全国に避難する富岡町民に繋がりを届ける「おだがいさまFM」【「RADIO FRIENDS~つながるラジオ~」第50弾番組レポート】

RADIO FRIENDS

首都圏のラジオ局が放送局の垣根をこえて協力し、東日本大震災被災地のコミュニティFMや臨時災害放送局を支援するプロジェクト「RADIO FRIENDS(ラジオフレンズ)」。2011年9月から毎月1回のリレー方式で特別ラジオ番組が放送されています。

10月29日には、Fm yokohamaで毎週月~金曜日12時から放送の「E-ne!~Good for you~」内にて、メモリアルとなる第50弾番組が1時間半の拡大版でオンエアされました。

Fm yokohamaからは同番組パーソナリティのMITSUMIさん、J-WAVEからは毎週金曜日朝6時から放送「JK RADIO TOKYO UNITED」で「WORDS FROM THE FIELD」のコーナーを担当しているラッパーのGAKU-MCさんが登場。「いま私たちにできる事」をテーマに番組が展開されました。

■東北の被災地に明かりでメッセージを届ける「アカリトライブ」

GAKU-MCさん(以下、GAKUさん)は東日本大震災の復興支援として、被災地に全国からのメッセージを届ける「アカリトライブ」というイベントを毎年開催されています。

これは2011年の震災発生後、「自分達として何かできることはないのか?」ということから始まったイベントだそうで、日本全国、さらには世界の様々な国や地域でキャンドルホルダーにメッセージを書いてもらい、集まったキャンドルを1年に1回東北に届け、そのキャンドルの明かりでライブを開催。そして、東北の皆さんにそのメッセージを持ち帰っていただく、というものだそうです。

「震災が起きてすぐの時は『節電しましょう』という流れもあったので、すごくいいタイミングでキャンドルと出会えたなと思います」と、GAKUさん。

今年2015年も9月12日の「ふくしまアカリトライブ」をはじめ、6月25日には東京国際フォーラム、10月11日には熊本城で「アカリトライブ」を開催。

「やっぱり皆さんが共通して言われるのは、『何か自分でもしたいけれど、どうやったらいいのかわからない』ということ。そこへキャンドルホルダーを持っていって僕らがライブをやって、そこで『メッセージ書けるんだ、じゃあ参加する』ということで沢山の方がね。この間も4500人ぐらいの方が来て下さって、すごくいい時間でした」と、思いを語ってくれました。

そのGAKUさんの思いに様々なジャンルのアーティストが賛同し、先日の熊本城のライブには、地元出身のアーティスト東田トモヒロさん、GAKUさんの後輩でもあるラップグループHOME MADE 家族が参加。

「いろんなアーティストの繋がりが僕自身の音楽活動にもすごいプラスになっていて、『何かのためになればいいな』と始めたイベントですけれども、僕自身もいろんなところから力をもらっているっていう、そんな感じですね」と、GAKUさん。

今月11月25日にリリースされる最新マキシシングル「LIFE IS A JOURNEY」には、東京国際フォーラムで開催された「アカリトライブ」のライブ音源も収録されているそうで、番組でもその中から数曲紹介してくれました。

■全国に避難する富岡町民に繋がりを「おだがいさまFM」

番組の前半は、福島県郡山市にある富岡町臨時災害FM「おだがいさまFM」のスタッフでパーソナリティも務める、富岡町社会福祉協議会の吉田恵子さんが電話にて出演。富岡町の現状と今後についてお話ししてくれました。

現在も富岡町は原子力災害で全町民避難している状態のため 、本拠地を郡山市に構えている「おだがいさまFM」。震災発生後、2011年3月16日から福島県郡山市にある「ビッグパレットふくしま」が富岡町の避難所となり、そこでミニFMを立ち上げたことがきっかけとのこと。

「皆に元気を届けたい」「富岡町を忘れないでいてほしい」「声と電波で繋がってほしい」という思いを込めて立ち上げられ、ちょうど1年後の2012年3月11日には正式に総務省から許可が下り、臨時災害放送局としての放送がスタートしたそうです。

「震災後、ラジオの力というのが非常によくわかりまして、聴いていらっしゃる方に問いかけをして寄り添えるような、テレビとは違う魅力があるということがすごくわかりまして、非常に良いものを立ち上げたな、と思っております」と、吉田さん。

「おだがいさまFM」は、郡山市仮設住宅の高齢者サポート拠点の中にある約6畳のスタジオから放送されているそうで、スタジオ内には開閉できる大きな窓があるので、見に来てくれた町民の方達とお話をしながらラジオを進められる、まさに地域密着型の放送局になっているとのこと。

「おだがいさまFM」」の名前の由来は「お“た”がいさま」。本来、富岡町でも「おたがいさま」と発音するようなのですが、支援に来て下さった会津の方から「おめえ、福島だったら『お“だ”がいさま』だっぺ」と言われたことで「おだがいさま」になったとのこと。

実際、「お“だ”がいさま」で検索すると一番上に出てくることもあり、「未だに言いづらいのですが、結果としては良かった」と、吉田さんは話していました。

開局から間もなく4年。富岡町の町民にはもちろん、郡山で電波を出しているため郡山市民にも愛されているという「おだがいさまFM」。「富岡の臨時災害FMなので富岡の話題が主なのですが、なぜか郡山市の方が聞いて下さっていて、12時になると町民歌が流れるんですが、町民歌を歌える郡山市民がいっぱいいるのに驚きました」と、その愛されぶりを語ってくれました。

実は今年の夏、富岡高校サッカー部の選手と試合をされたというGAKUさん。GAKUさんがMr.Childrenの桜井和寿さんと共に立ち上げた「MIFA(Music Interact Football for All)」という団体で、「何か福島で皆さんと繋がることないかな」というところから「福島でサッカーやりたいよね」という話で始まった企画。仲間の元日本代表選手たちに声をかけ、「どうせやるんだったら強い学校とやりたいよね」ということで、富岡高校サッカー部との試合が決まったとのこと。

実際、富岡高校は今年の県大会でもベスト4に残る強豪校で、試合の結果は1対1の引き分けだったとのこと。「最初に先制されて、『高校生に元日本代表の選手が負けたらいかんぞ』とすごい必死で。最終的にゴン中山さんがヘディングで1点取って無事引き分けになって。僕も必死で一列目からディフェンスしましたけれど、とてもいい時間でした」と、GAKUさんは試合の様子を振り返っていました。

東日本大震災から4年半。除染は進んでいるものの、やっと先日一部の水道が開通したというのが富岡町の現状。国の方では2017年の3月には避難解除をしたいという話になっているようですが、「富岡町の中にはまだまだ帰還困難区域というところがあるので、その辺はどうなのかな、というのもあります」と、吉田さん。

一方、郡山をはじめ、全国に避難されている方々の中には、復興住宅に移り住んだり、自主再建で自宅を建てて生活している方も増えているとのこと。

富岡町から神奈川県に避難されている方も実は多いそうで、最新の情報では、1万6000人弱の富岡町の人口の中で神奈川県に避難されている方が399人とのこと。その神奈川県でも様々な復興支援プログラムがあり、江の島では毎年4月の後半に、富岡町をはじめ、郡山市に避難している住民の方々を招待して皆でフラダンスを楽しむ「1000人フラ100人ウクレレ」というイベントを開催しているそうです。

避難されている方々が主体となっている富岡町のフラチーム、なんと平均年齢が76歳とのこと。「これがまた見事に踊るんです。ぜひ、お近くの方は観に行っていただけると嬉しいです」と、吉田さん。

今後必要とされていることとして、吉田さんは、「5年経つということで、『もうとっくに復興しているんじゃないか』と考えている人が非常に多いと思うのですが、『まだまだ避難生活をしなければいけない状況である』ということを知っていただきたいのと、やはりこちらの方に来ていただいて、いろんな福島の状況をいろんな人から聞くというのも一つの支援かなという風に思います」と、言及。

また、「おだがいだまFM」としての支援の形としては、「富岡町の臨時災害FMは10ワットで郡山市に普通にラジオ局として放送されていますが、 全国に散らばっている住民の方も町が配布しているタブレット端末機で生放送とアーカイブを聞くことができるので、富岡を懐かしむ方言でしゃべること、それと富岡の人をバンバンゲストに出して、その人の個人情報を本人にしゃべってもらうことをしていきたい」とも。

「欲しい情報は公的な情報よりも身近にある情報だということがよくわかったので、これからも繋げていきたいなと思います」と、最後に吉田さんは締めくくってくれました。

実は、「おだがいさまFM」に行ったことがある、とインタビューの後にポロっとこぼしたGAKUさん。 「さっき言えば良かった」と言いながら、「ここでライブをしたんです。本当に地域の方達が沢山集まってきてくれて。置かれた状況はいろいろありますが、『前向いていったろー』っていうね、すごい活気溢れた場所となっていました。だから、まだそれがちゃんと機能して皆のためにハブとなって進んでいるということを今日聞けて、僕もとっても嬉しかったです」と、感想を述べていました。

■被災地に笑顔を届ける「笑顔プロジェクト」

番組の中盤には、プロカメラマン、ヘアメイク、モデル、タレント、プロスポーツ選手の皆さんが中心となって、東日本大震災の被災地に笑顔を届ける活動をされている、NPO法人「笑顔プロジェクト~つながろう東日本~」からプロカメラマンの大森文暁さんがゲスト出演。プロジェクトの活動内容についてお話してくれました。

「笑顔プロジェクト」では、2011年3月11日の東日本大震災後、被災地に笑顔を届ける活動として、プロのカメラマンやヘアメイクの方達が東北沿岸部の避難所や仮設団地を中心にのべ200カ所以上で笑顔の写真を撮影されてきたといいます。震災当初は思い出が無くなった方々へ写真をプレゼントする活動だったそうですが、現在は地元のNPOや自治体と連携して、心のケアやコミュニティ作りのサポートも行なっているとのこと。

北は岩手県の野田村、南は福島県のいわき市まで範囲を広げ、1カ所に拠点を置くのではなく広い範囲で活動。支援が少ない場所や来てほしいと依頼を受けた地域を重点的に回っており、先日も10月10日、11日に気仙沼、陸前高田で沢山の笑顔を撮影されてきたそうです。

元々、宮城県気仙沼市出身である大森さんは、2011年の5月に「笑顔プロジェクト」がスタートした当初から活動に参加。現地での撮影会のスタイルとしては、地元のお祭りや仮設住宅の集会所の中で撮影会をするという形で行なっているとのこと。

「大森さんの撮る写真って本当に、カメラを向けられた皆さんの顔がやさしいんですよね」と、 MITSUMIさん。それを受けて大森さんは、「やっぱり、いきなりカメラ向けられると緊張されるので、少しずつお話していきながら、その瞬間だけ本当に逃さないようにという感じでやっています」と、撮影の際のポイントを語っていました。

中でも、MITSUMIさんが特に印象的な1枚と語っていたのが、結婚式の和装に身を包まれたお二人が、もう背景は何もなくなってしまったような場所で撮られているという写真。これは気仙沼市で撮影された大森さんの同級生の写真だといいます。

「本来であれば、結婚式の予定が震災翌日の3月12日だったんですね。そこから連絡が取れなくなってしまい、結婚式どうするのかなと思っていたら、2013年にやっと連絡が来て、写真を撮ってほしいと依頼がありました」と、大森さん。背景の景色も「本来は住宅がびっしりで、海が見えないくらい建物が建っていた場所だった」と、語っていました。

このような「笑顔プロジェクト」の活動が様々な活動にも繋がっているそうで、復興庁の夏のボランティア促進キャンペーン「東北ボランティアに行こう」のポスターや、陸前高田市のプロモーションビデオ等も手がけられているとのこと。

「支援活動の中で知り合った人達の繋がりが広がってお仕事をいただいたりしているので、本当にありがたいことだなと思っております」と、大森さん。

2011年の5月から現在まで活動を続ける中で、同じ場所に行って同じ方の写真を撮る場合もあったとのこと。その際に感じた皆さんの心情の変化について大森さんは、「やっぱり人によってバラバラなんですけれども、未だに仮設に住んでこの先どうなるのかなっていいながら写真撮られる方もいらっしゃいますし、近所に家が建って家族と一緒に住んでいるんです、って笑いながら撮られる方もいらっしゃるんですけれども、それぞれのペースに合わせて撮っていきたいなとは思っています」と、言及していました。

今後の「笑顔プロジェクト」については「特に活動予定としてはないのですが、基本的に『呼んでいただければどこにでも行きますよ』というスタンスなので、ぜひぜひお気軽に呼んでいただければと思います」と、締めくくってくれました。Facebookの公式ページでは、活動状況をはじめ、大森さんが撮影された笑顔の写真の数々も見られるとのことです。

■Jリーグと自治体が笑顔の協定 「高田フロンターレスマイルシップ」

番組の後半は、「E-ne!~Good for you~」のフィールドレポーター、ホズミンこと穂積ユタカさんが川崎市幸区にて現地インタビューをお届けしてくれました。インタビューゲストとして、川崎フロンターレの天野晴果さんが登場、東日本大震災後の支援活動についてお話ししてくれました。

川崎フロンターレのプロモーション部部長としてユニークな企画を次々と打ち出し、親交が深いというGAKUさんも「名物」と呼ぶ天野さん。東日本大震災後から続けている支援活動がさらに大きな実を結び、震災から4年半の月命日にあたる9月11日には、川崎フロンターレと陸前高田市が「高田フロンターレスマイルシップ」という名前で友好協定を結び、 記者会見が行なわれたとのこと。

「Jリーグのクラブと自治体が協定を結ぶというのはすごく珍しい例なんですけれども、支援する、それを受ける側というだけではなく、今後はお互いがお互いの支えになって、励みになって、お互いが笑顔になれるような関係をさらに強化していきましょう、という笑顔の協定ですね」と、天野さん。

実は川崎フロンターレ自体は、それまで陸前高田市とは縁もゆかりもなかったとのこと。きっかけとなったのは川崎フロンターレが作成している算数ドリル。震災の津波で教材が流されてしまったことで、陸前高田の先生から川崎の小学校の先生に連絡があり、その先生が川崎フロンターレに算数ドリルを支援してもらえないかという依頼をし、陸前高田市の子供たちに届けたところからスタートしているそうです。

最初に陸前高田市の子供たちに会った時に、「川崎ってどこだかわからない」と言われてしまった、という天野さん。川崎フロンターレと川崎をきちんと知ってもらいたいということで、まずは選手が陸前高田市に行ってサッカー教室をすることからスタート。その他、「川崎修学旅行」という名前で陸前高田市の人を招待するイベントも年に1回開催しているとのこと。

実際に川崎を訪れた陸前高田の皆さんの様子について、天野さんは、「まず、高いビルがなかなか陸前高田市にはないので、その都会っぷりにすごいびっくりします。ただ、フロンターレはすごくあったかいサポーター達なので、すぐに意気投合して皆仲良くなって、ありがたいことに今ではサポーターとして強く応援してもらっています」と語っていました。

Jリーグ今季最終戦にあたる11月22日には、「陸前高田ランド」という名前で物産展を開催するとのこと。陸前高田の美味しい物産をフロンターレのサポーターの皆さんに楽しんでもらい、それを食べることで販路の拡大等に繋がれば、という思いで企画されたそうです。

そして、来年2016年の夏にはさらに大きいイベントも開催されるとのこと。来年は川崎フロンターレの20周年、また、震災から5年という一つの節目の年になるということで、陸前高田市と川崎フロンターレとの合同で「高田スマイルフェス2016」というイベントを陸前高田市の中にある天然芝のグランドの上で開催予定、現在準備を着々と進めているそうです。

「フロンターレの選手が行って、ガチの試合を高田市内でやろうという、今、夢のある計画をやっていますので、ぜひ、皆さん来ていただきたいです」と、天野さんは締めくくってくれました。

そして、「アカリトライブ」をはじめ、これからも様々な活動を続けていかれるというGAKUさんが、「全ては、今日のラジオのタイトルじゃないですけど、『つながる』ということなんじゃないかと、改めて思いました」と、番組の最後を締めくくってくれました。

*お知らせ「RADIO FRIENDS」では、被災地コミュニティFMと臨時災害放送局を支援するため、「赤い羽根の中央共同募金会」が実施している「災害ボランティア・NPO 活動サポート募金2(ボラサポ2)」へ募金も呼びかけています。

RADIO FRIENDS(PC版サイト)
http://www.radiofriends.jp/
赤い羽根共同募金「ボラサポ」ページ
http://www.akaihane.or.jp/er/p3.html

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