東西線早稲田駅からほど近い場所にある、早稲田メンタルクリニック。院長の益田裕介氏は日常臨床に加えて、YouTubeでの動画配信を行っていることで知られる。『精神科医がこころの病気を解説するCh』と題されたそのチャンネルの登録者数は、45万人以上。アップされた動画は1500本を超える。精神科領域の知識をわかりやすく解説することはもちろん、社会問題や時事ネタを題材として心の問題を俯瞰するなど、常に新しい局面に切り込んでいく姿勢も注目されている。
本業だけでも成り立つ医療者が、あえて知識や私見を配信することの意味は何か。益田氏への取材を通して、今後の精神科医療のあり方を考える。
◆動画のほうがメリットが多かった
――現在、益田先生は“医師YouTuber”と呼んでも差し支えないほど登録者数がいますが、そもそも動画配信をしようと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
益田裕介(以下、益田):もともと、患者さんに対するアフターケアでレジュメのようなものを作成してお渡ししていたんです。ところが学生の患者さんに、「プリントを渡されても読まない。動画なら見る」と言われてしまいました。よく考えると、電車やタクシーにある広告も、いつの間にかディスプレイ広告が主流になってきていますし、つい見てしまいますよね。それはいいアイデアだなと思って始めました。動画を撮影するほうがレジュメ作成よりも手間も少ないし、患者さんも見てくれることに気付いたんです。しかも広告にもなりました。現在、当院を訪れる患者さんのほとんどはYouTubeを見てきてくれた方です。
◆「東大を蹴って防衛医大に進学した」理由
――精神科医を志したのは、何か理由があるのでしょうか?
益田:私は防衛医大を卒業し、自衛隊員も経験しました。必然的に、自衛隊で求められる科に行きたいと思うようになりました。また、学生時代から哲学が好きで、隣接領域の書籍をよく読んでいたこともあったと思います。
――先生は防衛医大のほかに東大も受かって蹴っていますよね。周りから驚かれたと伺いましたが。
益田:驚かれました。私のなかでは熟慮して選んで結論でも、周囲からみるとズレていることがよくあるようですね。防衛医大を選んだのは、当時の家庭の財政状況をみて、お金をもらえて医師の資格まで取得できるのは得だなと思ったからなのですが。
東大受験は、人気漫画『ドラゴン桜』の影響です。「勉強はこうやるのか」と思ってその通りやったら学力が伸びたんですね。高校時代の私は成績の良い学生ではありませんでした。どちらかというと授業も聞いていなくて、不真面目な部類だったと思います。
◆自衛隊を辞める日に「胸ぐらを掴まれた」
――意外ですね。漫画を読んで東大に受けるというのも、かなり異質な気がします。先生は自衛隊時代も周囲から「変わっている」と指摘されていたそうですね。
益田:それも結構言われるんですよね。でも『ドラゴン桜』には受験勉強におけるヒントがいくつも描かれていて、私にとってはとてもいい参考書でした。思い返すと私自身、あまり他人から共感されない子どもだったかもしれません。結局、自衛隊にいたころも、あまり馴染めませんでした。
防衛医大を卒業した人は、医師免許取得後9年間は義務年限といって、自衛隊に奉職しなければなりません。私の場合は、義務年限より前に辞めたので、償還金を支払いました。自衛隊を辞める日も、これまで顔も見たことのない自衛隊員から「お前、国の金で学ばせてもらって、辞めるのか」とか言って胸ぐらを掴まれたりして(笑)。何で知らない人にこんなこと言われなきゃいけないのかなとは思いましたね。
◆「自分事として捉えてもらうため」のアプローチが必要
――そんな「共感されない」経験を持つ先生にこそ期待される役割を、今まさに全うされているのかなと思うのですが。
益田:精神科医療のあり方を自分が変えようという気負いはないのですが、これまでのあり方がどんどん変わっていくだろうなという予感は私のなかにあります。
たとえばこれまでは、疾患別のアプローチが主流でしたが、患者さんにとっては「◯◯という疾患ですので、こういう治療をします」という話はどこか遠い話で、身近には感じられません。疾患別ではなく、社会問題別にアプローチしていくことが必要なのではないかと思います。
社会問題とは、引きこもり、DV、パワハラなどさまざまありますが、実はこの背景に、精神疾患が複合的に存在しているケースは多いのです。そういうアプローチをしないと、患者さんが自分のこととして捉えるのは難しいかもしれません。
◆「患者が自ら学ぶ空間作り」には一定の意味がある
――精神疾患にかかった患者さんがより広い視野で自分の状況を捉えたり、あるいは状況を改善させていくためには、どんな手助けが必要だと感じますか?
益田:まず前提として、医師による精神医療の知識と治療は欠かせません。ただ、私が感じるのは、患者さんのなかには医師が補助線を引くだけで自ら改善させていける人がたくさんいるのではないかということです。現在の精神科医療は医師と患者さんがFace to Faceで治療を進めていくことを前提としていますが、患者さん自らが学ぶ空間を作ることには一定の意味があるのではないかと思っています。
自ら学ぶ方法は動画配信でもいいと思いますし、オンライン/オフライン問わず患者会などを組織することによっても効果は得られるでしょう。場合によっては、医師が学問的な根拠を示しながら話すことよりも、少し前にその段階を克服した患者さんの体験談のほうが効果的な場合さえあります。それはたとえば、スポーツにおいてプロ選手のプレーをみてもわからなかったのに、少し上の学年の先輩のプレーがヒントになり得ることと似ています。
オンライン技術の発達によって、具合の悪い人でも現地に行かずに繋がることができたり、その場で見なくてもあとで資料を確認することができます。まだ使われていない新しい技術を駆使することで、コストパフォーマンスを上げる余地はまだあると思います。
◆病を抱える人に寄り添うためには…
――実際に先生は患者会を組織されていますよね。
益田:患者会のメリットは、患者さん同士の集合知があるということです。臨床現場で遭遇する精神疾患と社会問題が表裏一体であることはすでにお話しましたが、社会問題を解決するためには多面的なアプローチが必要です。医学分野の知識だけではなく、法律だったり社会福祉だったりさまざまな知識を要するため、患者さんの経験を交換し合うことが大切になります。
また、そこで得た知見を、実際の社会政策に反映できるように声をあげることも重要だと思います。今私が改善したほうがいいなと考えているのは、医療と福祉の連携です。鬱病で休職した人が復職するためのトレーニングを行う場所や、退職したあとの就労移行支援の連携ももう少し効率良くできるのではないかと感じますし、東京都では助成金で受けられるカウンセリングの上限回数が少ないので治療が奏効しにくいなどの問題もあります。
日本は資源が少なく福祉国家にはなり得ないので、現在ある社会資源を効率的に運用していくことで、病を抱える人たちに寄り添っていくことができるのではないかと思います。
◆“仕組み”によって改善していくのが健全
――精神疾患を抱えている患者さん、あるいはそれを取り巻く環境について、思うことがあれば教えてください。
益田:当たり前ですが、患者さんは自分の状況を俯瞰できません。多くの場合、自分の努力不足でこのような状況に陥っていると思いこんでいます。
しかし、実際には精神疾患の発症は遺伝子と環境ストレスによって引き起こされます。従って、自分ではどうしようもない因子によって苦境に立たされているのです。
ところが、社会の風潮はそれを許しません。自由競争社会においては、まず「みんな同じスタートライン」という建前から始まります。持っている遺伝子も生まれた環境も、どれも一つとして同じものはないのに、そこは無視されて、自己責任論だけが強調されます。
だから患者さん本人も「自分が悪い」という自責に落ち着いてしまうのです。私は、少なくとも本当のことを知る機会だけはなるべく平等に得られるようになればいいなと考えています。そして、精神科医個人の“優しさ”や“情熱”だけに頼るのではなく、社会政策を始めとする“仕組み”によって改善していくのが健全なのではないかとも考えています。
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社会という実態の見えづらいものからの疎外感を持つ人は多い。周囲から「変わっている」と言われ続けた精神科領域の異端児ともいえる益田氏の提案は、システマティックでクールでありながら、ほとばしるほどの熱を帯びている。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki