猛暑が続いている。日本では「土用の丑(うし)」のころが暑さのピークとされる。暑気を乗り越える料理としてウナギ料理に人気がある。一方、朝鮮半島では「三伏(さんぷく)」というのがある。一年のうちで一番暑い時期を指す言葉で、初伏、中伏、末伏を合わせて三伏という。土用の丑も、三伏も、旧暦に合わせた言葉なので毎年、日が変わる。
今年は、日本の土用の丑は7月30日。朝鮮半島では初伏が7月11日、中伏が7月21日、末伏が8月10日だ。
朝鮮半島では、三伏を乗り切るための料理とされてきたのが犬肉料理だ。一番ポピュラーなのは、犬の肉をセリなどと煮た「補身湯」(ポシンタン)である。
かつての韓国では、中高年男性にとって補身湯は夏の滋養食の代表であった。
しかし、1988年のソウル五輪あたりから、動物愛護団体などから国際的な批判を受け、補身湯の堂々とした営業が難しくなっていった。補身湯は大通りからは姿を消し、路地裏で「栄養湯」とか「季節湯」とか名を変えて命脈を維持してきた。
韓国が経済成長を遂げると、犬をペットにする人たちが急速に増えた。韓国では「ペット」という言葉は使わず、ペット犬のことを「伴侶犬」と呼ぶ。ここに現れているように、ペット犬はもう家族なのであり、これを食の対象にすることなど許されないのである。
韓国の社団法人「動物福祉研究所アウェア」は今年1月に、犬肉食などに関する国民意識調査結果を発表した。それによると、回答者の94・2%は過去1年間に犬肉を食べたことがないとし、88・6%が今後も犬肉を食べないと回答した。さらに、犬を食用として飼育、食肉処理、販売することを法律で禁止すべきだとする意見が72・8%に上った。
尹錫悦(ユンソンニョル)大統領夫妻は犬6匹、猫5匹を飼っている愛犬家、愛猫家だが、金建希(キムゴンヒ)夫人は今年4月に「犬の食用を(尹大統領の)任期内に止めさせる」と発言して話題になった。韓国では犬の食用を禁じることを法制化しようという声が次第に強まりつつある。
韓国では三伏でも補身湯は次第に忌避され、今では若鶏を煮込んだ「参鶏湯」(サムゲタン)が暑気払いの代表的な料理となっている。
一方、北朝鮮では犬肉のことを「タンコギ」(甘い肉)と呼び、今でも人気がある。北朝鮮を訪問した時に、若い女性に「得意料理は何ですか?」と聞いた時に「タンコギ料理」という答えが返ってきて驚いたことがある。
北朝鮮では「タンコギ料理」は韓国のように〝日陰の身〟ではなく、堂々たる伝統料理なのである。
朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は7月21日付で、平壌の黎明通りで朝鮮料理協会主催の「全国タンコギ料理大会」が開かれ、参加者が腕を競ったと報じた。
故金日成(キムイルソン)主席はタンコギを好んで食べたとされる。労働新聞は今年1月22日付で「わが国家第一主義時代にさらに開花する民族伝統」という記事の中で、金正恩(キムジョンウン)党総書記がタンコギ料理を専門とするレストランの料理の質を高めるようにしたことを紹介したりもした。
70年以上に及ぶ南北分断で韓国と北朝鮮の文化や生活習慣の差が広まりつつあるが、三伏を巡る食習慣の違いも鮮明になりつつあるようだ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.32より転載】
平井久志(ひらい・ひさし)/共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。