家族に愛された記憶のない人へ捧ぐ至高の処方箋! カルト王の輝く青春『エンドレス・ポエトリー』

日刊サイゾー

2017/11/17 22:30


 親から温かい言葉を掛けられたことがない。家族で一緒に過ごした楽しい思い出がまるでない。お盆にお墓参りすることも、お正月に帰省することも疎遠になってしまった──。そんな人におススメなのが、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の最新作『エンドレス・ポエトリー』だ。本作は御年88歳になるホドロフスキー監督が、自身の青春時代を振り返った自伝的映画。実家を飛び出した主人公が運命の恋人や芸術家仲間たちと出逢い、両親の呪縛から解き放たれていく姿を色彩豊かに描いた映像詩となっている。道なき道を進もうとする若き日の自分を、ホドロフスキー監督が叱咤激励する形で物語は進んでいく。

ストーリーに触れる前に、ホドロフスキー監督がどんなにグレートな人物であるかをご紹介。1929年、南米チリ生まれのホドロフスキー監督は、『エル・トポ』(70)や『ホーリー・マウンテン』(73)といった超シュールな作品で知られるカルト映画の王様。1975年にはSF大作『デューン』の製作に取り組み、絵コンテにフランスコミック界のビッグネームであるメビウス、デザインに新進画家だったH・R・ギーガーを起用。残念なことに『デューン』の企画はハリウッドの大手スタジオに反対されて頓挫したものの、このときの絵コンテやデザイン画は『スター・ウォーズ』(77)や『エイリアン』(79)などの人気SF映画に多大な影響を与えている。

映画監督としては不遇の時代が続いたホドロフスキー監督だったが、お蔵入りした『デューン』の舞台裏を再現したドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』(13)の撮影で『デューン』のプロデューサーだった旧友ミシェル・セドゥーと感動の再会。彼の支援によって『リアリティのダンス』(13)を撮り、23年ぶりに映画界への復活を果たした。80歳を過ぎて枯れるどころか、頭の中に止めどなく溢れ出る鮮烈なイメージを自由自在に映像化してみせる映画仙人のごとき存在となっていたのだ。

ホドロフスキー監督の故郷チリで撮影された『エンドレス・ポエトリー』は、監督の少年期と変わり者の両親にスポットライトを当てた『リアリティのダンス』に続く、ホドロフスキー人生劇場の第二幕。家族との葛藤も、命懸けの恋愛も、青春の蹉跌も、すべて南米の明るい陽射しの中で撮影されたマジックリアリズムの世界へと昇華され、安くて美味いチリワインのような豊潤な味わいを感じさせる。ちなみに撮影監督は日本でも人気のクリストファー・ドイルだ。

チリの首都サンティアゴに、ホドロフスキー一家が引っ越してきたところから本作はスタート。前作『リアリティのダンス』では共産主義に傾倒していた父親(ブロンティス・ホドロフスキー)だが、今はもうお金儲けのことしか考えていない鼻持ちならない商売人だった。音楽を愛する母親(パメラ・フローレス)は父親の言いなりのまま。思春期を迎えたアレハンドロ(イェレミアス・ハースコヴィッツ)は詩人になることを夢見ていたが、父親は「詩人はみんなオカマだ。お前は医者になれ」と息子の将来を一方的に決めつけようとする。高圧的な父親、息子に無関心な母親、ユダヤ系ファミリーの閉鎖的な体質に我慢できなくなったアレハンドロは、親族が集まった本家の庭の木を斧で切り倒すという暴挙に。そのまま両親のもとを飛び出し、若いアーティストたちの溜まり場となっている下宿での新生活を始める。少年時代と決別した青年アレハンドロ(アダン・ホドロフスキー)は、酒場で2リットルのビールジョッキを飲み干す豪快な女詩人ステラ(パメラ・フローレス2役)にひと目惚れし、危険な恋に身を焦がすことになる。

アレハンドロを迎え入れる下宿先の住人たちが奇人変人ばかりで楽しい。小柄な日本人女性(伊藤郁女)をいつも肩に乗せている合体ダンサー、鍵盤をカナヅチで叩きながら演奏する超絶ピアニスト、全身にペンキを浴びて即興で絵を描くパフォーマンス画家などなど。まるで前衛芸術家版「トキワ荘」のようだ。初めて創作詩を詠むアレハンドロを、下宿仲間たちが大歓迎してくれる。生まれて初めて他者から自分の存在を肯定されたことが、アレハンドロは無性にうれしい。芸術家たちや恋人ステラとの刺激的な体験のひとつひとつが、新しい詩となり、より過激な創作活動へとアレハンドロを掻き立てていく。

東京国際映画祭の開催中に、ホドロフスキー監督の末の息子であり、青年期のアレハンドロ役で主演したアダン・ホドロフスキーがフランスから来日。父親のことを嫌っていたホドロフスキー監督だが、監督自身はどのような父親だったのだろうか。観客とのティーチインイベントで、息子アダン・ホドロスキーはこう語った。

「フツーの家庭じゃなかったよ(笑)。父は妥協という言葉を知らなかった。子どもの足に合う靴を見つけるまで、靴屋を30軒ほど探し続けたことがある。男の子たちは夕食の前に椅子に立たせられ、1人ずつ詩を朗読させられた。兄弟の中には父に命じられて、裸になってスープの中におしっこをさせられたなんてことも。(日本文化を愛する)父親からは、忍者のように音を立てずに歩く修業をさせられたこともあるよ」

「撮影現場での父は、とにかく人の意見を聞かない。僕の腕を掴み、『こう動くんだ。ここを見ろ』と自分の指示するとおりに動くことを望むんだ。でも僕ができずにいると、3テイク目からは諦めて、『もう勝手にやれ』と僕が演じたいように演じさせてくれたんだ」

ホドロフスキー監督も自身が嫌っていた父親のように頑固でアクの強い存在らしいが、それでも若き日の自分を演じる息子アダンに対し3テイク目から自由な演技を認めるあたりに、ホドロフスキー監督なりの修正された“家長像”を感じさせる。

ホドロフスキー監督が生まれ育ったチリは戦前から長きにわたって軍事独裁政権が続き、父親が医学の道に進むように強要したのは息子の身を心配してのことだった。実際、チリの国民的詩人パブロ・ネルーダは1950年代にイタリアへの亡命を余儀なくされている。だが、劇中のアレハンドロは父親が束縛しようとすればするほど、奔放に創作の世界へと打ち込んでいく。生きることに絶望していた親友の詩人エンリケ(レアンドロ・ターブ)には、「詩人なら、現実を異なる視点で見るんだ」という言葉で励ます。アレハンドロにとって詩の創作は、シビアな現実を見つめ、暗い未来を照らすための灯火でもある。ままならない現実社会から目をそらすのではなく、詩人として、そして映画監督として目の前に横たわる問題を咀嚼し、ワンステージ上の創作の世界へ押し上げていく。

やがてアレハンドロは、より広い世界とさらなる自由を求めてパリへ旅立つことを考え始める。でもフランス語が話せず、知り合いがひとりもいない異郷で果たして生きていけるのか。躊躇する若き日の自分自身の背中を、白髪姿のホドロフスキー監督が現われ、「生きることを恐れるな」と力強く後押しする。

生を祝福する赤い精霊たちと黄泉の国からの使いであるガイコツたちとが入り乱れて群舞するクライマックス。新しい世界へ旅立とうとするアレハンドロの前に、ずっと嫌いだった父親が立ちはだかる。「お前のことが心配だったんだ。家に戻ってきて、家業を手伝ってくれ」と息子アレハンドロを引き止めようとする。足元にすがりつく父親に対し、大人になったアレハンドロはこんな言葉を残す。

「父は何も与えないことで、私にすべてを与えてくれた。父は誰も愛さないことで、私に愛の必要性を教えてくれた」

アレハンドロ・ホドロフスキー監督は、不仲だった父親の存在を映画の中で受け入れることを果たした。家族という名の呪縛からようやく解き放たれたホドロフスキー監督。彼の冒険旅行はこれからまだまだ続く。
(文=長野辰次)

『エンドレス・ポエトリー』

監督・脚本/アレハンドロ・ホドロスキー 撮影/クリストファー・ドイル 音楽/アダン・ホドロフスキー 衣装/パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー
出演/アダン・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、ブロンティス・ホドロフスキー、レアンドロ・ターブ、イェレミアス・ハースコヴィッツ、フリア・アベダーニョ、バスティアン・ボーデンホフェール、キャロン・カールソン、アドニス、伊藤郁女
配給/アップリンク 11月18日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

11月22日(水)~30日(木)、渋谷アップリンク・ギャラリーにて写真展「菊池茂夫が撮るホドロフスキー」を開催。入場無料。

(C)2016 SATORI FILMS, LE SOLEIL FILMS Y LE PACTE
photo:(C)Pascale Montandon-Jodorowsky
http://www.uplink.co.jp/endless/

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