【秘密】人気お笑いコンビ・ナインティナインの誰も知らない噂や極秘情報を公開! 岡村隆史と矢部浩之の感動エピソード10連発


ナインティナインと言えば岡村隆史矢部浩之によるお笑いコンビ。1990年代後半から2000年代に大ブレイクを果たして数々の名作コントや名企画を生み出し、今でも数々のレギュラー番組を抱えている人気コンビです。

ナインティナインの秘密を発表!


2人はバラエティ番組での司会などもソツなくこなすため、もはやテレビで見かけない日はないと言えるほどの活躍を見せていますが、当たり前のように存在しているからこそ、逆に知られていないエピソードもたくさん存在しています。今回はそんなナインティナインの知られざるエピソードや噂、秘密情報、とっておきの話などを厳選してみました。2人の意外な一面が今、明らかに……!

1. NSCは除籍扱いで卒業できていない
ナインティナインはNSC(吉本総合芸能学院)の9期生で、宮川大輔さんなどと同期であることはよく知られていますが、2人はなんと授業料未納のために途中で除籍されてしまっています。中退とする説もありますが、本当は除籍だったのです。


2. 結成当時はボケとツッコミが逆だった
NSC入学当時まで、矢部がボケで岡村がツッコミを担当していたそうです。もともと矢部が岡村を誘ってナインティナインは結成されましたが、岡村は矢部に言われるがままツッコミ役をしていたそうです。しかし、NSCの講師に「君たちは入れ替わった方がいいよ」とアドバイスをされ、ボケとツッコミが入れ替わったのだそうです。ここから、矢部の敬語ツッコミ芸が誕生しました。

3. コンビ名の知られざる由来
ナインティナインのコンビ名の由来は「NSCの9期生2人だから」という説がありますが、実はこれは後付けの理由。岡村は中学時代にマイケル・ジャクソンに憧れ、大阪界隈で有名なブレイクダンスチームに所属していたのですが、ブレイクダンスには倒立した状態で片手で回る「1990(ナインティーンナインティ)」という大技があり、これがコンビ名の由来となったのです。

4. 矢部の高校での卒業文集がすごい
ある番組で矢部の高校の卒業文集で書かれていた内容が紹介されました。その中では、「2丁目劇場をしきって、ダウンタウンの位置をいただきます」「東京に進出して、とんねるずの位置をいただきます」「エレベーター式にたけしの位置をいただくと同時に、欽ちゃんはその時点でおびえています」など、当時トップに君臨していた大物芸人たちの名前を出して自分たちの目標を書き連ね、最後には「私たち99がお笑い界の帝王となるのです」と締めくくっていました。

5. 岡村は立命館大学中退の秀才
岡村と矢部は同じ高校出身ですが、岡村は一度大学に進学しています。立命館大学、関西外国語大学、大阪芸術大学に合格した中から、立命館大学経済学部第二部に進学しました。中退しているのはもちろんお笑い活動に専念するためです。

めちゃイケ」のコーナーのひとつ、「芸能人抜き打ちテスト」では岡村は担任として出演していますが、事前に生徒と同様にテストを行っているそうです。その成績は常に5教科すべて80点以上だというので、その賢さは今でも健在のようです。


6. 江頭2:50のBGMは矢部が決めた
ナインティナインの番組によく登場するお笑い芸人の江頭2:50さん。布袋寅泰さんの「スリル」をBGMにして登場するシーンが印象的ですが、実はこの「スリル」は矢部の選曲によるものなのです。

1995年に放送された「笑っていいとも!クリスマス特大号」の「どっちが似ててもいいとも! ものまね紅白歌合戦」というコーナーで、矢部が江頭さんのモノマネを披露することになったのですが、それまで江頭さんが使用していた登場曲がわからず、代わりに「スリル」をBGMに使用しました。その後、めちゃイケに江頭さんが登場するときは「スリル」が使われるようになり、そのまま江頭さんのテーマとして定着していったそうです。

ちなみに、布袋さんは「スリル」が江頭さんのテーマとして使われることを迷惑に思っているとTwitterに投稿したことがあります。


7. コンビ愛が凄すぎるとして有名
お笑い芸人の中でもナインティナインのコンビ愛は最強レベルだと評されているそうです。

一時期、岡村が病気のため5ヶ月間の休業をしたときは、矢部は自分が芸能界に誘った結果、岡村が病気になってしまったのではないかと悩むこともありました。そのため、ナインティナインの冠番組では岡村の代打を立てることなく矢部一人で乗り切り、ときには岡村のピンチヒッターとして岡村のレギュラー番組に出演し、岡村の復帰を待ち続けたのです。

一方、岡村も矢部への思いが強く、矢部が不倫をし、迷惑をかけてしまうのでコンビを解散したいというドッキリを仕掛けられた際にも、岡村は矢部を一切怒ることはありませんでした。それよりも、矢部の家族のこと、不倫相手との清算のことなどを心配し、解散を申し出た矢部に「それはない」とはっきりと伝えたのです。「俺がおるからね」と矢部を励ます姿に、深いコンビ愛を感じました。

8. いいとも初出演時のエピソード
ナインティナインが「笑っていいとも」の人気コーナー「テレフォンショッキング」に初出演した際、まだ若手芸人だったのにもかかわらず、スタジオに入り切らないほどの花が届いてタモリさんが驚いたことがあります。これはナインティナインが事前に、一度でも絡んだことがある人全員に「お花を贈ってほしい」と無理やり頼んだから。結果的に誰もが驚く量の花が届き、視聴者だけでなくフジテレビのスタッフにもナインティナインの存在をアピールすることができました。

このアピールに成功したからこそ、後のブレイクに繋がっていったのかもしれません。


9. いいともの復活レギュラーはタモリへの直談判で獲得
2014年2月、ナインティナインは「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」に10年ぶりに出演。そのCM中に岡村がタモリさんに「もう一度レギュラーにしてくれ」と直談判し、強引に不定期レギュラーを獲得しました。CM中の話なので演出などは一切なし。岡村はまるでオンエア中かのように喜びを爆発させました。

タモリさんとナインティナインは、ナインティナインがデビューした頃からの関係で、2人はタモリさんのことを「東京のお父さん」と言って慕っているほど。純粋に不定期レギュラーが決まって嬉しかったのでしょう。

10. 菅野美穂ファンからカミソリを送られたことがある
今でこそすっかり丸くなったナインティナインですが、大阪から東京に進出してきた当時はかなり尖った芸風が持ち味で、ラジオ番組でもかなり毒を吐きまくっていました。ところがその芸風が仇となり、カミソリの刃を送りつけられてしまったことがあります。

事件が起きたのは1996年。当時放送されていた菅野美穂さん主演のドラマ『イグアナの娘』に対して、「イグアナってなんやねん」とキレ続けると、この発言が反響を呼んでしまい、熱心な菅野美穂ファンからカミソリが送られてきてしまったそうです。


めちゃイケ終了も人気はまだまだ健在!


ナインティナインといえば1996年から始まった人気番組「めちゃ×2イケてるッ!」の打ち切りが話題となりましたが、そもそも20年以上バラエティ番組が続くこと自体が驚くべきこと。他にもたくさんのレギュラー番組を抱える2人の人気はまだまだ健在と言ったところでしょう。今後の活躍も楽しみですね!

■執筆・監修:Mr. Fox
執筆、撮影、編集家。日本生まれ、生年不詳、トレードマークはキツネの顔。世界各国を回りながら、メディアに関わる仕事をしてます。人のアイデアを転がします! コンコン。https://twitter.com/im_mr_fox/

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