」という"護憲発言"を口にして以降、警戒心をあらわにした安倍官邸は宮内庁に対しての締め付けを陰に陽に強めていき、天皇は安倍首相の歴史観や憲法観と対峙するような発言を自重せざるをえなかったと言われる。

昨年も、生前退位をめぐる官邸との攻防のさなかにあって、結局、憲法や平和主義に関して踏み込んだ発言を一切することができなかった。

だが、生前退位が法整備などで一段落ついた今年ならどうか。残り2回となった「天皇誕生日」だからこそ、これまでになかった発言が飛び出す可能性はゼロではない。

繰り返すが、「平成天皇」という名と同時に振り返られるはずの一時代は、日本が近代化以降、初めて直接的に戦争をしなかった期間である。仮に、その時代精神を祝日として位置付けるならば、国民が天皇個人の誕生をではなく、戦争を憎み平和を希求する大きな理念の誕生を、あらためて祝う日として定めるのがふさわしかろう。間違っても、かの時代を美化する目的で葬られてよいものではない。
(宮島みつや)

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