<地獄創造>の壮絶な歩み 『マッドゴッド』“特殊効果の神”フィル・ティペット「この映画で私は死んで、再生した」

クランクイン!

 創造とは決して華やかな作業ではなく、混沌の闇から己の分身を鍛造する果てしない苦闘だ。ハリウッドの大物監督たちに「ストップモーション特撮の神」と崇められるフィル・ティペットが30年を費やして完成させた『マッドゴッド』はそう教えてくれる。この世の終わりに、地下深くの暗黒世界に潜入した主人公アサシンが目撃する百鬼夜行の地獄絵図。悪夢のイマジネーションが煌(きら)めく、名伏し難い魂の力作『マッドゴッド』の誕生秘話を、神様はゆっくりとした口調で赤裸々に語り出す。

■作業を苦労とは思わない



――『マッドゴッド』の唯一無二の世界観は圧巻でしたが、核となる最初のインスピレーションはどんなものだったのですか?



ティペット監督:出発点はシットマンというゾンビのような人々だ。細長い針金状の人物像で知られるアルベルト・ジャコメッティと、彫刻家のオーギュスト・ロダンが合体したようなキャラクターでね。80年代初頭に作った粘土像をずっと手元に置いていた。以後、何年もかけて意図や方向性を探った結果が『マッドゴッド』だ。私のモノづくりはいわば探索だ。『未知との遭遇』の主人公がUFOと出会い、脳内に浮かぶヴィジョンに突き動かされ、無意識にデビルズタワーを作る。まさにそんな感じだ。『マッドゴッド』にもデビルズタワーと似た場所が出てくるが、あの映画の記憶が残っていたのかもしれない。

――本作の製作は1990年、『ロボコップ2』の後で始まりましたが、両作に何かつながりはありますか? ロボット墓場の場面であなたが作った「ED‐209」が登場しますが…。



ティペット監督:深い関係はないが「ED‐209」はオマージュだね。この映画は私の脳内に蓄積されたさまざまな仕事や経験のコラージュだから。

――あなたが心惹かれると語る「地獄」の風景はグロステスクでありながらポップで美しく、ヒエロニムス・ボスの絵画のように濃密でしたが、撮影で特に苦労した場面は?



ティペット監督:ないね。作業を苦労と思わないから。ボスの絵画の影響はある。私の父の書斎は怪物や恐竜の本ばかりだった。子どもの頃にそんな本を見て、いつかボスの後継者になりたいと思った。まぁ、身の程知らずの夢だけど(笑)。ただ、映画ではボスの絵の模倣は避けた。完全な盗用ではなく、インスピレーションの源。現代風の翻訳だ。

――現代ではデジタル表現の進化と並び、アナログな技術もまた人々を感動させています。日本では昨年、堀貴秀監督が7年かけて独学で完成させた『JUNK HEAD』が公開され、話題になりました。1993年の『ジュラシック・パーク』で「自分の仕事は終わった」と発言されましたが(※)、今はどのようにお考えですか。



ティペット監督:技術の進歩にはあまり関心がない。CGでそれっぽい映像も作れるが、ストップモーションの魅力は手作りの風合いだ。2022年の『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』にはその風合いが生きている。結局は使い方次第だね。

※フィル・ティペットは『ジュラシック・パーク』で恐竜のストップモーションを担当するはずだったが、ILMが制作したリアルなCGをスティーヴン・スピルバーグ監督が採用し、ティペットは降板した。

■一番影響を受けた監督は、間違いなくポール・バーホーベン



――デル・トロを始め、ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグ、ポール・バーホーベンら、多くのヒットメーカーと仕事をされてきましたが、「監督」の立場から見て特に影響を受けたのは誰ですか。



ティペット監督:間違いなくポールだ。他の監督も素晴らしいけどね。特にジョージは製作費を回収し、同時に巨大なファン層を得た。だが、ポールはそんなことに関心がない。彼は「作家」だ。どんなことがあろうとヴィジョンを追求し、激しい批判も浴びる。だが、最悪と叩かれた映画を観直すと、知的な概念と気骨を感じるね。

――その通りだと思います。



ティペット監督:誰のために映画を作るかと問われたポールは「自分のためだ」と答えた。もちろん、彼にも商売っ気はあるが、主な動機じゃない。かつてポールはインタビュアーに「あなたの映画はなぜ、セックスと暴力についてでなければならないのか」と問われ、「映画は何かについてである必要はない」と答えた。私が気に入っている言葉のひとつだ。

■この映画で私は死んで、再生した



――ただ、自分のやりたいことを追求するのは、同時に困難で厄介なことでもありますね。



ティペット監督:確かに『マッドゴッド』は難産だった。その制作過程は、神話学者のジョーゼフ・キャンベルが説く「英雄の旅」と同じだ。冒険を課せられ、道を選んで門を開き、森に迷って喋るカラスに案内を頼む。主人公は最後に死に、そして生まれ変わる。それが私のDNAに組み込まれた概念で、実際に自分の身に起きたことだ。映画の劇中、女性看護師の前に巨大な壁が立ち塞がる。あれと同じだ。何をすべきか分かっていても、何度も壁に阻まれる。そんなときは他のアーティストにチャネリングするんだ。

――具体的にはどんな作業ですか?



ティペット監督:例えば、最初はポップアートの先駆者ジャスパー・ジョーンズ風にしようと考える。二次元的な事物を平面に描く感じだ。だが、翌日になると、同じポップアート作家でも、ロバート・ラウシェンバーグっぽく、二次元の枠をはみ出してみようと試す。その次の日は、エドワード・キーンホルツに倣(なら)い、額縁から完全に外れて、ひとつの状況として構築してみようかと迷う。次々に異なるアプローチが浮かび、終わりがないんだ。毎日、12時間から15時間も働き、体はクタクタなのに、思考が止められない。ちょっと変だと気づき、精神科医を訪ねたら躁(そう)病だと診断された。そのうち、声が聞こえだした。誰かに話しかけられている気がして、服が体に引っかかるような不快感に悩まされた。

――なんとも…恐ろしいですね。



ティペット監督:結局、酒に自己治療を求めた。つまり、これが「主人公の死」だ。自覚はなかったが、私は『マッドゴッド』の迷宮に囚われていた。仕事が嫌になり、苛立ち、映画の完成どころではないのに、強迫観念のように食事も忘れて作業に没頭した。深酒のせいですぐに限界が来て、精神科の病棟に数日間入院した。回復には2ヵ月かかったよ。

――魂を削るような作業だったんですね。



ティペット監督:そして、私は再生した。なんだか宗教じみた話だね(笑)。私は作家のレイ・ブラッドベリにも強い影響を受けた。彼は1960年代、とにかく好きなことに挑めと説いた。失敗しても努力しないより遥かに優れた経験になる。恐ろしいのは失敗の傷より、後悔の呪いだとね。やがて、情熱に従うのは素晴らしいと誰もが認識するようになった。だが、情熱(パッション)には、同時に「受難」の意味もある。情熱を抱えて創造のるつぼに吸い込まれた多くの芸術家が、苦しみの受難に直面する。私にとって創作は自己犠牲に等しい。『マッドゴッド』はその記録でもあるんだよ。

(取材・文:山崎圭司)

映画『マッドゴッド』は公開中。

当記事はクランクイン!の提供記事です。

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