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「おんな城主直虎」47話。溜めに溜めて、政次(高橋一生)の回想シーンが出た

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NHK 大河ドラマ「おんな城主 直虎」(作:森下佳子/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
11月26日(日)放送 第47回「決戦は高天神」 演出:渡辺一貴


えいえいおー!
信康(平埜生成)と瀬名(菜々緒)を亡くし絶望する家康(阿部サダヲ)だったが、万千代(菅田将暉)に励まされ、立ち直る。
先代(直虎)が、自分には力がないゆえにそなたらの力を貸してほしいと民衆に頼んだことを、万千代が引き継ぐ。家康はそれにならい、岡崎に残された者たちに協力を頼み、「駿河とるぞ、えいえいおー」と、みんながひとつになる。

一緒に盛り上がる榊原康政(尾美としのり)も酒井忠次(みのすけ)も、なんだか学園ものみたいにさわやかに一丸となっている。小柄な家康を筆頭に、見た目は草食系な家臣たち。さらに、かわいい顔立ちの万千代と、いかにも強者の武将というイメージではない者達が天下統一に立ち上がる様は、弱くても勝てます的な希望を感じさせる。

唯一、肉体派ふうな忠勝(高嶋政宏 高ははしごだか)が、数正(中村織央)が死のうとするすんでのところで、救うところは痛快だった。
こうして生き残った数正に、いろいろやらかしている忠次が「わしも生き恥じゃ」「共に恥を背負っていってはくれぬか」と語りかけたのも印象的。忠次は、狡猾な人なのかとも疑っていたが、そういうわけではないみたいだ。悪気がないながら、ひとの足を引っ張ってしまう人はいるという役割を担っているのだろうか。

出た、回想シーン
戦わないで勝つ、敵を味方にとりこむ作戦に出た家康に、直虎は、かつて、政次(高橋一生)と目指した道が
未来に繋がったことを感じる。
46話では、回想シーンも名前も出さなかった森下佳子脚本と渡辺一貴演出だったが、ここぞとばかりに、政次を出してきた。出さないのがかっこいいと思って見ていたが、小出しにしないで一気に出す効果を狙っていただけだったのか。
政次役の高橋一生は、翌日、月曜の「民衆の敵」(フジテレビ)にも、朝ドラ「わろてんか」にも出ていて、大盤振る舞い状態である。

「信長協奏曲」の信長とはえらい違い
井伊谷にいた六左衛門(田中未央)と直之(矢本悠馬)が、二万石になった万千代のもとに呼ばれ、いよいよ、直虎の長年の悲願が実を結ぶか・・・という流れ(直之が河三郎の話から武田の間者を見破ったエピソードは痛快だった)だが、ことはカンタンではなく、織田(市川海老蔵)は、武力で敵を滅ぼすことを命じ、天正10年、武田勝頼が自刃し、武田は滅亡する。
なんの落ち度もない者たちの命を奪う織田に対して、直虎は、何か天下布武かと懐疑的になる。
いとしき者を奪われ、誇りを奪われた者たちが彼に従い続けるわけがないと。

戦いのない世の中へという悲願は、直虎役の柴咲コウが出て、映画もヒットしたドラマ「信長協奏曲」(14年)を思い出す。
柴咲は、信長の妻・帰蝶を演じていて、この作品の信長(小栗旬)は、戦いのない世の中にしようと奮闘していた。もっとも、その信長は未来から来た高校生だったのだが。
サブロー信長の魂は、「直虎」では、家康勢に引き継がれた。みんな仲良し、青春群像みたいな雰囲気は「信長協奏曲」にそっくりだ。ちなみに、高嶋政宏は「信長協奏曲」では柴田勝家役で、高橋一生は浅井長政役で出ていた。このときの高橋も悲壮な死に方をしていた。どうやら、誰もが、高橋一生には悲劇的なものを背負わせたくなってしまうようだ。

常慶が「陸王」モードに
47話では、なぜか裸で万福(井之脇海)と忠勝が登場。しかも、尼装束の直虎に目を奪われる忠勝(そこでかかる劇伴がハープのころころ鳴る音楽)のなんだか青春ドラマぽい描写や、日曜劇場「陸王」(TBS)では引退試合に賭ける和田正人演じる常慶が、陸上経験を生かして、ものすごい速さで駆け込んでくる場面(あとで忠次も走ってくる場面があるが、青息吐息で、大きな差がある)など、楽しげな場面がちょいちょいはさまれた。
脚本家の森下佳子は、苛烈な視聴率戦争をくぐり抜けながらヒットドラマを数多く手掛けてきた脚本家だけに、人気あるものを取り入れる(青春時代劇ノリや、労働者たちの群像劇ノリ)ことに迷いがないのだろう。本歌取りが巧いのも才能のひとつだ。

遊びを入れつつ、その一方で、武田攻めの際の涙雨は胸を締め付け、直之が「徳川が織田におさえられているのは昔の井伊を見るようだ」と言うが、だからこそ、今度こそ、その先へ行くのだという、井伊と徳川の気持ちの高まりを描く。
そして、忍耐のすえ、ついに家康は駿河を手にする。

武田の滅亡が描かれ、大河ドラマファンは前作の「真田丸」のはじまりとつながったとSNSで盛り上がったが、
真田信繁は、「真田丸」の最終回で、家康と戦って果てるのだと思うと、なんだか少しせつない気がする。
真田と井伊は仕えた相手が違うとはいえ、巨大な勢力に挟まれながら、なんとか家を守っていこうと苦心した家である点においては似た境遇だ(しかも同じ赤備え同士である)。

2年続けて、大河がそういうテーマを掲げていることも興味深いし、立場が変われば、正義のあるところも変わる。織田も豊臣も徳川も書き手の視点によって、見え方が大きく変わることが、示唆的に思える。

井伊家なりの大義が描かれる大河ドラマ「おんな城主 直虎」の放送も、残すところあと3回。
12月3日放送・48話のサブタイトルは「信長、浜松来たいってよ」。
どんな状況でも、サブタイトルだけはのんきなところも「直虎」の持ち味のひとつである。47話の「決戦は高天神」だって相当のんきである。

「直虎」の信長は、気持ちを寄せるところがまったくといっていいほどない非道な人物に描かれているが、こういうサブタイだと、少しだけ親しみがもてるような気がしないでもない。
(木俣冬)

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