Image: Linda Codega - Gizmodo US 全キーにエルフ文字が刻印!
いろんなタイプのメカニカルキーボードが生まれる中、『The Lord of the Rings(ロード・オブ・ザ・リング)』をテーマとしたキーボード、DROP + Lord of the Ringsが誕生しました。
『The Lord of the Rings』といえばエルフの独自言語があったりして、キーボードであるからにはそこまで忠実に反映されてるのかどうか…米GizmodoのLinda Codega記者が偏愛レビューしてますので、指輪物語の世界が好きな方はぜひ!
ドワーフ語版もあるけどエルフ語版を選んだ 最初にDROP + The Lord of the Rings(以下DROP + LOTR)を受け取ったとき、それは旅行帰りの嬉しいサプライズでした。このレビューを書くことは少し前に決まっていて、いつ届くか楽しみにしてたんです。エルフ語版にするかドワーフ語版にするか悩んだ結果、ドワーフ語版にあるイラスト(モリアに続く扉の絵)もすごく好きだけど、私自身心はエルフの少年なので、エルフ語版をレビューすることにしました。
受け取ってすぐにセットアップを始めました。ほんの3時間前に国際線の飛行機から降りたばかりでしたが、でも別に大丈夫、さっそくカチャカチャしましょうと。
グリーンのキーキャップのいくつかは、YouTubeのチュートリアルを見てすぐにオレンジのキーキャップに付け替えました(「外れるから、付け替えたほうがいい」とのこと)。
ひと通り接続して、タイピングを始めました。
可愛くてちゃんと使えるキーボード とりあえずの使用感は、まったく問題ありませんでした。古代の邪悪な影を呼び寄せることもなく、ヴァラールは不死の国にとどまり、ヌーメロール王の心が乱されることもなく、本当に完ぺきに思われました。
パタパタという音も快く、私は12時間にわたってこの小さなキーボードでのタイピングを楽しみました。愛らしくもゆったり空間を取ったキーでは文章を素早く書くことができ、カチャカチャという深みのあるキーキャップの音が満足感を与えてくれます。
オタク心もくすぐってくる
DROP + LOTRにはさらなる萌えポイントもあります。矢印キーの上にはヴァリノールの二つの木のイラストがあり、Enterキーには壊れたナルシルの剣、Commandキーには一つの指輪、Escapeキーにはサウロンの目が描かれてます。
いちいち細かくて、オタク心がくすぐられます。ミントグリーンのベースにアイボリーのキー、付け替えた明るいオレンジのキーが映え、すべては完ぺきに、何の欠陥もないように見えました。
ぱっと見では気づけなかったことがあった
そのときは多分ノスタルジアと、立派なキーボードがかき立てるプロのライターっぽさで、細部が見えなくなってたんだと思います。
何しろどんな言葉も文字もしっかり押し込まなきゃいけなくて(タップじゃダメ)、私はこのパワー感、コントロール感に歓喜するあまり、はるか東方にひそむ暗黒を見落としていたのでしょう。メカニカルキーボードの感触がどんなに好きだったかも忘れていました。私自身メカニカルキーボードを持っていたことがなく、少なくとも昔の家族用コンピューター以来初めて使ったのだし、旅行帰りでもあって、自分の目の前にあるものが何なのかよく見えていなかったんです。
私のオフィスの暗闇の中、バックライトも消えたその奥に、不吉な予兆がうごめいていたのに…。
エルフ語の使いやすさを吟味 可愛いキーボードを受け取った翌朝、私はちょっと引っかかることに気づきました。
前の夜、Functionキーが「F+数字」の形式で書かれてるのに気づいたのですが、英語の「F」ではなく、エルフ文字で「F」に対応すると一般に認知されている「formen」という字(トップ画像参照、英小文字のbみたいな字)が使われています。あとに続く数字もエルフ語のもの。
最初は、「あぁさすが、細部まで忠実にエルフ語の世界を再現してるだな」と思いました(ちなみにエルフの数は12進法に基づいていて、このFunctionキーにもそれが見られます)。
なんかコレジャナイところが…
でも一夜明けて見ると、Functionキーのすぐ下にある数字キーがエルフの数字システムに対応しておらず、全然違う記号であることに気づきました。嫌な予感がして、すぐに文字のほうの「F」キーもチェックしてみました。
FキーにはアルファベットのFと一緒に、エルフ語表記に使うテングワール文字が刻印されてますが、そのテングワール文字は「anca」という文字(英小文字のdの左半分が2個あるみたいな字)です。これは有声軟口蓋摩擦音の、現代の音声記号で言えば「ɣ」、英語で言えば二重音字「gh」(現代英語では無声化)であり、とにかくFunctionキーの左側にあるformen(発音がFになる字)では全然ありません。
英語のアルファベットとうまく1体1対応できていない
言語オタクの私としては、テングワール文字にはもうひとつ「unquë」という字があり、両唇軟口蓋鼻音の「gh」で、こっちは現代英語でも「Hugh」などで使うということも申し添えたいんですが、とにかくそれもformenじゃありません。
私はエルフ語のひとつ、シンダリンの翻訳アプリを引っ張り出し(いくつかのキーキャップにはシンダリンのフレーズがあったので、このキーボードではシンダリンからテングワールへの文字変換がされてるのかなと思ったんです)、残念ながら気づいてしまったんです。このキーボード上のテングワール文字がどれも、英語のアルファベットと対応していないことに。
たしかにシンダリンの場合、たとえば母音は小文字に付属する記号で表し、英語のaとかoのような独立した字ではない、といった違いはあります。でも全体的には、英語のアルファベットと1対1の対応が可能か、少なくともそれらしいものを作ろうとすることはできます。
また、仮にべレリアンド式のシンダリンを使うなら(そもそも虚構の言語で何か書こうとすること自体何の役にも立たないし、べレリアンドが第一紀の終わりに海に沈んだことを考慮すればますます無用なんですが)、母音を文字で表すこともできます。でも、べレリアンド式シンダリンの使い道が全くないという事実もさることながら、文字の上にくっついた母音の点とかニョロニョロとかが可愛くて捨てがたいんですよね。
もっと使いやすくできたのでは?
それで話を戻すと、DROP + LOTRは、可愛らしい外見、素敵な打鍵音、上手に訳されたシンダリンのフレーズがそろってはいても、結局このキーボードの基礎として考えておくべきことを見逃していたんです。つまり英語のアルファベットと、テングワールの似た音をそろえて同じキーに載せることです。
しかもテングワール文字の配列は、一見完全に適当なのかなと思いきや、私の分析によればしっかり考えてあるらしいんです。ちょっと調査が必要でしたが、J.R.R. トールキンがエルフ語のひとつ、クウェンヤの統語論を解説した中にある、個々の文字の音の種類に沿って並んでいるようなんです。
さてここから、中つ国(『ロード・オブ・ザ・リング』の世界)の言語の深みにますます入っていきますね~。
テングワール文字キーをQWERTYに合わせて配列していないのが謎すぎる ナードオンリーな記事で本当にすみません。(Image: J.R.R. Tolkien) 上の画像は、テングワール文字を発音でグルーピングしたメモです。グルーピングは、文字の形にも反映されてます。最初の音の分類はタテの列で、「témar」と呼ばれます。ざっくり言うと、
・Tincotéma: t・d・nのような
歯音 。
・Parmatéma: p・b・m・fのような
唇音 。
・Calmatéma: k・gのような
軟口蓋音 。
・Quessetéma: kw・gw・ñwのような
両唇軟口蓋音 。
・Tyelpetéma: sh・jのような
硬口蓋音 。
さらに列を見てみると、témarはtyellerと呼ばれる「発音の仕方」に対して分けられていることがわかります。
・Series 1:p・t・kのような無声破裂音。
・Series 2: b・d・gのような有声破裂音。
・Series 3:f・s・hのような無声摩擦音。
・Series 4:v・ð・ɣのような有声摩擦音。
・Series 5:n・mのような鼻音。
・Series 6:接近音。
で、DROP + LOTRのキーボードを見てみると、一番上の列(一般には~とか―とかがある列)は母音コントロールの記号(まっすぐの線)から始まっていて、その後最初の6文字にはtincotémaのグループが並びます。1列目はさらに追加の音がランダムに続き、7がromen、8がsilme、9がhyarmenとなります。2列めも似たような感じで、まずparmatemaから始まり、ちょっとランダムな感じで追加音が並びます。3列目、4列目も同じで、テングワール文字が6文字続いた後に追加の文字がスペアキーにまで入ってきます。
「中つ国の言語のキーボード」というテーマを追求しきれていない?
私はなぜこういう配列なのか考えてみましたが、いまだにわかりません。テングワール文字をわざわざ発音グループでまとめて並べるっていう、多分世界で3人くらいしか気づかないようなものすごく細かい仕事をしながら、なぜQWERTYに合わせて並べなかったんでしょうか? QWERTYキーボードだって結局、アルファベット順じゃありません。なのにテングワール文字だけが、ある意味アルファベット順に並んでるなんて。
混乱した私は、同僚のFlorence Ion記者に相談しました。彼女は長年キーボードのレビューをしているので、このDROP + LOTRのレビューもどうまとめたらいいか、どうテストすべきかを示してくれました。さらに彼女は、最近の大量生産のカスタムキーボードは、ダイハードなファンから見るとクオリティが下がっていることも指摘しました。カスタムキーボードという趣味が小規模で参入障壁が高かった頃は、カスタムキーキャップを作るにもクラウドファンディングでの大量プレオーダーとか買付が必要でしたが、そのおかげでクオリティは今より徹底していたようです。
もちろん今だって問題ないクオリティですが、テーマの追及という意味ではそこまでの一貫性を保てないのかもしれません。DROP + LOTRは生産そのものはきちんとできていますが、このキーボードが(少なくとも言語オタクの私にとって)表現として間違っているのは事実です。
いい感じに改善することはできそう この配列はどうにかして修正できるんでしょうか?
まずスペースの問題があります。メインのテングワール文字には24文字あり、さらに追加で細かいニュアンスの二重母音とか、トールキンみたいな人しか必要性を感じないような何かを識別するための特殊文字が計8つあります。
たとえばテングワール文字では「nigh」(ナイ)の「n」の音と「new」(ニュー)の「nj」の音の違いが反映されていて、nはnumen、njはñoldoと別の字で表されます。でもnumenはñoldoを裏返しにした文字なので、ひとつのキーキャップに載せることも可能なはずです。こういう似たような文字同士はたくさんあるので、ちゃんと時間を取って考えればうまい配列を作れそうです。
本当にテングワール文字を打てるキーボードを作ることを優先するなら、スペースを節約する方法はいろいろあるはずで、たとえば英語にあってシンダリンやクウェンヤでは記録されてない句読点とかだってあるので、そういう部分を活用すればいいんじゃないでしょうか。
可愛くて楽しいキーボードだけど、サラサラとは書けない そんなわけで、DROP + LOTRはすごく可愛くて楽しくて、でも英語のつづりをシンダリンで書こうとしてもサラサラとはできない、そんなキーボードです。
本当に書こうとしたら、temarやらteyellerやらを探し、チャート上で文字を確認し、それがキーボード上のどこにあるかを探すという面倒な作業が結局必要です。それなら自分でテングワール文字のマップを作ったほうが簡単です。
理解はするけど納得はできない
パッケージも本当に可愛い。(Image: Linda Codega – Gizmodo US) こんな私ですみません。とにかくアルファベットとエルフ文字が対応したキーボードがあればいいなと思ったんですが、DROP x LOTRのキー配列は、トールキンが考えたエルフ語の文字構造そのまま写した感じです。配列としては多分一番作りやすいやり方で作っただけなんだと理解しますが、どこかに納得できない自分がいます。このキーボードの別バージョンがどこかにあるなら、それはテングワール文字も英語のアルファベットもちゃんと使えて、シンダリンで打つこともできるし、Alt/Commandで母音を調整したり、numenのnとñoldoのnを打ち分けたりできるはずなんです。そのすべてが手に入ったかもしれないんです。
ドワーフ語版も同様な印象
ちなみに、このキーボードの
ドワーフ語版 (トールキンに忠実に言うなら、クズドゥル版)もあると言いましたよね。こちらも残念ながら、ぱっと見たところ、彼らのキアス文字が英語のアルファベットときちんと対応しているようには見えませんでした。ただクズドゥルの場合キアス文字が50種類あるので、音で一対一の対応をさせるのはエルフ語以上に難しそうです。これ以上深く追及するのも申し訳ないので、クズドゥル版キーボードについてはこのへんでやめます。
一部載っている単語がおかしいキーキャップも
結局この可愛いメカニカルキーボードは、エルフっぽいデザインが好きな人にはうれしいはずで、でもシンダリン風の書き方を効率よくするためにはそれほど向いていません(英語をシンダリンの文字で書くのでも、シンダリンに翻訳するのでも、両方)。
さらに悲しいのは、Home、End、Delete、Insertとか、翻訳されたキーキャップがいくつかあって、それら全部は調べてないんですが、どこまで合っていてどこまで間違ってるのか確かめるべく一部チェックしたんです。
すると、Homeはシンダリンで「bâr」これは合ってました。でもEndのキーキャップにあった「meth」、これは名詞であって、動詞じゃないんです。シンダリンで英語のキーが意味する「End」と同等の動詞を作るとしたら、他動詞を表す接頭辞の「tel-」を付けるか、または「metta」みたいな形にする必要があって、それを翻訳した場合「ending」に近い意味になります。
さらに「Insert」は一応シンダリンで「nest」と書かれてるんですが、その文字は私が知る限り、シンダリンのどの言葉とも相関していません。なので正しい言葉もあれば、形が間違ってるのもあれば、単に音を合わせただけのもののあるようです。
それでも使い続けますが… とはいえDROP + LOTR、作りもしっかりしているし(金属の筐体とカバーの間に若干分離してる部分がありましたが、大勢に影響ないです)、いろんな色が入って楽しいデザインです。私が受け取ったのはスタンダードバージョン(普通のアルファベットとテングワール文字両方載ってる)でしたが、その後ハードコアバージョンをリクエストして、入手できたらシンダリンで英語を記述するように設定できるか試してみようと思います。なんだかんだいって結局、このエルフ語版DROP + LOTRはナイスだと思ってはいるんです。好きだし、使い続けます。やるべきことをちゃんとできて、私みたいな初心者には良い入門編ですよ。
ただ、本来ならこんなキーボードだったのかな…と想像すると、ちょっと泣けてしまうだけで。