【東京モーターショー15】三菱の戦後はジュラルミン製の自転車製造から始まった!?

clicccar

2015/11/5 16:33


10月29日の8:00から(実際は少し遅れて)東京ビッグサイトの会議棟、7Fにある国際会議場で開催された「Mobilityscape Tokyo 2015」。

国内外のプレス向けのイベントで、登壇者は、日本自動車工業会の会長でホンダの会長でもある池 史彦氏、日産のCCO兼副会長の西川廣人氏、トヨタの豊田章男社長、三菱自動車の相川哲郎社長、マツダの小飼雅道社長。

外国のメディアも来場しているということで、日本には(日本車)軽自動車から登録車まで、2万ドルで買えるクルマがこれだけあるというアピールもありました。

さて、日本自動車工業会の正副会長5人が集まり、豪華なトークセッションが開催されたわけですが、その前に出席した5メーカーのトップが創業(前後)の由来やどんな事業をしてきたのか自社紹介するシーンがありました。

なお、テーマは「日本のモノづくり」、「未来のモビリティ」というものでこちらは別の記事でご紹介します。

司会の久保純子アナウンサーから最初に指名された三菱自動車の相川社長は、「三菱は1970年に三菱重工業から分離・独立し、1917年に初めて三菱A型を作り、これが初の量産乗用車で、4年間で22台作ったそうです」。

さらに続けて「戦後は飛行機を作ることもなくなり、戦争中に飛行機を作っていた技術者が集まって自転車を作りました。飛行機の技術者が作っただけあってジュラルミン製で、軽くて丈夫で戦後のスタートになりました。1960年に作った三菱500は国民車構想に則ったもので、こちらも飛行機の技術者が作ったため当時としては珍しく、風洞実験がされています。それ以来、デザインと風洞実験を一緒に行うというのが三菱自動車の流れになっています」と語っています。

知っているようで知らないエピソードが各自動車メーカーのトップから出てきましたので、残り4社の話もこれからご紹介していきます。

(塚田勝弘)

画像付き元記事はこちら:【東京モーターショー15】三菱の戦後はジュラルミン製の自転車製造から始まった!?(http://clicccar.com/2015/11/05/337792/)

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