
映画『ファッション・リイマジン』は、サステナブルデザインに奮闘するデザイナーの旅を追ったドキュメンタリー。

2017年4月、英国ファッション協議会とVOGUE誌は、ファッションブランド「Mother of Pearl(以下、マザー・オブ・パール)」のクリエイティブ・ディレクターを務めるエイミー・パウニー(以下、エイミー)をその年の英国最優秀新人デザイナーに選出しました。
大量消費が当たり前だった当時のファッション業界に危機感を抱いていたエイミーは、新人賞の賞金10万ポンドをもとに、サステナブルコレクション「No Frills(以下、ノー・フリル)」を発表することを決意。
コレクションの発表まで18カ月というタイムリミットの中、エイミーと仲間たちはさまざまな困難に遭遇しながらも、理想の素材を求めて地球の裏側まで旅をします。

1年半以上にわたってエイミーに密着し、コレクション完成までの道のりを描いたロードムービー『ファッション・リイマジン』で長編映画デビューを果たしたベッキー・ハトナー監督(以下、ハトナー監督)にお話を伺いました。
製造工程が複雑なファッション業界。幾つもの国を経由して、消費者の元へ届く
――『ファッション・リイマジン』では、サステナブルな素材、主に「ノンミュールズウール(自然なままに飼育された羊から刈り取ったウールのこと)」を供給する仕入れ先を確保するために、エイミーが奮闘する様子が描かれています。ウルグアイやペルーなどで撮影を行うと決まった時、ハトナー監督はどのように感じましたか?
ハトナー監督:「賞金を何に使うのか」と聞いた時、エイミーはすでにリサーチを数カ月行った段階でした。そして、全ての素材の仕入れ先がわかるような服を作るというミッションに向かうのだと話してくれました。

なので、ウルグアイやトルコで撮影することはその時から考えていました。でも、エイミーの理念を実現するために、急にトルコからペルーに行くことになったり、アンデスでアルパカに囲まれたり……。最終的に9カ国ぐらい行ったと思いますが、ここまで長く険しい旅になるとは思っていませんでした。
またこの旅は、予算も時間も限られていたので、飛行機などを利用することになりました。そういった意味で「(完全に)エコじゃない」というのはちょっと残念でした。
ファッションを楽しみながら持続可能な未来を創る
――エイミーのサステナブルコレクション「ノー・フリル(飾りはいらない)」は、そのネーミングとは裏腹に、遊び心のあるデザインです。ウルグアイやペルーへの旅は、エイミーのデザインに影響を与えたと感じますか?

ハトナー監督:この旅を経験して、エイミーは1人の人間として、デザイナーとして大きく変わったんじゃないかと私は思います。
サプライチェーンをさかのぼって、自分の使っている素材がどこから来ているのかを自分の目で確かめるデザイナーはほとんどいないと思うんです。
布であったり、関わった人であったり、動物の果たした役割も含めて、全てを理解しているからこそ、完成した服がいかに大事なものかという感謝の気持ちがより強い。それが彼女のデザイナーとしての強みにもなっています。

本作の撮影時以降、仕事をしていく中で新しい仕入れ先が増えています。その1つがテンセル(木を原料とするセルロース系繊維)ですが、仕入れ先の企業が責任を持って森林の管理をしているのか、テンセルがどうやって作られているのかということまで、彼女は完璧に理解しています。
服作りの順序を変えた革新性

通常であればデザイナーはデザインを考えます。「マザー・オブ・パール」も、以前はシーズンごとに違った素材を探して作っていました。しかし、エイミーは布の生産地から、その布でどんなことが可能なのかということまで全部把握しているので、その知識の中からデザインを起こすことができます。
通常のデザインのプロセスとは真逆、学校で教わることとも真逆なんだけれども、人としてもよりよい人になれたと思うし、地球のためにも、そしてエイミーのデザインのためにも素敵なことですよね。
エイミーの服づくりの原点
――ロンドンのファッションシーンにおいて、エイミー・パウニーというデザイナー、そして、「マザー・オブ・パール」というブランドの独自性をどのように捉えていますか? その魅力を教えてください。

ハトナー監督:エイミーは2017年に会った時からとても進化したと思います。当時から勢いのあるスターとして、いろんな人が彼女に注目していました。
でも、エイミーは有名なイギリスのファッション学校を出ていないんです。ロンドン郊外にあるファッションの学校に通っていて、業界に入ろうと思ったときは資金も人脈もなく、「マザー・オブ・パール」でしか仕事をしたことがありません。

「マザー・オブ・パール」が最初の仕事で、20代後半にクリエイティブ・ディレクターにまでなったのは、ファッション業界では稀有なことだと思います。
セレブがエイミーのデザインした服を着るようになり、いろいろとよい報道もされるようになって、2017年に英国最優秀新人デザイナーを受賞しましたが、その当時、エイミーのバックグラウンドは知られていなかったんです。
エイミーの両親が環境活動家で、サステナビリティと関係が深い人物であり、卒業制作がそうした作品だったことすら認知されていませんでした。突然サステナブル・ムーブメントがファッション業界で全面に押し出されたという感じだったんです。
セレブも愛用するブランドへ
エイミーが注目されると共に、彼女のブランドもより知られるようになりましたが、私はこの後のエイミーのストーリーをとても気に入っています。
ファッション業界に入った時、エイミーは地方出身であること、そんなにお金のない家庭で、それこそ水や電気がない自給自足の状態で生活をするという経験をしてきたということを隠していました。
でも「ノー・フリル」の頃から、もう隠さない、それが自分なんだというように、エイミー自身が思えた。そして、ファッション業界がエイミーを親愛の情をもって受け入れた。そのことを私はとても素晴らしいことだと思っています。

エコをミッションにしてから、「マザー・オブ・パール」はより知られるようになったけれども、今の段階では、誰もが知っているというわけではありません。でも、逆にそれはいいことなんじゃないかと思っています。
ちょっと調べてみないと、そういう特別な部分が見えないところ。サステナビリティが優れているからといって、誰もが知る有名なブランドになれないところが、私たちの生きる現代社会ということなんですけどね。
今では、キャリー・マリガンやアンジェリーナ・ジョリーといったチャリティ活動に熱心なセレブたちが、「マザー・オブ・パール」で買い物をしていることがわかっています。エイミーと同じような考え方、理念を持っている人々が、「マザー・オブ・パール」を購入しているのです。
ファッション業界の問題解決と未来
――エイミーのサステナブルコレクション「ノー・フリル」は、ファッションのビジネスモデルを変革した1つの事例として評価されています。本作を制作した経緯や意図をお教えいただけますか?
ハトナー監督:私自身も、もともとサステナビリティに興味を持っていて、このプロジェクトで関わる前から自分に何ができるかということや、私生活の中で自分でできることを考えていました。

映画プロデューサーとしても、何とかそういったことに触れることができないかと思っていた時期だったので、まさに天命というか。エイミーと出会って、ファッションを通して、気候問題や温暖化の問題など、地球が崩壊していっていることを知りました。本当に素敵な出会いでした。

服というのはとても貴重なものなんですよね。資源だったり、人の手だったり、動物たちの命だったり、いろんなものが関わって、最終的に形になっています。それをしっかりと考えることで、簡単に捨てられるようなものではないんだと改めて感じてほしいです。
ベッキー・ハトナー監督

映画監督・プロデューサー
カナダ、トロント出身。
英国政府観光庁によるイギリスのクリエイティビティを讃えるキャンペーンのほか、ロンドン・ファッション・ウィークの公式取材を17シーズンにわたって担当している。⻑編映画デビュー作となる本作は、トライベッカ映画祭に正式出品され、バンクーバー国際映画祭では最もポピュラーな環境映画賞を受賞したほか、グアム国際映画祭においても最優秀ドキュメンタリー映画賞、ベスト・フェスティバル賞などを受賞。
エイミー・パウニー

Mother of Pearl クリエイティブ・ディレクター
1985年生まれ。
2002年、キングストン大学に入学し、ファッション・デザインを専攻。2006年に大学を卒業し、Mother of Pearlにアシスタントとして入社。その後、スタジオ・マネージャーに昇進し、2015年にクリエイティブ・ディレクターに就任する。2017年、英国最優秀新人デザイナーに選ばれ、その賞金でサステナブルなライン、No Frills(ノー・フリル)を立ち上げる。英国におけるサステナブル・ファッションのリーダーとして広く知られる。
Mother of Pearl
現代アーティスト、ダミアン・ハーストの妻だったマイア・ノーマンによって2012年に設立。「人生は一度きりだから、特別なものを身に着けたい」との思いから、パーソンズ美術大学パリ分校でファインアートの学位を取得していたマイアは、夫のコネクションも生かし、シーズンごとにさまざまなアーティストとコラボしたコレクションを展開する。
映画『ファッション・リイマジン』
2022年製作/100分/G/イギリス
原題:Fashion Reimagined
劇場公開日:2023年9月22日
◆ 松本 英恵プロフィールカラーコンサルタント歴20年。パーソナルカラー、カラーマーケティング、色彩心理、カラーセラピー、ラッキーカラー(色占い)などの知見を活用し、カラー監修を行う。執筆、メディア出演、講演、企業研修の講師など幅広く活動。近著に『人を動かす「色」の科学』。
(文:松本 英恵(カラーコーディネートガイド))