『ドラがたり』が読み解く「社会のインフラ」となったドラえもんと、“のび太系男子”の功罪

日刊サイゾー

2017/4/17 23:30


 誰もが子どもの頃に一度は通り、そして大人になっても愛する心をどこかに持っている──それが『ドラえもん』だ。『ドラえもん』は、ダメなのび太とそれを助けるドラえもんの友情物語であり、2014年の映画『STAND BY MEドラえもん』のような泣けるコンテンツであり、そして現在新作映画『のび太の南極カチコチ大冒険』が公開中であるように、今の子どもたちにも愛される、世代を超えた名作である。

だが実は、そんな『ドラえもん』が全盛期だった頃に子ども時代を過ごした世代の男子には、恐るべき特徴があるという。このたび編集者・ライターの稲田豊史氏が上梓した『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)には、そんな鋭い見立てが詰まっている。「てんとう虫コミックスは全巻頭に入っている」という同氏が、この本で読み解こうとした“のび太系男子”の正体とは?

――3月に稲田さんが上梓された『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』は、『ドラえもん』をテーマにした、これまでにない切り口の書籍となっていますね。

稲田豊史(以下、稲田) 2015年の7月から「PLANETS」のメールマガジンで連載を始めたものですが、やっぱり『ドラえもん』は、作品論としても藤子・F・不二雄論としても、もう語られ尽くしてる。その中であえて語るとしたら、今だからこそ書ける『ドラえもん』論じゃないとダメだと思いました。僕も含めた今の30代から40代は、原作が一番元気だった頃の『ドラえもん』を共通原体験として育った世代です。そんな彼らに『ドラえもん』が自分たちに与えた影響をなんとなくわかってもらえたらいいな、というのが目的です。

この本には大きく3つの柱があって、ひとつは『ドラえもん』の作品論。もうひとつは、作者の藤子・F・不二雄論。そして3つ目が、今言った“のび太系男子”にまつわる世代論です。

――“のび太系男子”は、この本のサブタイトルにもなっていますね。日刊サイゾー読者のために、“のび太系男子”を簡単に説明してもらっていいですか?

稲田 リスクや責任を負うのが嫌で、「果報は寝て待て」みたいな考え方の人ですね。ダメな自分を恥ずかしく思って自己変革するんじゃなくて、ダメな自分をさらけ出すことこそが誠実で、「それでいいじゃん」って言ってしまうのが“のび太系男子”。のび太はたまに努力するんですけど、『ドラえもん』が日常を描く作品である以上、次の話ではまたダメ人間に戻っていて、結局は変わらない。それと一緒で、誠実で優しいことこそが一番の美徳で、いい年こいて「僕は繊細で弱いんだ」って言ってれば、いつかしずかちゃんみたいなマドンナが現れるに違いない……と思っちゃってるような人のことです。

――本書では30~40代男性、団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアに“のび太系男子”が多いと指摘されています。

稲田 僕も含めた、いわゆる「文化系男子」に限ってですけどね。共通して言えることとして、決断が非常に苦手なんですよ。だから、婚期が遅れがちな人が多い(笑)。

彼らのひとつ上の世代はバブル世代で、「早く結婚する奴は馬鹿だ」とか「もっと独身で遊べばいいじゃん」と言って享楽的にお金を使っている先輩や上司がたくさんいました。我々は直近の先輩である彼らをロールモデルにするしかなかったけれど、社会状況や経済状況が変化して、それは許されなくなった。それでも「趣味に生きるのは控えて、将来設計して、貯金して、結婚を考えよう」みたいな決断ができないまま、今に来てしまっている。

こうした精神性を決定づける上で一番大きかったのは、04年に『「のび太」という生きかた』(アスコム)という本が出たことです。あの本以降、「のび太って良いよね」と、のび太に同調する男性が僕の周りでもすごく多くなった。それ以前からも、のび太がいい奴に描かれている『ドラえもん』の傑作選がよく売れていたこともあって、のび太再評価の気運が土壌としてありました。

――00年頭あたりで、ヴィレッジヴァンガードのようなサブカル書店で『ドラえもん』の「泣ける話」といった傑作選がよく販売されていた印象があります。

稲田 そこでサブカル男子のプライドをうまくくすぐった側面もあるでしょう。自分が小さい頃に好きだったコンテンツが再評価されるのは誰だってうれしい。「『ドラえもん』を好きな俺が好き」って感じにもなった。

――「婚期が遅れている」ということですが、そんな“のび太系男子”の問題点とは?

稲田 う~ん……いっぱいあり過ぎますね(笑)。とりあえず、状況を切り開いていくファイトが弱い気がします。団塊ジュニア世代は人口も多くて、競争社会でずっと生きてきたから、いい加減疲れちゃってるんですよ。あとは、自分たちが割をくってるという意識が強い。すぐ上のバブル世代が甘い汁を吸ってるのを目の当たりにしてるのに、自分たちは吸えなかったから、被害者意識も強い。……という感じで、なんでも時代や社会状況のせいにしがち(笑)。

――“のび太系男子”しかり、本書では、『ドラえもん』を「未成熟な男子の欲望の物語」とも見なしています。では、現代社会における“成熟”とは、どういったものなのでしょう?

稲田 『ドラえもん』は、どこかに必ず「正解」が存在する世界だと思うんですよ。その「正解」を最短のプロセスで探すソリューションツールが、ドラえもんという22世紀から来たお世話ロボットです。ただ、“のび太系男子”が小さい頃、『ドラえもん』を読みふけっていた30年前なんかはまだそういう世界だったけど、今は集団や状況によって「正解」は違う。絶対的な「正解」が存在しない複雑な世界になってしまった。そうすると、「正解を探す」という考え方自体が、間違いなわけです。

そんな時代における“成熟”というのは、今の複雑な状況を複雑なままで受け止めて、その中で「どう快適に生きていくか」という、いわば“瞬間瞬間で息をするための技術”を見つけるということでしかない。そういうパラダイム・シフトを受け入れ、「今は昔とは違う世界なんだ」と認められる人が、成熟した人間ではないでしょうか。

――『ドラえもん』という物語の中では、まだ「正解のある世界」という共同幻想が生きていた?

稲田 『ドラえもん』は、藤子・F・不二雄先生が亡くなった96年に終わっている昔の作品ですからね。しかも90年代の新作は年1本の大長編がメインで、短編はぽつぽつしか描かれていない。みんなが知っている『ドラえもん』の日常話はほぼ80年代、つまり30年近く前に描き切られているんです。

だから、今を生きるのに『ドラえもん』は役に立たないはずなんです。『ドラえもん』は、もっとおとぎ話扱いしなきゃいけない。80年代に「コロコロコミック」(小学館)や単行本で『ドラえもん』をいっぱい読んでいた大人にとって、その頃の思い出や染み付いた価値観はなかなか抜けきらないので、厄介ですが……。

■ドラえもんは日本社会の「インフラ」だ!

――『ドラがたり』では、“のび太系男子”だけでなく、しずかちゃんを打算的な姫タイプの女子、ジャイ子をサブカル文化系の女子としても分析していますね。

稲田 “のび太系男子”と思しき読者の方からは「胸が痛い」という反響があって、そこまでは大体予想していたんです。でも、文化系女子としてのジャイ子の生き方について、「私もジャイ子でした」と共感してくれる女性がけっこういたのは意外でしたね。この本の中では、ひとつの語り口の方法というか、ある種の思考実験として文化系女子をジャイ子に見立てているだけですから、ジャイ子がすごくリアルに現代の文化系女子を表しているとは思わないんですけど。ともかく、男女問わずみんなジャイ子が大好きなんだな、というのはわかりました。

――“のび太系男子”や“ジャイ子系女子”だけでなく、うるさ型の『ドラえもん』好きからも反響はありましたか?

稲田 うるさ型の『ドラえもん』好き(笑)。ウワサによると、世の『ドラえもん』発言を常に巡回サーチしている“ドラえもん警察”っぽい集団もあるらしいのですが……。その人たちにはまだ見つかってないと思います(笑)。

そもそも僕は、『ドラえもん』は日本における最強のインフラだと思ってるんですよ。だって、こんなに全世代が内容も含めて熟知しているコンテンツって、他にないでしょう。「主要登場人物5人の名前は?」と聞かれたら、団塊世代も未就学児も、多分8~9割の人は言えると思う。『ドラゴンボール』やジブリ作品と比べても、図抜けた知名度です。『ドラえもん』は誰もが意識しないくらい、国民の生活に浸透している。それって、もはやインフラです。

誰もが日常で触れているインフラだけに、作品について僕より詳しい人は世の中にたくさんいます。それもあって、この本では「巷では言われているけど、検証されていないこと」はなるべく書いてません。たとえば、「ドラえもんの諸設定を考えたのは、当時チーフアシスタントだった方倉陽二さん」という話が流布していますが、どの設定が彼の手によるもので、どの設定がF先生も了解していたかは細かく確認できないので、言及しませんでした。極力、公式の原典にたどれるものについてだけ書きました。やっぱり“ドラえもん警察”が怖いんで(笑)。

――「『ドラえもん』はインフラになっている」という指摘は、興味深いですね。

稲田 面白いのは、世代によって作品の受け取り方がけっこう違うということ。これは長らく感じてました。だから、『ドラがたり』の第1章では、学年誌に掲載された同時期の作品を“水平”に、時系列順の作品を“垂直”にとって、『ドラえもん』の作品性をマッピングしています。アニメ版でも、観ていたのが(現在のアニメで声優を務める水田わさび版の)“水田ドラ”なのか、“大山(のぶ代版)ドラ”なのかでドラえもんに抱く印象が大きく違いますし、リアルタイムで原作を読んでいたかどうかでも違う。その他にも、ザワっとする章タイトルや見出しをぶっこんでおいたので、目次を見ただけで百家争鳴の議論が湧き上がると思います。結果的に、そういう本に仕上がって良かったです。

あと、絶対に言及したかったのは、「エコドラ」ですね。

■プリウスに東京メトロ……ドラえもんをめぐるイメージ

――エコ(環境問題)を呼びかけるドラえもんのことですね。本書を読むと、その部分は特に稲田さんの筆にも力が入っているのがわかります(笑)。

稲田 環境問題に傾倒した時期の『ドラえもん』が本当にイヤでイヤで。84年くらいからですね。“ぼくたち地球人”というスローガンを掲げて、お行儀が良くて、品行方正で……。極めつけは、大長編『のび太とアニマル惑星』でまるで“放射脳”化したみたいな、のび太のママです。あれは、ひどい。

「エコドラ」に対する嫌悪感をはっきり打ち出した書籍にお目にかかったことがなかったので、この気持ち悪さはどうしても書いておきたかったんです。読者の反響でも「私も嫌だった」って人がわりといて、うれしかったですね。F先生自身も、作品によってはエコに寄り過ぎたことをあとで反省してたらしいんですけど。

――そういったクリーンなイメージからか、近年でもドラえもんを使ったタイアップは盛んですよね。

稲田 (俳優を起用した実写CMの)トヨタはまあ、わかるんですよ。“のび太系男子”にそろそろ家族ができて、エコ色の強いプリウスをファミリーカーとして買わせたいってことなので。ドラえもん役の俳優にジャン・レノが起用されてますけど、“のび太系男子”は彼の主演した映画『レオン』(96年公開)が響く層でしょう(笑)。この世代の文化系男子は皆、ナタリー・ポートマンの演じた黒髪おかっぱの美少女・マチルダが大好きですからね。

昔は日産も、ラシーンという若者向けの車のCMで「新・ぼくたちのどこでもドア」と謳って、『ドラえもん』を起用していました。それが20年くらい前で、“のび太系男子”の一番上の世代が免許を取ったくらいの時期です。当時はまだ、大学生が車を買う発想があった時代でしたからね。

あとは今、東京メトロが『ドラえもん』を起用して「すすメトロ!」というキャンペーンをやってますが、イラストレーターが描いたオシャレクソなドラえもんが、個人的にはちょっと癇に障ります(笑)。普通に原作かアニメの絵でやればいいのに、なんでフラットデザインのオシャレ絵なんでしょうか、あれ。

――毒気の抜けたドラえもんですよね(笑)。

稲田 ドラえもんというキャラクターは、デザイン的にものすごくうまくできているんです。特にF先生による原作タッチ、円の組み合わせによるバランスは完璧で、時代を経てもぜんぜん古臭さを帯びません。また、原作とアニメのタッチは全然違うのに、青・白・黄・赤のカラーリングさえしてあれば、アイコンとして成立する。だからこそオシャレ絵にもアレンジしやすいし、アパレル展開なんかで女子受けするような方向性に持っていくのも、わかるんですけど。

実は今回、本に書こうと思って書かなかったのが、「文化系アラサー女子、『ドラえもんが好き』って言っておけばOK問題」です。ほら、「このキャラクターが好きな自分」を打ち出すアピールのやり方ってあるじゃないですか。例えば、『ムーミン』のスナフキンが好きだったら、「北欧にも目配せしてる自由人気質」。ディズニーキャラが好きなら、ちょっとマイルドヤンキー文化にも踏み込んだ「平和的なウェイ系」。サンリオのキティ好きなら、周りからどう思われようと「夢の国の住人」として全身ピンクを着まくるとか。でも、ディズニーとかサンリオ好きって公言すると、ディスられる可能性がありますよね、「サイゾー」みたいな意地悪なメディアに(笑)。

――稲田さんが「サイゾー」本誌の連載で言ってるだけですよ(笑)。

稲田 とにかく、「『ドラえもん』が好き」なら、全方位で安全なんです。思想的にも中立中庸でニュートラルだし、キャラとしての可愛さもある。さらに、原作に顕著ですが「実はちょっと毒がある」みたいなマニアックなアプローチもできる。そういった深い戦略を踏まえた“ドラえもん好き女子”が、世には結構いるわけですよ! だから、郵便局で『ドラえもん』グッズを売り出せば飛ぶように売れるし、(劇場版最新作の)『のび太の南極カチコチ大冒険』にも若い女子が乗っかれる。身につけてもギリギリ恥ずかしくないキャラとしてのドラえもん。そうやって一大マーケットができているんですよね。

■“虚淵ドラ”だっていいじゃないか! 今後の大長編

――今、話にも出ましたが、『南極カチコチ大冒険』はいかがでしたか?

稲田 公開直後、ネット上では「クトゥルフ神話っぽい」といった絶賛の意見もよく見られましたが、すみません、僕としては「普通」でした(笑)。偉そうにごめんなさい。もちろん、時間ギミックのアイデアは良かったし、パオパオの登場や『のび太の魔界大冒険』を彷彿とさせるミスリードといった、オールドファンがぐっと来る仕掛けも良かった。導入部はそこそこに、物語がすぐ動き出すなど、子どもたちを飽きさせない工夫もできていました。

でも、原作のない映画オリジナルの『ドラえもん』は、脚本家の力量でもっとぶっ壊してもいいと思うんです。アメコミだってそうでしょう。何十年も前に誕生して、描き手がどんどん変わって、新しい要素や時代性を作品に取り込んだ結果、新規の読者を常に獲得しています。見た目が大きく変わったとしても、最低限の世界観さえ守っていれば、『バットマン』や『スパイダーマン』を名乗れる。それこそ『ドラがたり』にも書いたように、「大長編ドラえもんコード」(大長編の『ドラえもん』を成立させている要件)さえ守っていれば、誰がどう書いたって長編の『ドラえもん』になるんです。

『ドラえもん』は、05年の声優リニューアルで確実に20年は延命したと思いますが、これからさらに延命させたいのなら、新しい脚本家をどんどん起用していけばいいんじゃないでしょうか。それこそ、虚淵玄さんが脚本の映画『ドラえもん』を観てみたい。個人的には、ドラえもんの動力源が原子力だってことをネタにした作品ができると面白いのになと。「体内の原子炉がメルトダウンして、さあ大変。ドラえもんが販売元からリコールされちゃう!」みたいな。

――最後に、これを読んで久しぶりに『ドラえもん』を読み返したいと思った「日刊サイゾー」読者に、オススメの『ドラえもん』エピソードはありますか?

稲田 やっぱり、大長編の『のび太の魔界大冒険』かな。オールド世代にとって不動のナンバー1・2は、『魔界大冒険』と『のび太と鉄人兵団』。異論は認めん(笑)。

『魔界大冒険』がすごいのは、伏線とその回収です。最初に登場した謎が、その1時間後とかに、小学校低学年が見ても理解できるよう、きっちり解ける。SFのプロットとして図抜けた完成度の高さが魅力です。さらに、「タイムマシン」や「石ころぼうし」といった、ドラえもんの道具の万能性が破られる恐怖もすごい。敵のメジューサからはタイムマシンでも逃げられない。時間を超えてのび太とドラえもんを追跡してくる。このくだりが最高にホラーだっていう意見は、本当に多いんですよ。しかも、『魔界大冒険』は、しずかちゃんのスカートめくりで物語が動き出して、スカートめくりで終わる(笑)。エロスもアドベンチャーも全部入り。完璧です。

原作の大長編『ドラえもん』は、単行本たった1冊分なので、大長編というよりは中編ですが、この短さでアドベンチャーの起承転結が過不足なく描かれています。この見事な構成技術は、僭越ながら僕がものを書いて商売していく上でも、とても役に立っているんですよ。何分くらいで読めるものを、どういうスピード感で語るのが一番快適か。そういうのを小学生のときから感覚として刷り込んでくれたのが、F先生の初期の大長編です。今、読み返してもコマ運びにまったく無駄がない。大河ドラマを得意とした手塚治虫とはまた違った、中短編で光るウェルメイドの素晴らしさが、藤子・F・不二雄作品にはあると思っています。(構成=須賀原みち)

■稲田豊史(いなだとよし)1974年、愛知県生まれ。編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経てフリーランスに。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論2012-2015』(サイゾー)など。

当記事は日刊サイゾーの提供記事です。

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