ユリイ・カノン「このストーリーにはまだ語りきれていない部分も」ーー ストーリーライブの追加公演へ向けて、そして月詠みが描き続けた物語に改めて迫る

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ユリイ・カノンが主催・プロデュースし「物語」と「音楽」を展開するプロジェクト・月詠み。
8月17日には2nd mini Album『月が満ちる』をリリース、結成2年の記念日である10月10日には『月詠み 1stストーリーライブ「だれかの心臓になれたなら」』を開催。そして、同公演がSOLDしたことを受け追加公演(12月11日)の開催が決定している。
本記事では、メインコンポーザーを務めるユリイ・カノンに登場してもらい、全二章で構成される物語の前章となる1st mini Album『欠けた心象、世のよすが』と終章となる2nd mini Album『月が満ちる』の二作で描いてきた物語やストーリーライブについての話を訊いた。


ーー2021年夏に発表されたミニアルバム『欠けた心象、世のよすが』と、今夏に発表されたミニアルバム『月が満ちる』の内容をふまえたうえで、10月に月詠みは東京 TIAT SKY HALLにて『月詠み 1stストーリーライブ「だれかの心臓になれたなら」』を開催されました。ここではまず、そのライブを終えてみてユリイさんが感じた手応えをお聞きしたいです。

僕が月詠みを始める前から作っていた物語を、月詠みのスタート以降はここまで2年間かけて楽曲と小説というかたちで展開してきたわけですが……10月のライブではそれをあらためてひとつの作品として提示させていただくことが出来たという意味で、自分にとっては大きな手応えを感じることができた場になったと思います。

ーー普段だとファンの方々からのリアクションはオンラインで受け取ることが多いかと思うのですが、それだけにユリイさんにとってあのライブは実際に観に来てくださる方々から生の反応を得られた貴重な場でもあったのでしょうね。

基本的に月詠みはあまり自分が表には出ない音楽プロジェクトなので、あの日ライブの場で曲を聴きながら涙を流してくださっている人の姿だったり、楽しそうにしている人の姿を自分の眼で見ることができた時に、自分としてはみなさんに対して伝えたかったことを伝えることが出来たんじゃないかなと思いました。

ーーちなみに、ユリイさんが月詠みならではの“ストーリーライブ”というものを企画された当初、そこに詰め込んでいくべきファクターやコンテンツに関してはどのようなビジョンをお持ちだったのでしょうか。

楽曲だったり、歌詞、そしてライブでの演出などを全て通じて、楽曲単体で聴く時とはまた違う感覚や、物語の細かな部分やそれぞれの曲同士が持っている関係性まで感じてもらえるような空間を作っていきたいと考えていましたね。音声でのモノローグによって、より深くストーリーの登場人物の心情や心象を観てくれていた側に伝えていくこともできたと思いますし。場合によっては今までわからなかったかもしれないところまで見えてくるような、ライブ全体がひとつの作品として成立する世界を構築していきたいと思って描いていました。

ーーということは、たとえばライティングなどの物理的な演出アプローチなどについてもユリイさんからオーダーを出されることがあったわけですか?

そうですね。あくまでも作品を表現するということに重きを置いていますので、ライティングに関しては演者の表情をしっかりと見せるような当て方はせず、できるだけ観客側が音楽と物語に集中出来るような雰囲気を作っていくことを心がけました。


ーーまた、先だってのストーリーライブでは映像を用いた演出も多く、物語の内容をヴィジュアライズした動画が効果的に使われていた印象です。ユリイさんがこのたび映像制作のチームに対して求めたものはなんでしたか?

そこは楽曲ごとの色といいますか、音で表現しているもののイメージをさらに大きく深く拡げていくために映像表現を用いた感じですね。

ーーイラストレーターの人選もユリイさんがされたのですか?

自分から選ばせていただいた方が多いです。あとは、周囲の人から紹介していただいた方もいらっしゃいます。

ーー月詠みというプロジェクトは、もちろんユリイさんの脳内から生み出された物語と音楽が揺るがぬベースとなっているわけですけれど、それを実現したり具現化していくためには関わっていらっしゃるミュージシャンの方々も含めて、的確な人選と豊富な人脈というものも重要になってくるのですね。ストーリーライブを成立させていくうえでは、なみなみならぬ時間や手間もかかりそうです。

確かに、気付けば月詠みはもともと自分が想定していた規模よりもかなり大きなスケール感を持ったプロジェクトになってきていますね。それらを統括しながらひとつのストーリーライブを作っていくうえでは、いろいろ考えることも多かったです。

ーー月詠みが始動した2020年10月の段階では、現在の月詠みの姿は良い意味で予想できていなかったんですね。

だと思います。さかのぼった話をすると、月詠みの構想を練り出したのは2019年の春前あたりのことだったんですよ。その前の2018年末にソロでのアルバム(『Kardia』)を発表して、そこで一旦は自分の音楽活動に一区切りがついたこともあり、しばらく楽曲提供の方を中心にやったり、ボーカロイドによる歌唱の楽曲を発表していたんですけど、その後にはまた人間歌唱の曲を発表する機会も増えていって。いろいろな人たちと一緒にひとつの楽曲を作るという経験が増えていったことで、そういうのって楽しいなって気付いたところが実は月詠みを始めたきっかけのひとでもあったんです。今度は自分が中心となっていろんな人と音楽を作ってみたい、何か面白いことは出来ないかな?と思い始めたのが2019年の春前頃だったんです。そこから1年半くらいかけて、構想を固めながらメンバー探しをしました。

ーーその際、最初にユリイさんが白羽の矢を立てたというのが……

ギターのEpochです。以前ボーカロイドの楽曲でも弾いてもらっていたので、まずは彼と話をしながらゆっくり準備を進めていきましたね。ただ、その段階だとペースがゆっくり過ぎて「このプロジェクトをやりきるには一体何年かかるんだろう……」と思っていたりもしました。

ーーそのゆっくりなモードから抜け出したのはどのようなタイミングだったのでしょう。

月詠みの存在を世に発表した時点です。とにかく反響が大きくて、以前は自分の音楽活動は半分趣味みたいなものとして捉えていたところがあったんですけど、人間歌唱での楽曲を発表する機会が増えた段階で少しフェーズが変わったといいますか。それまでとはまた違う層の方々にも自分の作った音楽が届くようになったことがわかってきて、そこでより“しかとしたもの”を作りたいという気持ちになったんです。その頃には、物語の方も完結までだいぶ見えてきた状態になっていました。


ーー結果、月詠みは『欠けた心象、世のよすが』『月が満ちる』という2枚のミニアルバムをもってひとつの物語を表現することになりました。いわゆる単純な前後編とは違う、この独特の表現手法はストーリーに多大なる深みを与えることになりましたよね。

この物語にはユマとリノというふたりの主人公がいるので、アルバムも対になるものとして作っていったんですよ。それぞれからの視点で描かれた物語が重なることで、お互いに見えていなかった部分が出てきたり、同じ情景や光景でも違ったかたちに見えていたり。そんな展開が描き出されていくことになったと思います。

ーーユリイさんは曲と歌詞だけでなく、そこに付随する小説も執筆されていらっしゃいますが、以前からすでに“書く”ことはされていたのですか?

書くことはむしろ音楽よりも先でした。自分にとって最初の創作活動は中学生の頃に始めた小説を書くことだったんですよ。その当時は自分の作品を世に発表するということはせず、どこか自己満足のために書いていた感じではあって。その頃には楽器にも触れていたんですけど、周りでバンドをやっているっていうケースも多かったので、音楽をやるには仲間がいないとダメなのかなと思いつつ……そういう人に巡り合わないまま、そのうち細々と音楽も個人的な趣味として作るようになっていったんです。

ーーなるほど。ここに至るまでの間にはそのような時期も経験されていたのですね。

高校生になってからは、一旦小説からは離れて音楽を作る時間が増えていき、その流れでボーカロイド楽曲をインターネットで発表するということを始めて。その頃にも楽曲に対してのストーリー性を持たせるということはよくしていました。

ーーそういえば、この春にユリイさんが作詞を手掛けられていた「ヨダカ」(TVアニメ『BIRDIE WING -Golf Girls' Story-』のエンディング主題歌)は、宮沢賢治さんの小説『よだかの星』をモチーフにしたものであったそうですが、宮沢賢治さん以外にも好きな作家さんや影響を受けられた作家さんはいらっしゃいますか?

そもそも小説を読むきっかけになったのが太宰治だったので、いまだにずっと憧れている部分はありますね。自分自身の作風とかかなりかけ離れていますけど(笑)。

ーー文体などは違うものの、繊細かつ人間の内面を深く掘り下げていく方向性について言えば意外とどこかで近しいニュアンスもあるようにも思えます。なお、ユリイさんは創作に際して言葉を扱う時と、音を扱う時だと、そのスタンスに違いはありますか? それとも同じなのでしょうか。

いずれにしても、自分自身に響かないものは世に出さないと決めているところは共通していますね。そして、言葉を選ぶ時にも、音を選ぶ時にも、そこに自分の思う美しさがあるかどうかも重視しています。


ーーなるほど。これは初歩的な質問になってしまうのですが、プロジェクト名を冠する際に“月詠み”という言葉を選ばれた理由についても教えてください。このプロジェクト名もすごく美しくて。

まずは日本で活動するアーティストというところから、日本らしい言葉や、日本の神様の名前からとろうかなということも考えたんですが、その流れの中で行き着いたのが月詠みだったんです。理由のひとつとしては、表現していきたい物語の中では月が象徴的な存在やテーマとして出てくる場面がわりと多かった、というのもありました。

ーーまさに『欠けた心象、世のよすが』も『月が満ちる』も、昼の情景が描かれた場面は多少あるにせよ、物語の中では圧倒的に夜のイメージに根ざした場面が多い印象です。真っ暗な夜闇とは異なる、月明かりのもとに浮かび上がっていくストーリーは、月詠みだからこそ表現できる、ある種の異世界譚のようにも感じられます。ユリイさんご自身も、時間帯としては昼よりも夜の方がお好きだったりしますか?

朝は苦手ですし(苦笑)、何かを作るのも夜が多いので、夜の方が好きというか得意ですね。

ーー美しい月夜の場面が多い『欠けた心象、世のよすが』『月が満ちる』においては、ユマとリノのふたりが繊細な青春模様を織りなしてゆきます。これはフィクションではありますけれど、一方でユリイさんご自身の人生がなにかしらのかたちで投影された部分というのも中にはあったりするものですか?

自分が今までに経験してきたことが、主人公ふたりそれぞれの考えや行動の中に反映されているところはやっぱりあると思います。中には、自分がこれまで出会ってきた人たちや、自分に影響を与えてくれた人たちの存在が、物語の中でいろいろと活かされている部分もあるんじゃないかなと。
月詠み
月詠み
月詠み
月詠み

ーー外部からインプットされた要素だけではなく、当然ながらユリイさんご自身のメンタリティやパーソナリティが登場キャラクターたちの内面に反映されていったところもあるのでしょうね。

はい、そういうところもあります。たとえば、物語の中でユマはいろいろなことに挫折して最終的に自ら命を絶つという選択するわけなんですが、その部分は「自分がもし命を絶つとしたら、こういうことがないとそうはならないだろう」という考えを反映させて書いたものでした。

ーーなんといいますか……そのくだりというのは、先ほど出て来た太宰治の影を微妙に感じるところでもあるように思えます。

トーンとして暗くて陰湿なところがあったり、世の中に対する少し斜に構えた姿勢が表現されているあたりは、確かに共通しているところがあるかもしれません。

ーーユマだけでなく、リノも含めて彼女たちは物語の中で常に“完璧や理想を強く求め続けている”ように見えます。十代にしてはストイック過ぎるとも言えますし、十代だからこそここまで純粋になれるのかなとも思ったり。

ふたりに共通しているのは「特別になりたい」という気持ちなんです。特別になるためには人よりも優れていないといけないというところが幼い頃からあったんですよね。ピアノコンクールで負けたりすれば、それは劣等感として刻まれてしまうし、自分よりも才能がある人に対して羨望も感じることになるわけです。そういった経験は、彼女たちの心の中に積もっていくんですよ。

ーー誰かに叱咤激励された、誰かにディスられた、ということに対して落ち込むわけではないところが特徴的ですよね。昨今、SNSでも誹謗中傷に傷つく若者は多いですが、彼女たちは「特別になりたい」という呪いを自分で自分にかけてしまっているようにさえ見えてきます。

そうなんです。彼女たちはあくまでも自分自身を自分で評価していますから。自分の世界の中で創作に没頭し、その世界の中でしか自分の人生の価値がないと思ってしまう人たちなんですよ。そして、僕にもそういうところはあるんですよね。

ーーとはいえ、ユリイさんは目の前に壁がたちはだかったとしてもそれを乗り越えられてきたからこそ、今もこうして創作活動を続けられているのでしょう。そうした危機を乗り越えるのにあたり、ユリイさんにとって必要だったのはどのようなことでしたか。

未来や将来に対しての希望を抱けるかどうか、というのが結局は大きかったと思います。いくら悩んだり苦しんだところで、それを根本的に解決出来るのは自分しかしないですし。今のところ、僕は幸い挫折らしい挫折は多分していないというのもあると思います。何度か諦めかけたことはあっても、いつも最後は「自分は創作しか出来ない」という結論に行き着いてきたんですよね。

ーー小説の中ではとある人物が〈創作というのはこの世で最も美しいもの〉と語る場面が出てきます。ユリイさんご自身がそのことを実感されたのは、どのような時だったのでしょう。

この世になかったものが初めて生まれた時ですね。自分にとってはフィクションだったとしても、それが誰かに届いた時にはその物語がその人にとって世界の一部になることもあるんだ、ということに気付いた時に、創作の素晴らしさと美しさを感じましたね。


ーーそして、12月11日には渋谷Veatsにて『月詠み 1stストーリーライブ「だれかの心臓になれたなら」』の追加公演が開催されるとのことですが、その空間でも“物語がその人にとって世界の一部になる”ような現象は生まれていくことになりそうですね。

自分としては前回と全く等しいものをやるつもりはなくて、内容としててはまた違ったものを見せていきたいなと考えながら今いろいろと準備を進めています。これはライブに限らず全ての創作に対して言えることですが、自分は完璧に納得としてしまうとそれ以上もう何も作れなくなってしまう可能性がある人間だと思っているので、前回よりもさらに完成度を高めたものをお見せしたいですし、できる限り前回を超えていくということを繰り返しながらこれからも進んでいきたいんです。なので、初めて来てくださる方にも、前回含め今回も来ていただく方にも、多くのことが伝わるような追加公演にしていきたいと思ってます。

ーーということは、もしや……?

『欠けた心象、世のよすが』と『月が満ちる』でひとつの結末をみた物語であるとはいえ、このストーリーにはまだ語りきれていない部分も当然ありますからね。描いてはいるけどもっと踏み込んだ表現ができる部分もあると思うので、そういうところを追求していきたいです。まぁ、それでも完全に自分が納得しきることはないんでしょうけど(笑)、そこはまた次の創作へつなげていこうと思います。

ーーそんな追加公演が無事に終わると、やがて来るのは2023年です。最後に、来年ユリイさんが月詠みをどのように動かしていきたいと目論んでいるのか、ということもぜひ教えてください。

追加公演をやることで1stストーリーの区切りはつくと思うので、来年からはまた違う展開を考えていくつもりです。これを今の段階で言葉で詳しく説明するのはなかなか難しいんですが(笑)、とにかく表現したいことも創作したいものもまだまだありますね。​

文=杉江由紀

当記事はSPICEの提供記事です。

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