クッキングパパが家で料理をつくっていることを隠していたのはなぜか『グルメ漫画50年史』

エキレビ!

2017/10/19 09:45

1985年の連載開始から今年で33年目に入った、うえやまとちの漫画『クッキングパパ』(「モーニング」連載)。現在、京都国際マンガミュージアムにて「クッキングパパ展 旅する。食べる。料理する。」も開催中だ(会期は来年1月14日まで。途中、展示替えで閉場期間あり)。

『クッキングパパ』は、博多の一家庭を舞台に、サラリーマンの主人公・荒岩一味が、共稼ぎの妻に代わり家族で料理をつくる日常を描く一話完結型の作品だ。作中では登場人物が年齢を重ね、連載開始当時は小学2年生だった一味の長男も、いまや社会人となり、大阪に勤務している。


料理ができることを10年以上も隠し続けたクッキングパパ
当エキレビ!でもおなじみ杉村啓の新刊『グルメ漫画50年史』(星海社新書)によれば、男性が家庭で料理するという漫画には、ほぼ同時期に『バンザイお料理パパ』(話:東史朗、画:やまだ三平)があるとはいえ、『クッキングパパ』がほぼ元祖と言って差し支えないようだ。連載の始まった80年代当時は、まだ料理人以外の男性はあまり料理をつくらない時代だっただけに、そのコンセプトは画期的であった。

そのためなのか、照れ屋という設定なのか、じつは荒岩一味は、料理ができることを当初は隠していた。ふたたび『グルメ漫画50年史』を参照すれば、一味がそのことを周囲に公表したのは、1998年発売の単行本51巻でのこと。じつにスタートして13年が経ってからだった。それまでは、弁当も差し入れの料理も妻がつくってくれたように見せかけ、友人の頼みでテレビで料理をつくらなければならないときも、「ロックシンガーのデーモン・岩」や「コロッケ大王」に変装して出演した。

一味が料理をつくっていることを周囲に明かした1998年前後といえば、テレビ番組「SMAP×SMAP」(放送開始は1996年)の「ビストロSMAP」のコーナーで、SMAPのメンバーがゲスト相手に料理を振る舞い、そのレシピ本もベストセラーになった時期でもある。このころには、男性が家庭で料理をするということも、だいぶ一般的になっていたということだろう。

そうした風潮のなかで、『クッキングパパ』は料理をつくることそのものにも影響を与えることになる。その理由について『グルメ漫画50年史』では、作中に登場するレシピがすぐれていたからにほかならないと説明されている。近年、レシピ投稿サイト「クックパッド」への投稿をきっかけに一大ブームとなった「おにぎらず」も、元はといえば、1991年刊行の『クッキングパパ』の22巻に登場したものだという。

『グルメ漫画50年史』は、『クッキングパパ』だけでなく、多くのグルメ漫画を紹介しながら、それら作品が生まれた時代背景、人々に与えた影響などにもくわしく言及している。一冊通して読むと、1970年代から現在にいたるまでの日本人の食生活、食に対する意識の変化がよくわかる。

『孤独のグルメ』がドラマ化まで20年近くかかった理由
家庭で料理をつくる男性が珍しくなくなっていく一方で、料理人となる女性もしだいに増え、それまで「女は料理人に向かない」と言われてきた世の風潮も変わっていった。そうした変化を反映して、1990年代には漫画の世界にも、フランス料理の道に進んだヒロインの成長を描く槇村さとるの『おいしい関係』のような作品が登場し、働く女性を中心に支持を集めるようになる。女性が料理人として腕をふるう作品は、その後、2000年代に入ってからさらに増えていった。

女性料理人が主人公となる作品に続き、2010年代には、女性が料理を食べたりお酒を楽しむ作品が目立つようになった。『グルメ漫画50年史』では、その先駆けとして新久千映の『ワカコ酒』がとりあげられている。同作は、テレビドラマ化されたことも記憶に新しい。

もっとも、『ワカコ酒』のような作品が出てくる下地として、『孤独のグルメ』(原作:久住昌之、作画:谷口ジロー)の存在を外すわけにはいかない。個人で雑貨輸入商を営む井之頭五郎が、仕事で訪れる街々で、ふらっと店に入っては食事をし、その心情がモノローグで語られる同作は、2012年に松重豊主演でやはりドラマ化され、人気シリーズとなった。

しかし『孤独のグルメ』の雑誌連載が始まったのは1994年と、ドラマ化から20年近くも前である。それだけに、連載時を知る者としては、ドラマになると知ったときには正直「なぜ、いま!?」と思ったものだ。しかし、その理由も、『グルメ漫画50年史』を読んで納得した。そこには、従来恥ずかしくて隠すべきこととされてきた「一人でご飯を食べる」という行為が、この20年のあいだに徐々に受け入れられていった社会の変化があったのだ。

どんどん広がるグルメ漫画の世界
『グルメ漫画50年史』を読んであらためて感じるのは、一口にグルメ漫画といっても、さまざまな種類の作品が存在するということだ。とくに2010年代に入り、作品数自体が急増し(この年代に連載が始まった作品は400作以上になるという)、その内容も、もはや何でもありと言いたくなるほど多様化している。

なぜ、グルメ漫画はここまで増え、多様化するにいたったのか? 『グルメ漫画50年史』では、その理由として、「料理を扱っていればいいと考えると、バリエーションや応用範囲が広くなり、さまざまなジャンルと融合させやすいこと」「食事に縁がなかったり、嫌いな人はほとんどいないので、新規作品でも読ませるととっかかりが得やすいこと」などがあげられている。

グルメ漫画の幅が広がった背景としてはまた、先にあげたような「男子厨房に入らず」「女は料理人に向かない」「一人飯は恥ずかしい」などといった、それまで人々を縛りつけてきた固定観念が薄れ、食に関してさまざまな考えが受け入れられるようになったということも大きいのだろう。逆にいえば、それほどまでに日本人の食に対する意識はこの数十年のあいだに大きく変わり、多様化したということでもある。『グルメ漫画50年史』は、このほか多くのことに気づかせてくれる一冊だ。
(近藤正高)

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