プーチンがぶち壊した欧露「パイプ経済」 相互依存関係は平和をもたらさないのか?

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軍事的に見れば、第二次世界大戦後の世界はアメリカとソ連という二つの核大国の対立を軸としてきた。核兵器の抑止力によって世界戦争を防ぐという「恐怖の均衡」によって、二大強国間の平和が保たれてきたのである。

しかし、軍事力を強化するには費用がかかり、予算が軍事費に使われるために、社会保障や教育に使われる予算が減るということになる。ウクライナ戦争が勃発してから、日本を含め、世界中で軍拡競争という残念な事態になっている。

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■デタントの時代


今と違って、東西両陣営の間で対立が弱まったときには、軍縮が進んだ。たとえば、ソ連に改革派のゴルバチョフが登場して、アメリカとの間でデタント(緊張緩和)政策を展開したときがそうである。

1985年11月、ジュネーブでレーガン大統領と米ソ首脳会談を行い、核軍縮交渉の加速化などで合意した。86年にはアイスランドのレイキャビクで米ソ首脳会談が行われ、翌年の12月にはワシントンで、中距離核戦力(INF)全廃条約が締結された。

89年11月には、遂にベルリンの壁が崩壊したのである。12月には、ゴルバチョフはブッシュ大統領とマルタで会談し、冷戦の終結を高らかに宣言したのである。この結果、米ソ関係は著しく好転した。

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■経済や文化で協力することが有効だ


ゴルバチョフのような政治家が世界の流れを大きく変えることの他にも、平和を構築するためには、日頃から経済や文化の分野で国家間の協力を進めることが役に立つ。

ロシア(ソ連)には石油や天然ガス、また小麦などの食料資源が豊富にある。とりわけエネルギー資源については、西ヨーロッパは、中東への依存度を緩和するためにも、ロシアからの輸入を増やし、輸入元も多元化することに努力した。ロシアにとっては、西ヨーロッパに輸出することによって外貨を稼ぐことができる。

■パイプラインで天然ガスを送る


そこで、陸続きのメリットを活かしてパイプラインを敷設して、ソ連から天然ガスの輸出を促進しようという動きが1960年代に起こる。まずは、中立国のオーストリアに対して68年9月からチェコスロバキア経由で天然ガスの供給を開始した。次に西ドイツが、ソ連から天然ガスを輸入する契約を70年2月1日に締結するのである。

73年5月にはチェコスロバキア経由のパイプラインが東西両ドイツに到達する。天然ガス輸出については、ソ連は極めて現実主義的であり、政治的イデオロギーは横に置いて、経済的利益の追求に走った。

■アメリカの反対


このようなソ連・西欧の動きについて、アメリカはソ連へのエネルギー依存の危険性を指摘した。エネルギー依存が政治的武器として使われ、外貨の提供はソ連を強化するという理由で、天然ガスパイプライン計画に反対したのである。

しかし、西ドイツやイタリアやフランスなどのヨーロッパ諸国はソ連と相互依存関係を築くことが逆に平和に繋がると主張した。そしてその主張を具体化したパイプライン計画は、ドイツ統一後もメルケル首相など歴代政権に引き継がれ、ウレンゴイ天然ガス田とフランス、西ドイツなど、西欧7カ国を結ぶパイプライン(全長5,500㎞)が完成し、1984年から輸送が始まった。

ヨーロッパ諸国が安価なロシアの天然ガスに目をつけたのは、エネルギー需要の高まりに対応せねばならなかったからである。ところが、エネルギー大国アメリカは代替エネルギーを提供することもなく、欧州を助けようとはしなかったのである。

■相互依存関係は平和をもたらさないのか


こうして、ヨーロッパとアメリカの対立が解けないまま、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を迎えたのである。この時点で、ヨーロッパは、エネルギー供給をロシアの石油、石炭、天然ガスに大きく依存していた。EU全体の対ロシア依存率は、天然ガスが45%、石油が27%であった。

ところが、ロシアのウクライナ侵略によって、「経済の相互依存関係が平和をもたらす」という考え方が否定されてしまったのである。EUは2027年までにロシア産エネルギー源への依存率をゼロにするという方針を決定した。プーチンの暴挙が、アメリカの主張の正しさを立証してしまったのである。

プーチンの国際法違反は、デタントの基礎となった相互依存関係を粉砕し、これからの国際秩序の形成に大きなマイナスとなっている。

■執筆者プロフィール




Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。

今週は、「ウクライナ侵攻で大きく狂った欧露パイプ経済」をテーマにお届けしました。

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