「幸せな気分で映画を作るのはこんなにいいものなんだ」『さかなのこ』【映画コラム】

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『さかなのこ』(9月1日公開)

魚類学者、タレント、イラストレーターなど、幅広く活躍するさかなクンの自叙伝『さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~』を原作とし、少年ミー坊がさかなクンに成長するまでの過程を描く。監督は沖田修一。

冒頭に、「男か女かは、どっちでもいい」というスーパーが出る。確かに、この映画の最大のポイントは、女性ののんが男性のさかなクンを演じるところにあると思ったのだが、少年時代の子役(女子)も含めて、見ているうちにそんなことはどうでもよくなってくる。

つまり「男か女かは、どっちでもいい」と思えることが、この映画の最大のポイントなのだ。その点、どこか中性的で、不思議キャラの持ち主であるのんの魅力が存分に発揮されている。

沖田監督に『子供はわかってあげない』(21)についてインタビューをした際、「生活感やコメディーを映画にしたいという思いがある」と語っていたが、この映画からも、笑いの中から、個性やジェンダーについて考えるヒントを得ることが出来る。

また、ここでは、母親(井川遥)をはじめとする、身近な理解者に支えられながら、ミー坊が魚好きを貫く姿勢が、周囲の人々にも好影響を与えていくという、不思議な循環が描かれる。

特に、狂犬=ヒヨ(柳楽優弥)、総長(磯村勇斗)、カミソリ籾(岡山天音)といった不良たち、あるいは、幼なじみのモモコ(夏帆)とミー坊との関係性が面白い。このあたりは、主人公を中心にした群像劇を得意とし、「脚本の段階から、登場人物のみんなに光が当たるようにという気持ちでいる」という沖田監督の真骨頂が見られる。

彼らは年齢を重ねることで当然変化し、大人になっていくのに、ミー坊だけはずっと変わらない。久しぶりにミー坊に会ったヒヨや総長が、あきれたように「変わんねえなあ、おまえ」という言葉には、ある意味、ミー坊への憧憬が込められているとも思える。

これは、本作と同じく監督・沖田修一と脚本・前田司郎が描いた『横道世之介』(13)の世之介(高良健吾)と周囲の人々との対比にも通じるところがあると感じた。

そして、ミー坊を通して 夢中になれること、大好きなこと、得意なことを貫く楽しさと難しさが描かれる。

さかなクンは「この映画は『さかなのこ』だが、世の中にはいろんな「~こ」がいる」と語っているが、そうなると沖田監督は「えいがのこ」だろう。

好きなことを仕事として生きていくのは、それはそれで大変なのだが、この映画を見ていると、素直にそれはとても幸せなことなのだと思える。

のんはインタビューに答えて「沖田監督を見ていると、幸せな気分で映画を作るのはこんなにいいものなんだと感じます」と語ったが、きっとこの映画には、そうした監督の思いがあふれているのだろう。だから、映画を見た者も幸せな気分になれるのだ。

(田中雄二)

当記事はエンタメOVOの提供記事です。

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