長らく人気のラーメンジャンルとして親しまれてきた「つけ麺」。2008年に東京都の港区三田に1号店をオープンした三田製麺所は、“つけ麺普及の伝道師”として、王道の「濃厚豚骨魚介つけ麺」や数多くの季節限定つけ麺が人気を博す、日本最大規模のつけ麺専門店として知られている。
つけ麺ブームの牽引役となり、業界で一定の地位を確立してきた経緯について、三田製麺所を運営する株式会社エムピーキッチン 取締役社長の石川晃久氏に話を聞いた。
◆外食産業を目指した原体験
石川氏は大学時代、外食チェーンで接客の仕事を経験し、その時から「将来は外食産業で経営に携わりたい」と思うようになったという。
「外食チェーンではアルバイトリーダーを務めていたのですが、お店に来るお客様へ真摯にサービスを提供することや、アルバイトを教育して良いチームを作り上げていくことは、自分にとってとても尊い体験でした。こうした原体験があったからこそ、外食産業のやりがいや面白さに気づくことができたと思っています」(石川氏、以下同)
大学卒業後、まずは外食とは異なる業界で社会人経験を積むべく、新卒では外資系消費財メーカーのユニリーバへ就職。数年間、営業やマーケティングに従事したのち、日系経営コンサルの会社へ転職する。
◆「経営と現場のギャップ」をなくす努力
そこでは、企業の組織に入り込んで、経営企画や人事、マーケティングの戦略立案から実行支援までを手がけていた。
「経営コンサル時代に学んだのは『経営幹部と現場のギャップをいかに埋めていくか』ということでした。どんなに良い施策や制度を経営層が考えたところで、現場で働く社員が腹落ちしていなければ絵に描いた餅になってしまう。そこを変えないと、変革につながらないんです」
2018年にエムピーキッチン入社後、2022年から取締役社長に就き、三田製麺所の経営に携わっているが、今でも現場を大切にしており、最低でも週1回は店舗へ出向いてつけ麺を食べたり従業員とコミュニケーションをとっているとのこと。
◆つけ麺専門店として本物の味を追求
“つけ麺を日常食に”を掲げて2008年に創業した三田製麺所が15年もの間、多くの消費者に愛されてきたのはどのような理由があるのか。
「2000年代につけ麺ブームが台頭し、さまざまなラーメン店がつけ麺に力を入れるなか、三田製麺所のようにつけ麺だけで勝負するところはほとんどなく、稀有な存在でした。王道の豚骨魚介スープのつけ麺を軸に、2011年からは期間限定のメニューを投入し、『灼熱つけ麺』や『梅つけ麺』など季節定番の商品を開発することで、より多くのお客様に、三田製麺所に来店いただく接点を増やすことに注力してきたのです」
加えて、創業以来変わっていないのは麺量のサービスだ。
「美味しいつけ麺をお腹いっぱいお客様に食べてもらいたいという思いから、並盛(320g)・中盛(450g)・大盛(580g)は同一料金で提供しています。昨今における原材料高騰の厳しい環境下でも、企業努力によって同一の料金を維持しており、これも『たくさんつけ麺を食べたい』というお客様からご支持いただいているポイントになっています」
◆2軒目需要を捉えた「自家製唐揚げ」
また、一般的にラーメン店はカウンター席中心のレイアウトが主流だが、三田製麺所は当初から2フロアなど40席を超える店舗形態も多く、“2軒目需要”や“呑みの〆(シメ)需要”もあったという。
このような目的で来店する消費者に対し、つけ麺以外のサイドメニューも充実させることで顧客満足度アップにつなげてきたのだ。
「サイドメニューの中でも『自家製唐揚げ』は、つけ麺のおつまみに合う名物メニューとなっています。もともとは、からあげの聖地とされる大分県の中津市出身の営業本部長が地元の唐揚げの美味しさを伝えたいとの想いから商品開発したのがきっかけでした。今では多くのお客様から“専門店にひけを取らない”と言われる人気商品として親しまれています」
◆商品開発で意識する“尖り”と“ニュース性”
メニュー開発で意識してきたことについて、石川氏は「レシピや味を変えるか否かという葛藤の中で、『何を変えないか』を決めることを大事にしている」と説明する。
「お客様を飽きさせず、常に楽しんでいただくために季節限定メニューの開発に勤しんでいますが、前提として三田製麺所の全店舗、どこでつけ麺を食べても同じクオリティで提供できるものでなければなりません。その上で、メニュー開発におけるキーワードは“尖り”と“ニュース性”です。
シーズンごとに春は『海老』、夏は『灼熱』、秋は『煮干し』、冬は『味噌』と開発の軸を定め、お客様に四季を感じてもらいつつ、その味が好きな人に刺さる商品を提供できるように創意工夫しています。毎年、季節限定メニューを楽しみにしていただいているお客様のことを考え、麺やスープなどの素材をどこまで改良するかなどは議論を重ねながら、最善のものを作れるように尽力している状況です」
ニュース性のあるメニューの開発においては、他業界の企業や映画、アニメなどのIPとコラボして話題喚起に努めている。コラボ施策を本格的に行うようになったのは、2019年に声優の竹達彩奈さんとのコラボ商品「あやち推し麺セット」を販売したのがきっかけだった。
◆「伝説のすた丼」コラボも話題に
「『三田製麺所好き』を公言している竹達彩奈さんのツイートに、リプライを送ったところからコラボ企画が実現し、大きな反響につながりました。それ以降、認知度アップや話題作りの観点から、さまざまなコラボ商品を手がけてきました」
なかでも評判が良かったのは、ファミリーマートとコラボした『三田製麺所監修 つけ麺風肉まん』でした。発売前の試作段階から『三田製麺所の味がリアルに再現された肉まんだ』と、先方の商品開発力のすごさを実感したのを覚えています。また、伝説のすた丼屋とのコラボ商品『伝説のすたみな油そば』も、夏にふさわしい豪快かつボリューミーな汁なし油そばが好評でした」
◆「主要都市にまだまだ出店できる」
出店拡大については「国内では主要都市にまだまだ出店できると考えている」と石川氏は言う。
「国内では主要都市に店舗を出店できていない現状があります。東北、関東、関西、九州、などのエリアは、ラーメン激戦区と呼ばれる場所ではあるものの、まだまだポテンシャルはあると捉えており、出店の目処が立てば順次拠点を構えていく予定です。一方、海外では2015年に香港へ進出して以来、5店舗を運営しています。コロナも落ち着いてきて、タイミングを見計らいながらアジアでのビジネスも戦略を練っていこうと考えています」
そして、新たな試みとなるのがリブランディング店舗の展開だ。2023年4月にお台場のダイバーシティ東京に出した新店では、メニューの半分以上を刷新し、店舗デザインもリニューアルした。
◆リブランディングで「ざる中華」を発売
「『ダイバーシティ東京 プラザ店』で初めて発売した『ざる中華』は、老若男女問わず多くのお客様にオーダーいただいています。麺や具材の原料選びからスープの味付けまでをゼロから開発したもので、同店における注文比率の4分の1を占める人気商品となっています。
一方で、豚骨魚介のつけ汁を更に濃く凝縮した『特濃つけ麺』もコアファンを中心にヒットしております。『ざる中華』と『特濃つけ麺』に関しては商圏に合わせた形で、随時グランドメニューに追加していく想定です」
ダイバーシティ東京を旗艦店として、三田製麺所の新たなブランド価値や魅力を見出していくそうだ。つけ麺の伝道師として、競争激しいラーメン業界を生き抜いてきた三田製麺所。女性やファミリー層、外国人観光客にもアプローチし、つけ麺文化をさらに盛り上げていく。今後の発展に期待したい。
<取材・文・撮影(人物)/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている