25年に及ぶ記憶をめぐる物語~演劇界の台風の目になりそうな、横山拓也新作『夜明けの寄り鯨』演出&出演陣に聞く

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新国立劇場が展開するシリーズ企画【未来につなぐもの】。日本の劇作家による新作を上演することを目的としたシリーズ第2弾として、横山拓也の『夜明けの寄り鯨』が幕を開く。演出は新国立劇場では「こつこつプロジェクト」第一期として『スペインの戯曲』を手がけた、演出家・大澤 遊だ。その繊細な演出が演劇シーンの話題となり、横山との新作で初タッグを組む。

舞台は和歌山の港町。古くから鯨が漂着することで知られ、肉、内臓、油、髭が有効に使われる座礁鯨は、江戸時代から“寄り神様”と呼ばれていた。三桑(小島 聖)は、25年ぶりにこの地を訪れる。大学時代のサークルの旅行以来だ。彼女はその合宿で、寄り鯨の漂着を目撃したことがある。三桑は、とある地図を持って港町を再訪した。サークルの同級生・ヤマモト(小久保寿人)がつくった旅のしおりだ。三桑は、かつてヤマモトを傷つけてしまったかもしれないと悔やんでいる。苦い思いが残るなか、同級生の面影を追う旅に出た。地元で出会った青年・相野(池岡亮介)も、ともにヤマモトを探す旅をめぐることになる——。

演劇界においても新たな才能が次々と台頭していく昨今。そんななか、本作は台風の目となりそうだ。演出の大澤 遊、出演陣の小島 聖池岡亮介小久保寿人が座談会に加わった。

地図をめぐる25年越しの「旅」


ーー稽古は10月末からスタートしたそうですね。進捗状況はいかがですか?

大澤:一巡目が終わり、全体を流れで確認する稽古に入ったところです。各々が役についてどんなことを感じ、どういう行動に移すのか、互いに探っていく作業ですね。今は粗削りなままでいいから動いてみるという段階です。
大澤 遊
大澤 遊

小島:一回目にやったことを全部忘れてしまって(笑)。シーンの変わり目で私だけ変なところにいたりして。覚えられない自分に驚愕している状況です。

大澤:全部で17シーンあって。それを早いうちからまとめてやっているので、今は全然ズレて大丈夫です。

小島:位置関係は、繰り返すことでだんだんわかってくると思います。この作品は、自分のなかにいろんなものが入っては出ていって、それを蓄積するのが大事なのかなと思っています。25年前の時間と現在のどこに視線を持つのか? 私の演じる三桑の視点から時間が変化するので……。

池岡:僕の演じる相野は、いきなり三桑に対してぐいぐい話しかけるタイプ。普段、わりとパーソナルスペースを守る人間なので、そこを乗り越えるのがむずかしいです。懐に飛び込んでいくより、人間関係の輪のなかに潜り込んでいくのは自分でもうまいほうだと思うので(笑)、少しタイプが異なるキャラクターですね。相野らしく飛び込んでいくためのヒントは、稽古場でたくさんいただいている実感があります。だけど、それが自分の頭だけの理解になっていて、まだ身体に落とし込めていません。もっと繰り返さないと。

ーー「地図」が本作の重要なモチーフです。ヤマモトはその面でも象徴的な役ですね。

小久保:初めて読んだとき、登場人物のなかで誰よりも自分自身を分かっていない人だと感じたんです。ただ、会話のシーンを繰り返していると、また違う一面があることを知る。役の核みたいなものが見つかりそうなところなんですよ。決めつけないで稽古に入り、板の上で感じたものを出していくやり方ですね。そこで大澤さんが何かを見つけてくださる稽古場です。ヤマモトに感じる共通項もあって。飲み会には極力行かないとか(笑)。
小久保寿人
小久保寿人

大澤:なんか意外だな(笑)。

小久保:大人数が苦手なんですよ(笑)。

役の「記憶」を通して見ていくもの


小島:役と自分の共通点って、こちらが結びつけようとしているのかは分からないけど、何かを探しているところはあります。結局、いただいた役をやるのは自分なので、何かしら自分しかできないものがあると信じなきゃできないし。人間って本当の自分を無意識に隠すようなことがあるけれど、芝居のときはそのあたりを刺激して、舞台に立てればいいなとよく思いますね。

大澤:作品は、45歳の三桑が25年の時をさかのぼる構成になっているわけですけど、過去と現在がはっきりとした事実として描かれるわけではありません。三桑という人物の記憶を通して見ていくものなので、本当にあったことかどうか、あくまで三桑の記憶でしかないんですよね。

小島:自宅の本棚には、記憶に関する本がわりとあるんです。たまに開いて読むんですが、記憶というのは、けっこう勝手に作られていくらしいです。
小島 聖
小島 聖

大澤:互いの認識が異なることもそうで、記憶がそれぞれのなかで作れられちゃうってことですよね。僕もそんなことがたくさんあるし、どちらの記憶が正しいかなんてわからない。

池岡:記憶ってすごく曖昧ですよね。上京したばかりのとき、親から一人暮らしは認められず、叔父との共同生活になったんです。小さい頃からお世話になっている叔父さんで、半年ほど一緒に住んだのですが、そのときの感情が思い出せないような感じなんです。なにか俯瞰していて、ぼんやりとした記憶になっている。たぶん、僕も出来事への思いや感情を更新していたりして、叔父との共同生活がもっとふんわりしたものになるんです。僕のなかでは不思議な記憶として残っています。

小久保:僕もすごい記憶違いをしていました。この作品が決まったあと、モデルとなっている和歌山の太地町に行ってきました。「くじらの博物館」の写真を高校時代の親友に送ったところ、「また行ったんだ」と返信があって。僕、ものすごい驚いて。初めて行った場所なのにって。

大澤:えっ。怖い話?

小久保:たしかに高校の卒業旅行は和歌山でしたが、僕の記憶ではホテル浦島というところに泊まったこと、町の路面店で買わずに商品を触っていたらおばあちゃんに怒られたという2つの記憶しかなくて。その友人は卒業旅行で「くじらの博物館」に寄ったことを覚えていたんですね。僕はその事実は完全に飛んでいたんです。友人に教えてもらうまで全然気づかなかった(笑)。
(左から)大澤 遊、池岡亮介、小島 聖、小久保寿人
(左から)大澤 遊、池岡亮介、小島 聖、小久保寿人

稽古を見ている時間が面白い


大澤:『夜明けの寄り鯨』の題材が決まるきっかけは、横山さんの一言でした。「座礁鯨に興味があるんです」とおっしゃったことから企画がスタートして、こういうストーリーになりました。僕は、日常のなかに大きな問題が入ってきて、押し付けるのではないけど問題の出来事が登場人物たちに影響を与えていくことを意識して書いている作家さんだと思っていて、そこが魅力ですね。

小島:最初、わりとさらっと読んでしまったんですが、読み返すと文字の裏にあるものがどんどん溢れてくる印象です。「あれ、私けっこう大変かも?」と思い直しました(笑)。あと、最近は外国人の役ばかりだから、久々に日本の作品をやれてうれしいです。

大澤:戯曲として完成していますね。何も施さず上演することもできるのですが、言葉の裏にあるものをどんどん咀嚼して、このチームでできることの高い地点を目指したいです。

小島:今、まさに稽古している段階です。やっぱり俳優は言葉を身体に入れ込まないと。徹底的に言葉を入れる作業が必要です。

池岡:横山さんの本を特に面白いなと思うのは、ほかの役が喧嘩しているシーンを見ているときなんです。ぶつけようのない感情を言葉にしようとしたら、人間ってこんなふうに見えるんだという発見があって。つい笑っちゃうシーンもありますし、稽古場で見ている時間が面白いです。
池岡亮介
池岡亮介

ーー本作の上演にあたって、みなさんが楽しみにしていることはなんですか?

小島:作品に対して、わからないままでいたいです。わかっちゃうと、やっぱり面白くないと思っていて……。どうしても回答を出したくなるけど、余白があったほうがいいと思うんです。みんなで向かうべき場所はあるけど、「こうです!」というのではなく、演じている側もお客さんも想像するためのわからなさを残しておきたい。

池岡:あらゆる価値観が描かれていて、今の時代をとらえている作品でもあります。この作品で主張を押し付けるつもりはまったくないけれど、いろんな価値観の人たちに観ていただきたいですね。僕の友人は、一般的な仕事についている人が多くて、年齢層もバラバラ。そういう友人たちから感想を聞いてみたいです。

小久保:ジェンダーやLGBTQの時代認識が現在にあるけれど、25年前の価値観はまったく違うものでした。僕の演じるヤマモトは、25年前の当事者ですから、今の人たちの抱える視点とまた異なる部分があるかもしれない。しかし、ヤマモトが抱える普遍的な悩みがある。役に対して知った気にならず、ヤマモトに寄り添いたいです。

大澤:今回は美術にも凝った仕掛けがあり、照明も通常の劇場の仕込み方と違うんです。実際の舞台でそれらがどう作用し、作品に厚みを持たせてくれるのか、とても楽しみです。これからが作品を立ち上げていく山場なので、一つひとつの悩みは尽きないのですけど……。
(左から)大澤 遊、池岡亮介、小島 聖、小久保寿人
(左から)大澤 遊、池岡亮介、小島 聖、小久保寿人

取材・文=田中大介    撮影=山口真由

当記事はSPICEの提供記事です。

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