2023年3月3日に発売された「日常にゃ飯事」(インプレスブックス)。猫の喜怒哀楽と躍動感あふれる動きを撮影することで知られている写真家の沖昌之さんによる写真集です。猫の日常を垣間見ることができ、ページをめくるたび、ほっこり気分に。
沖さんは過去にも写真集を出版していますが、今回のものは、どうやら今までのものとは少し違うようです。ということで、「日常にゃ飯事」の制作秘話と魅力について、お伺いしました。
◆写真選びから添えられた言葉まで、自身のセンスが前面に
雑誌「デジタルカメラマガジン」で、2019年から手書きのキャプション付きの猫写真を連載していた沖さん。その連載をまとめた写真集の出版を編集者から提案されたときは、「簡単な再編集をするくらいかな?」くらいの感覚で引き受けたそうです。ところが――
「いざ作業を初めてみると、2年の連載の間にキャプションの筆致に少し変化があったことに気付きました。しかも口調に統一感がない。加えて連載時の写真だけでは、本としてのボリュームが足りません。だからといって、そこに新作を足すと、一貫性のない物語になってしまうという問題もありました」(沖さん、以下同じ)
このように編集者とやりとりを重ねているうちに、当初の予定から打って変わって、一から写真集を作ることになりました。
「譲れないところを除き、作業から距離を置くことが多いんですよね。独りよがりになると、出版社、編集者、アートディレクターなど、かかわる人の思いを反映させる余地がなくなるので。だから、『好きにやっていいよ』と言われたときは少し驚きました。」
こうして普段の写真集の制作とは違い、写真の選定、キャプションの言葉選びなど、ほぼすべて沖さんの意思が反映されることになったといいます。
「僕は変化球をつけたり、余韻を残したりといった、いい意味での分かりづらさを作るのが、苦手で、『ムードがない』と言われるくらいなんです。だから今回の写真集は、僕のストレート一点張りの性格がよく表れていると思います」
と、いいますが、そのわかりやすさもまた魅力だと、筆者はお話を聞きながら思うのでした。
◆表紙の躍動感ある1枚はどのように撮影した?
沖さんの撮影する猫は、印象的な表情や姿を見せてくれるのが特徴。今回の写真集では、おみこしを担いでいるような躍動感ある猫が表紙を飾っています。
「宮城県の田代島で撮影しました。漁師さんが乗っているこのトラックに、知らない匂いが付いているのが気になるようで、体を擦り付けて匂いを上書きするんですね。
このことに気付いたのが1日目です。また同じことをやるだろうと思って、翌日に撮影したのが表紙の1枚ですね」
とても愛くるしい写真ですが、筆者は意地悪なことに気付いてしまいました。ピントが顔ではなく、お腹になっていることに……!
「しゃがんで構える余裕がなかったから、真ん中にピント合わせ、ファインダーをのぞかずにシャッターを切りました。しぐさも表情も最高なんですけど、確かにピントが顔ではないんですよね。
だから3日目も撮影したんです。すると、ピントが合った写真は撮れたけど、今度は2日目ほどの力強さがない。それどころか、意図して作ったような雰囲気があったんですね。結局、勢いを優先して、2日目の写真にしました」
と、話をしてくれました。写真1枚の前後にもそんな物語があったのですね。でも、なぜこの写真を表紙に選んだのでしょう?
「まず、猫を好きな人のテンション上がる、しぐさや表情がいいですよね。あと何かを持ち上げているような恰好をしているから、『丸太をかついているのかな?』とか『揺れるバスの中でつり革をつかんでいるみたい』とか、万人が何かを想像しやすいところがいいと思いました」
見た人すべてが気持ちやイメージを共有しやすいこの写真、採用されたのも納得です!
◆猫がかわいかったら、撮れなくてもOK!?
表紙も素敵ですが、中身の写真も気になるところ。沖さんは普段、どのような気持ちで撮影に挑んでいるのでしょう?
「実は猫を飼ったことがなくて、野良猫、友人宅の猫、飼っていた母からの話で、ばくぜんと『クールな生き物』というイメージをずっと抱いていました。実際に撮影してみると、喜怒哀楽がとても激しい。うれしいときは目がらんらんと輝くし、警戒すると毛並みがざわざわしますし。猫同士でも相性があって、それを見ているのも面白いんですね」
猫に人間臭さを見出した沖さんは、ますます猫の撮影に前のめりになっていったそうです。
「僕の撮影する猫たちのしぐさや表情は、猫と暮らしている人から見たら、目新しさはないかもしれません」
と謙虚に言いますが、沖さんの猫への思いと技術があるからこそ、収めることができる姿ばかりなんですよね。
「僕が撮影しているのは、特別何かをする猫というわけではありません。時間をかけて観察し、猫の動きを見て行動を予測し、山を張っています。撮れないときは本当に撮れないのですが、それでもかわいい猫を見ているだけでも楽しいですし、撮れたときのほうがラッキーくらいの気持ちです」
と、笑顔で話してくれました。
◆これがあれば誰でも猫写真家気分になれる!?
特典付きの本は今時珍しくはありませんが、デジタルアクリルスタンドがもらえるというのは筆者も初めて聞きました。スマートフォンでAR表示を行うことで、撮影できるというアイテムです。これも沖さんのアイデアなのでしょうか?
「いや、出版社の提案です。企画を聞いたときはピンと来なくて、他人事のような気分でした。僕自身、こういった特典に応募する習慣がなかったので」
と、最初のときの気分とは裏腹で、実際に試してみたところ、その面白さに気付いたといいます。
「試し撮りをしてみたら、とてもかわいいし、面白いんですね。編集者と一緒に街中で撮影して、盛り上がりました。このNFTデジタルアクリルスタンドはスマートフォンをかざしている僕たちにしか見えないから、きっと周りの人から見たらおかしな光景ですよね(笑)」
筆者も入手し、試してみたところ、気分は猫写真家に。「せっかくだから、面倒くさがらず入手してほしい」と沖さんも言っていますので、写真集を購入した皆さんも試してみてくださいね。
◆ページをまたいだ写真もきちんと見ることができます
この本のもう1つ珍しいポイントは背表紙です。こちらの写真集は背表紙がなく、糸綴じがあらわに。そのおかげか、手で押さえなくても両ページを180度しっかり開くことができます。無理に押さえつける必要もないので、背表紙にダメージが出づらく、罪悪感がないのもいい!
「今までの写真集だと両ページの中心が埋もれて見えづらかったのですが、今回の製本方法を採用したことで、ページをまたいだ写真もしっかり見られる仕様になっています」
写真とキャプション以外にも、そんなこだわりが詰められていたなんて……!
「コストのことばかり考えていると、新しいことに挑戦をしづらいですよね。多少値が張っても、面白いことや、これまでにないことを試してみるというマインドが好きなんです。そういう点でも今回はさまざまなことを試せて楽しかったですね」
という言葉に揺さぶられた筆者。同じ作り手として、このマインドを見習います!
◆SNSに毎日投稿
今回お話を聞いたことで、様々な角度から「日常にゃ飯事」の魅力を知ることができました。
「毎日、1、2枚の写真をSNSに投稿しているので、それを見て楽しいと思っていただけたら、ぜひこの『日常にゃ飯事』も手に取ってみてください」
とのことですので、猫好きの皆さん、まずはSNSからチェックしてみては?
【沖昌之】猫写真家。主に外猫を撮影し、猫の自然な姿をとらえた写真が人気。写真集『必死すぎるネコ』は5万部超えのベストセラー。『ぶさにゃん』『おどるネコうたうネコ』『残念すぎるネコ』など多数。
twitter:@okirakuoki Instagram:@okirakuoki
YOU TUBE 猫写真家 沖 昌之の必死さに欠けるネコ動画
<文/増田洋子 沖さん写真/星 亘(扶桑社)>
【増田洋子】
2匹のデグー、2匹のラットと暮らすライター。デグーオンリーイベント「デグーサロン」を運営。愛玩動物飼養管理士2級を取得。Twitter:@degutoichacora