2023年1月13日より映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』が劇場公開されている。本作は、ハリウッド映画のプロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる数十年に及ぶ性的暴行を告発した、2人の女性記者の実話を描いたドラマだ。
2017年のニューヨーク・タイムズ紙にその告発記事が公開されたため、それまで性的被害について沈黙していた人たちによる「#MeToo運動」が起こった。映画業界に限らず、社会に性暴力とセクハラがどれだけ蔓延していたのかを気付かされると共に、世界中でそうした悪しき体制に目が向けられる(変わる)きっかけになったのだ。
この映画では、その記事が公開されるまでの経緯が語られるわけだが、端的に言って「ここまでのことが必要だったのか……!」と、いかに困難な道のりだったかを思い知らされる内容だった。その理由を記していこう。
◆何度も何度もトライする取材と交渉
告発までの経緯で重くのしかかる問題は、「性被害にあった女性たちが示談に応じている」ことだった。つまり、性被害を証言すれば訴えられるため、声をあげること自体ができない。その他にも、劇中では性被害者を泣き寝入りさせようとする、おぞましい「隠ぺい構造」が明らかになっていく。
そのため、2人の女性記者は、性被害にあった女性たちやワインスタインの関係者にひたすらにコンタクトを取り続け、性加害者を守る法のシステムの問題にも目を向け、記事にするために正当な手順を踏んでいく。その取材と交渉は「地道」そのもので、障害をひとつひとつクリアーしなければ到底求めるゴールにはたどり着けないし、その中にはとことん向き合ったとしても「無駄骨」に終わってしまいそうな事象もある。
それでも、彼女たちはひたすらに自分の信じた正しい道を信じ続け、ただただ奔走する。何度も何度もトライしても、まったく前に進めないこともある。だが、その努力がついに実るかもしれない、か細い希望も見つけられる。その「巨大権力に挑む」様は誰が観ても共感と応援ができるだろうし、何より映画として(この題材に対して使う言葉としては不適切とはわかっているが)面白いのだ。
◆心の傷を負い続けていたことがわかる「声」
さらには、業界にまかり通っていた隠ぺい構造のみならず、性被害にあった女性たちが、どれほどの心の傷を抱え、それを隠してこれまで生きてこなければならなかったのかが、俳優陣の熱演もあって痛切なまでに伝えられている。
過去の性被害を話すということ、それ自体がどれだけつらく苦しく、勇気のいることなのか。新聞の記事やニュースでは伝わり切らない、その「声」を聞くことではっきりとわかるのだ。
同時に、何十年にも渡って権力で彼女たちをねじ伏せ、欲望のままに一方的な搾取をし続けたワインスタインが、醜悪という言葉でも足りないほどの巨悪であることも思い知らされる。それは観る側にも精神的な負担を強いるが、それを含めて「実感」することこそが重要な作品でもあった。
◆性的暴行のシーンを直接見せない演出の意義
本作は「性的暴行のシーンを直接見せない」演出がされている。だが、そのことがかえっておぞましさを際立たせているとも言える。
映画の冒頭から、服を抱きかかえ必死で走る女性の姿が描かれることもかなりショッキングだ。さらに、性被害者が淡々とワインスタインの言動を語る場面や、ワインスタインと性被害者の本物の音声が流れる場面もある。
そこで映し出されているのは、性被害を受けた場所である「部屋」や、その外の「廊下」だけなのだが、あまりに生々しい言葉の数々から観客は「想像」で補うため、性的暴行のシーンそのものがなくても、彼女たちの嫌悪感や恐怖がこれでもかと伝わる。
そして、ワインスタイン本人の「顔」も劇中ではいっさい映さない。その演出もまた、取材の最中で、その顔を見せない巨悪が「この事象の裏に存在していた」事実を想像させる効果を生んでいる。同時に「この最悪の性加害者の顔を作品には残してはならない」という、作り手の矜持も感じさせた。
世の中には、性的暴行のシーンを直接的に描いてこそ、登場人物の痛切な心情を伝えるタイプの作品もある。だが、この映画がそうしなかった、「SHE SAID」のタイトルさながらに現実にもあった被害者の証言を主軸に構成し、あえて「見せない」演出にしたのは、彼女たちの勇気ある行動と言葉に敬意を払った結果とも思えたのだ。
◆誰にとっても他人事ではない
言うまでもなく、本作で描かれた問題は、映画業界だけではないのはもちろん、日本でもまったく他人事ではない。社会に生きるひとりひとりが性暴力・セクハラを許さない確固たる意志を持つことが大切という意識も新たにできるだろう。
その理由もまた、劇中で2人の女性記者が、何度も何度も、地道な取材と交渉を続け、やっとのことで記事が世に出せたという、あまりに困難な道のりが描かれているためだ。何より、その告発記事で世界が変わったのは、紛れもない事実。だからこそ「バトン」は、世界中の人々に渡されているとも言える。ぜひ劇場で、そのことを実感してほしい。
<文/ヒナタカ>
【ヒナタカ】
「女子SPA!」のほか「日刊サイゾー」「cinemas PLUS」「ねとらぼ」などで映画紹介記事を執筆中の映画ライター。Twitter:@HinatakaJeF