3年半ぶりの台湾旅行記6回目は、急な思いつきで始めた鉄路で台湾一周旅の2つ目の下車駅、羅東(ルオドン)の話。
普通の観光客がなかなか行かない街で夜市を目指したが……。
■初めて降りる羅東駅
台湾を一周しようと決めたものの、途中、どこで降りるのか、とこに泊まるのか、なにも決めていない。
温泉地・礁溪(ジャオシー)は何度か滞在したことがあるので、未踏の駅で降りてみたい。そんな好奇心から、羅東という駅を選んだ。礁溪から少し南下したところだ。
台湾に住んでいた頃からよく耳にする地名だったが、具体的にどんなところなのかはわからない。
礁溪で知り合った台湾人は、「羅東は夜市が有名」と言っていた。
■デジタル? アナログ? 野中の不思議な宿体験
アプリで羅東駅のそばの宿を探すと、当日はやはり空室が少ない。しかも、駅周辺はどれも料金が高めだ。
今回の旅は物価高と円高の影響で安旅が難しいとは予想していたが、それを痛感したのは宿だった。
数年前までは1泊4000円で清潔感のあるシンプルな宿に泊まれたが、今は同じレベルの宿を探すと5000円~6000円はする。
羅東で見つけた民宿は駅から徒歩15分ほど離れていて、周りにはコンビニもない不便な立地だった。
アパートの4部屋ほどを宿として活用しているので、ホストは常駐していない。スマホに通知されるパスワードで入室する。
デジタル化されていると思いきや、支払いは退出時にキーボックスに現金を入れろという。
デジタルとアナログの思わぬ共存に笑ってしまった。
部屋はバス・トイレ付きだが、ちょっとホコリっぽい感じがした。5000円出してこれくらいか……。ハズレかも。
■夜市は不発
羅東に着いたのは夕方過ぎ。夜市が賑わっている時間帯だったが、温泉に入ったり移動したりで疲れていたのだろう。
宿に着き、ちょっとベッドで横になったのがいけなかった。目が覚めたらもう夜の11時を回っていたのだ。
しまった! 夜市に行くはずが、寝過ごしてしまった。
近所に何か買いに行こうかと玄関を出たが、暗い夜道が続いているだけで周りに飲食店はなさそうだ。
美味しい途中下車の旅なのに、この日は空腹のまま眠ることになってしまった。
■翌朝は空腹で5時起き
夕方から寝てしまったせいで、翌朝は5時に目が覚めた。すでに明るくなっていたので外へ出ると驚いた。
民宿の前には川が流れており、田んぼの稲穂がゆらゆらと風に揺られている。
その向こうには赤い廟が見え、おじいさんが一人腰掛けて新聞を読んでいる。なんてのどかな朝だろう。
すっきりとした頭で、今回の旅は毎朝ランニングしようと決めたことを思い出した。
稲穂を眺めながら、川沿いをゆっくりと走る。亜熱帯の台湾だが、雨上がりの5月の早朝はすがすがしい。時折、散歩をするおじいさんや犬とすれ違う。
礁溪でカモ肉を食べたのが最後なので、おなかは空っぽだ。走りながら考えた、朝ごはんは何にしようか?
■朝市で豆乳と初体験の香椿餅
羅東夜市に行けなかったのは残念だが、台湾には朝市がある。特に地方都市の朝市は意外性があっておもしろい。
シャワーを浴びてすっきりしたあと、小銭を持って朝ごはん探しに出かけた。
北投の朝市では魯肉飯など重めのものを食べたが、本来の台湾らしい朝ごはんはやはり豆漿(豆乳)である。
宿から15分ほど歩き、羅東駅を通り過ぎると商店街が見えてきた。
スマホのマップを頼りに豆乳店に目星をつける。すると、道端に何やら人だかりが。スマホを見ても、その場所に豆乳店のアイコンはない。
けれど、そこは明らかに店舗型の豆乳店で、店の前に置かれた屋台に10人ほどが並んでいる。
店先に「素食(ベジリアンフード)」の文字が見える。台湾には「素食」の店が多く、人気があるのだが、ベジタリアン向けの豆乳店というのは珍しい。
とりあえず列の最後尾に並んでから、何を食べようか考える。
よく見ると、注文を待つ人、支払いを待つ人、まんじゅうが焼けるのを待つ人などが混在しているが、店の人はちゃんと把握していて、まんじゅう待ちの人に「いくつほしいの?」なんて聞いている。
店頭で客をさばいたり、まんじゅうを焼いたりする店員のほかに、奥で仕込みをする店員も何人かいるようだ。
ひとまず飢えた体にタンパク質を与えようと、豆乳を頼んだ。冷たいものではなく、常温を選ぶ。
台湾人は冷たい飲み物をあまり好まない。暑くても体を芯から冷やしてはいけないという漢方の概念が浸透しているのだ。
一番人気は、目立つ場所に置かれた大きな丸い鉄板で蒸し焼きにされている素包(野菜まんじゅう)らしい。
大きくて食べごたえがありそうだが、私が気になったのは緑色をした丸くて平たい焼き物。おそらくメニューにある「香椿餅」だろう。
香椿(チャンチン)はイタリアンバジルのような香りを放つ台湾のハーブ。
以前、これが入った麺を食べたことがあるが、なんともさわやかな香りで、ジェノベーゼパスタを食べているようだった。
この店の香椿餅はどうだろう? 期待を膨らませながら20元を支払う。
人の顔くらい大きく、丸くて平べったい食べ物だ。
外はカリッと焦げ目がついているが、割ってみると中身はふんわりしていてホットケーキのような食感。
割ったところから上がる熱々の湯気に混じって、スイートバジルの香りが鼻をつく。
意外にもおしゃれな食べ物である。抹茶のような色をしたその「餅」は、草のような清々しさと、サクサクとした歯ざわりと、ゴマ油のような香りが調和している。
羅東という知られざる街で、午前中しか営業しない道端の屋台メシ。旅は一期一会だなあと痛感させられた。
(つづく)