「兄弟の歌声は誰にも買えない楽器だ」彼らの曲が聴きたくてたまらなくなる『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』【映画コラム】

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『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』(11月25日から、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかで上映中)

急激に変化する時代の中で生き延び(「ステイン・アライヴ」し)、数々の名曲を作り続けた兄弟グループ「ビージーズ」の軌跡を描いたドキュメンタリー。監督は、スティーブン・スピルバーグ作品などのプロデューサーとして知られるフランク・マーシャル。

英国マン島に生まれたバリー・ギブと双子の弟ロビンとモーリスの3兄弟によるビージーズは、少年時代から2003年にモーリスが他界するまで半世紀以上にわたるキャリアを築き、ジャンルと時代を超えて多くのアーティストに影響を与えた。

貴重な写真や未公開映像を通して名曲誕生の瞬間を振り返るとともに、エリック・クラプトン、ノエル・ギャラガー(オアシス)、クリス・マーティン(コールドプレイ)、ジャスティン・ティンバーレイクら、ビージーズを敬愛するアーティストたちが彼らについて語る。ギャラガーの「兄弟の歌声は誰にも買えない楽器だ」という言葉が印象的だ。

ざっと流れを追うと、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」(67)でのメジャーデビュー以来、「マサチューセッツ」(67)「ジョーク」(68)など、ヒット曲を量産するが、バリーとロビンが仲違いし、一時解散。

再結成したものの、70年代初期はスランプに陥り低迷。とはいえ、この映画のタイトルでもある「傷心の日々」(71)「マイ・ワールド」(72)「ラン・トゥー・ミー」(72)といった佳曲を生んでいる。

73年にマネージャー兼プロデューサーのロバート・スティッグウッドが設立したRSOレコードに移籍。アリフ・マーディンのプロデュースによって、それまでのストリングスサウンドからの転換を図る。そして誕生したのが、「ジャイブ・トーキン」(75)「ブロードウェイの夜」(75)「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」(76)など。低迷から脱する。

ファルセットを前面に押し出した「愛はきらめきの中に」「ステイン・アライヴ」「恋のナイト・フィーバー」「モア・ザン・ア・ウーマン」などが、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(77)のサウンドトラックに使われ、ディスコブームにも乗って大ヒットを記録。一躍時代の花形となる。

その勢いは、「失われた愛の世界」「哀愁のトラジディ」「ラブ・ユー・インサイド・アウト」(79)まで続いたが、反ディスコの風潮によるバッシングに遭い、表舞台から姿を消す。以後は作曲、プロデュースに力を入れるようになる。そして、モーリスとロビンの死によって事実上の解散となる。

この映画の特徴は、ビージーズの歴史や分析をとても分かりやすく描いているところだが、その横で、例えば、ビンス・メルーニー(リードギター)、コリン・ピーターセン(ドラム)、ブルース・ウィーバー(キーボード)、プロデューサーのアリフ・マーディンといった“裏方”の証言によって、ボーカルグループとしてではなく、“バンドとしてのビージーズ”が語られる点が興味深かった。

ウィーバーが声を詰まらせながら語る「愛はきらめきの中に」の誕生風景、紆余(うよ)曲折を経た後での「ラン・トゥー・ミー」のライブ映像には、こちらも泣かされた。

こうしたミュージシャンを主役にしたドキュメンタリーや伝記映画の成否は、見ながら、あるいは見た後で、描かれた対象者の曲が聴きたくなるかどうかがポイントだと思うが、その点、この映画はビージーズの曲が聴きたくてたまらなくなるのだから、成功作だといってもいいだろう。

ところで、「メロディ・フェア」など、映画『小さな恋のメロディ』(71)で使われた曲の話題が全く出てこなかった。やはり、あの映画や曲がヒットしたのは日本だけだったのかと、改めて知らされた。

(田中雄二)

当記事はエンタメOVOの提供記事です。

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