道端の看板、とんでもない5文字に目を疑う 「説明して…」と全人類が困惑

しらべぇ


地名というのはその多くが、周辺の自然環境や伝承などが由来となっている。科学の発達した現代の観点から見ると、「本当かよ」と首を傾げたくなる伝承も少なくないが…。

以前ツイッター上では、あまりに謎すぎる名前をした「道路」にツッコミの声が多数寄せられていたのをご存知だろうか。

【話題のツイート】どうしてこうなった…

■道路の「名前」に衝撃走る…


今回注目したいのは、「まち歩き」を趣味にしているツイッターユーザー・腹よわボーイさんが投稿した1件のツイート。

「なんでだよ、ちゃんと理由を説明してくれよ」と疑問の言葉が綴られた投稿には、「人情下町:北小倉 昔を偲ぶ」と題した看板の写真が確認できる。



こちらの看板は道路の歴史について紹介しているのだが…そこには「この道路は昔、唐津街道として栄えた所で(通称)きんたま坂としてにぎあい今日まで地名が続いています」という、とんでもない1文が綴られていたのだ。

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■「にぎりあい」と空目する人続出


「理由を説明してくれよ」と、詰め寄りたくなる気持ちも十分に理解できる道路名は多くの人々に衝撃を与えており、件のツイートは投稿から数日で6,000件以上ものRTを記録するほど大きな話題に。

他のツイッターユーザーからは「清々しいほどに言い切ってるのが良いですね!」「どんな坂なのだろう…」「二度見したけどガチだった」といった具合に、反響の声が多数寄せられているのだった。

また「にぎあい」(賑わい)を「にぎりあい」(握り合い)と空目した人物も少なくなく、「きんたま坂」という名前と相まってこちらの表記も凄まじいインパクトを放っている。

果たしてこちらの「きんたま坂」は、どのような経緯で命名されたのだろうか…。件の看板を管理する施設に詳しい話を聞いたところ、予想を遥かに上回る「驚きの伝承」が明らかになったのだ。

■「真実」までの道がハードモードだった…




まずはツイート投稿主・腹よわボーイさんに話を聞くと、こちらの看板は福岡県北九州市小倉北区中井にて発見したものと判明。

当時の様子については「たまたま(タマだけに)所用にて近くを訪れた際、時間があったので散歩をしようと思い、周りに何か無いかとGoogle マップを開いてみたところ、この面白い名称を見つけたので行ってみました」と、粋なコメントにて振り返っている。

話題の看板には「北小倉校区まちづくり協議会」の名前が記されているのだが調査の結果、こちらの協議会は区画整理・統合の関係で、現在は存在しないことが明らかに…。

しかし、さらに詳しく調べたところ、現在は同地区付近に「中井校区まちづくり協議会」と「中井校区北小倉まちづくり協議会」という2つの組織が存在し、後者が旧「北小倉校区まちづくり協議会」の後継に当たることが分かったのだ。

そこで、件の協議会が所属する「北小倉市民センター」に、道路名の由来を尋ねてみると…。

■「2つ目の理由」が恐ろしすぎる…


「きんたま坂」の由来は複数存在するようで、北小倉市民センターは「かつて坂の付近で馬鈴薯(ジャガイモ)がとれ、それが別名で『きんたま芋』と呼ばれていたこちに由来する…という説がございます」と、まずは比較的ライトな理由を挙げる。

続いて「昔、坂の付近に木こりの方が住んでおり、囲炉裏端で寝ているときに、囲炉裏の火が『急所』に燃え移ってしまい、こちらの出来事から名付けられたという説もございます」と、衝撃的なエピソードが飛び出したのだ。

なお、これらの説は同市の「記念誌」にも掲載されており、「オフィシャルの見解」と見て間違いない。また「きんたま坂」という名称は令和の現代でも有効のため、地元の人々にもこちらの呼び方で「ほぼ100%通じる」のだそう。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というが、世の男性諸君は囲炉裏で火に当たる機会があった際、自身の大事なパーツに気を配りたいものである。

当記事はしらべぇの提供記事です。