追悼 佐川一政 -「パリ人肉事件」で知られる作家の心の霧は最期に晴れたのか?

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佐川一政氏が肺炎で2022年11月24日に亡くなっていたとの訃報が12月1日夕、静かに駆け巡った。1981年、パリの大学院に留学中、オランダ人女性を射殺し食した「パリ人肉事件」で知られ、その経験をフランスの獄中で綴った『霧の中』を1983年に著した作家だ。

訃報は佐川氏の弟・純氏の著書『カニバの弟』の出版元・東京キララ社によりHPとTwitterで報告されたが、当初オンラインニュースで反応したのはスポニチ、次いで共同(紙媒体を持たずニュースを配信する社)のみ。大手一般全国紙は毎日が共同記事をそのまま用いて1日にオンラインで伝えた。続く翌2日に読売と毎日、3日に朝日がそれぞれ紙面とオンラインで伝えた。

一般媒体の扱いは事件と『霧の中』の書名、また唐十郎氏が佐川氏との文通内容を素材に書いた小説『佐川君からの手紙』が1982年に芥川賞を受賞したことを伝える簡素なものだった。

筆者(澤)は当時の事件時とその後の狂騒を知る者として、簡素な新聞記事の行間や、抑えた伝え方に却って深い闇と戦慄を覚えた。恐らく芥川賞作品のモチーフの人物でなければ、一般紙は報じなかったのではないだろうか。だが『…手紙』のほうは題材として佐川氏の事件が用いられているが、氏の意に反した引用により当人が知らない間に刊行されたという。それを知った氏により一気にまとめられた『霧の中』は本人の言葉として、ヒトが人間を食べるための行動を詳細に記しており、大変読む者を選ぶ生々しさがある。「まったりとした」など味わいの感慨や調理の詳細まで記されているのだから。

人間にとって最大のタブーである人肉食が飢餓などの極限状態でもないのに行なわれ、しかも小柄な日本男性が大柄な外国人女性を……というニュースは当時、世界中で大変センセーショナルに報じられ、時をおかず2冊の刊行物がベストセラーになったことも騒動になった。

ことはさらに数奇な経緯を辿る。佐川氏はフランスでの精神鑑定の結果、不起訴となり、仏日の法の狭間で刑事処分を受けることなく日本に送還される。事件の資料は渡されず、日本の精神病院を退院。その頃はまさにバブル期で、すでに「著名人」である佐川氏はMの連続少女殺人事件論評を行なったり、様々な「表の」文化人の対談や刊行パーティーに出るなどある種の「寵児」となった。

だが時は移ろい、バブル経済も弾ける。氏は著書執筆を重ねるほか、アダルトビデオに出演したり、『霧の中』の食人部分や性的な妄想を綴ったり、天下の奇書『家畜人ヤプー』作者の沼正三と会った逸話などを明かす『まんがサガワさん』(ISBN 4872784723 オークラ出版、絶版)を刊行したりするなどマニアックでますます受け手を選ぶ活動となる。

このマンガは、自身で絵を描いており、よく表で流通した…と思える「禍々しさ」に満ちた書物だ。

この2000年前後ごろだったかと思うが、筆者は新宿ロフトプラスワンで佐川氏の近くに1人で着席していたことがある。当時は店の1階が仕切られた半楽屋のようなスペースがあり、登壇者の友人知人やふらりと訪れた著名人らが寛ぐことができた。

幼時から切り抜きを集めるほど興味を持っていた事件の当事者が間近に……驚くほど小柄で華奢なこの男性が、「人を食べた人」。登壇者をモニタ越しに見つめ全身から発するオーラに気圧され、言葉をかけることができずにいるうち、氏はフイと立って帰っていった。

……その後ろにハラリと何か黒いものが落ちた。長めに千切られたトイレットペーパーにビッシリと「僕も出してよ僕も出してよ僕も出してよ……」。登壇者を見つめながら、一人で経文のように綴っていたのだ……。

晩年2019年にはドキュメンタリー映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』で弟に介護される様子が見られた。病院で息を引き取ったという佐川一政氏の心に最期に浮かんだものは何だっただろうか、霧は本人には晴れただろうか。書籍の類が現在大変探しにくいが、『霧の中』は電書で読める。(Text:澤水月)

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霧の中
9784882027461 彩流社(電子書籍)

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まんがサガワさん
4872784723 オークラ出版(絶版)

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完全版 佐川君からの手紙
978-4309409573 河出書房新社

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