バカリズムの"無名時代"に感嘆の声

Yomerumo編集部

2015/3/30 05:48


3月29日深夜、『無名時代』(フジテレビ系)が放送されました。

この番組は、今では誰もが知る人気者の「無名時代」を巡る回想録で、過去にも一度放送されています。(ゲスト:ピース
そして2回目となる今回のゲストはバカリズムでした。

1994年4月に福岡から上京してきた18歳のバカリズム(升野英知)は「夢と希望に満ち溢れていた」と語っていました。

当時、住んでいたという家賃3万円・風呂なしアパートに行くとあまりの懐かしさに「泣きそうになりますね」と漏らす場面も。

上京の目的は、日本映画学校(現在の日本映画大学)に入り芸人になることでした。
憧れていたウッチャンナンチャンが卒業した学校であることから決めたようですが、 他のお笑い養成所とは違い、お笑いを目指す人がそれほどいない中で本気でやれば才能があるように映り、
マセキ芸能社(所属事務所)とのパイプもあることから、「近道」だと思ったというバカリズムらしい本音も。

コンビ結成当時の自らのネタ(コンビ)を見た場面では「若い」「ネタがヒドい」「他と変わったことやんなきゃという心意気は分かる」と思わず苦笑いしながらも冷静に分析。
当時の学校の先輩談では、面白くないものを見たり面白く無い場にいると手のひらに蕁麻疹(じんましん)ができるくらい、「面白くない」「スベる」ということが大嫌いだったそうです。

ネタ作りのこだわりも話していました。

それによると、まずカタチから入り「俺は作れるんだ」と錯覚させるそうです。当時はファミレスでしたが、今でも作業場を借りて、いかにもクリエイティブなものが産まれそうな雰囲気に身を置くという「カタチから入る」部分は変わらないようです。

当時はネタ合わせも、若手芸人にありがちな「公園で立って」などは決してやらなかったそうです。下積み感が嫌だったとのこと。
また、同級生などが公園などでネタ合わせしている姿は「やっていることに酔いたい」「頑張ってる自分に酔いたい」からやっていると映っていたそうです。

その後、プロとして舞台に立つようになりますが、一緒にライブなどに出ていた人はみんな尖っていてお互いスカしあっていたようです。
また、何か新しいことをやりたいという同じ想いを持っていた、ふかわりょうとはかなり仲が良かったようで、ふかわを初めて見た時は絶対売れると思ったとも。
そんな当時、別の事務所ライブにゲストで出た時、自信のあるネタだったのに全く受けず、その現実を受け入れることを拒否し、途中で舞台を降りてしまったこともあったと語ります。

そのまま、陽の目が当たらず2000年にはバナナマン日村勇紀宅での同居生活が始まったそうです。この時は、お互い卑屈でTVなど見ても悪口ばっかり言っていたそうです。

しかし、そんな同居生活もバナナマンが徐々に売れ始め解消。また苦しい一人暮らしが再開しました。

そんな、苦しい生活の中で付き合っていた女性の話も出ました。銀行員の女性で唯一の味方と感じていたそうです。
最低限、バイトで稼いでくれればいいと言っていた女性ですが「面白くなくなったら別れる」とも言っていたそうです。 そんな彼女に、お金が無いためプレゼントなどができなかったバカリズムは、イラスト等を書いた「引換券」を作り、自分にお金が入ったら欲しいモノを言ってくださいと渡していました。
当時のバカリズムにとって、この女性はかなりの支えだったことが伺えます。

また、カラオケ店でバイトしていたバカリズムですが、ネタ作りやライブの打ち合わせも、つい最近までそこでやっていたようで、当時の店長にはすごくお世話になったということで、今も単独ライブの最後のSpecial Thanksのクレジットには、その店長の名前を入れているとのことです。

そんな中、30歳を迎える2005年にピンになったバカリズム。あくまで解散ではなく相方が脱退ということで「バカリズム」のままやっていくことになりました。

そして、ピンになって3ヶ月で見事R-1の決勝に進出し、4位に。
この時のネタがあの「トツギーノ」でした。しかし、ホントは別にやりたいネタ見せたいネタがあったそうです。
そのネタとは「ビデオデッキに局部を挟んでしまった男」という一人コントでした。 本人としては迷っていたそうですが、東京03豊本明長に相談したところ、「あのネタをやると使いにくい、テレビ的でないというイメージになる。チャンスだからここは一回大人になって…」と言われ、「トツギーノ」にしたそうです。

そこで結果を出したバカリズムでしたが、R-1以降「トツギーノ」をやりたくなかったそうです。
そして、芸名が「トツギーノ」だと思われることも多くなり、いよいよ「これはヤバい」と思ったバカリズムは結婚式の営業で「トツギーノ」をやった後、あの絵を全部、結婚式のお客さんに配り、もうできないようにしてしまったそうです。

この頃から、テレビ出演も多くなり徐々に"無名時代"を抜け始めます。

そして、2009年さらなる大きな飛躍となる大喜利番組「IPPONグランプリ」(第一回)に出場します。
そうそうたるメンバーの中、見事に優勝を飾り、以降の活躍へとつながります。

現在、超売れっ子の状況にあるバカリズムですが、プレッシャーは大きいようで「面白いと思われなければ、知られても意味は無い」と語ります。これは「全員に面白いと思ってもらいたい、今はその対象が増えた」ことからのプレッシャーのようです。

今回、"無名時代"を振り返ってきたバカリズムは、ずっと周りの人に「面白いね」「自信持っていいよ」と言ってもらえたことが、大きかったと語っていました。

そして、最後に"無名時代"の自分には「もうちょっと、ニコニコした方がいいよ」と言ってあげたいそうです。

バカリズムの"無名時代"にネットは

無名時代。いいなー。

無名時代見てたらなんかいろいろ考えちゃって、気づいたらめざにゅ~じゃなくて、めざましテレビアクアが始まったからいよいよ寝ないと相当ヤバい。とりあえず、無名時代を見てとてつもなく感動したことは間違いない。

無名時代面白かった。 あたしも頑張らなきゃって思った。勇気もろた。

今日の無名時代で、昔の自分にもっと笑え的なお話してたのを見て。 私はオンバトくらいからしか知らないのだけど、確かに淡々とした印象が強くて、升野さんの笑顔を何かの番組で見た時に一撃必殺をくらったような衝撃を受けた記憶が。 笑顔最強。 録画しておけば良かった…何回も見たかった。

やっぱり無名時代って大変なんだな…バカリズム凄いわ。

感動ととても刺激を受けました!!!


『無名時代』ブラボーォォォヽ(=´Д`=)ノ バカリズムさんは面白くない物を見ると手にじんましんができるヽ(=´Д`=)ノ 最後の「有名時代」VTRが「渋谷の女子高生に可愛いと言われるバカリズム」だったのがすごく良かったヽ(=´Д`=)ノ


バカリズムさんの「無名時代」面白かった。 番組の内容、構成もそうだけど、BGMが自分の好きな曲ばかり。自分の好きなものがこういう風にふと繋がるときの幸せたるや。


『無名時代』よかった!


バカリズムの「俺の発想すごいでしょ、面白いでしょ」感が鼻に着いて、最近ちょっと嫌いだったけど、彼の無名時代から現在までのドキュメンタリー見たら少し涙出た。


無名時代ってやつみてたらバカリズムがかっこよく見えてきた


こういう番組やられると、自分がずっとお笑いすきでよかったって思える。(


無名時代良かった。サニーデイで始まり星野源で終わるセンスも良かったし、バカリンが終始まじめに語っててそこも良かった。保存盤。



と、多くの人がバカリズムと番組自体にも「良かった」と感嘆の声をあげていました。

今では、若い子に「カワイイ」とも言われるバカリズムですが、今後もどういった発想や世界観をみんなに魅せてくれるのか楽しみですね。

(担当・ミヤヤシキ)

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